ドキドキ救出劇
「お前たち、そこで何をしている? 見た所行方不明者ばかりだが。意に添わぬ拘束は犯罪だと恥を知れ!」
やっぱりグイード様!
黒い軽量鎧がよくお似合いで。
彼の低音の良い声が辺りに響く。
「うるさいわね! あたしの敷地に勝手に入って来た家畜をあたしがどうしようと勝手でしょ! 下手に動くとこの娘達が危ないわよ!!」
強気のオネエ。でもいいのか、逆らって。
騎士も竜もたぶんどっちも強いぞ?
オネエの言葉に何も答えず、グイード様が片手を上げた。
ババッと動く統率の取れた彼の部下たち。
鍛えられた彼らが走って回り込むと、あっという間にオネエと手下達は捕縛されてしまった。
早っっ!
バカだねミーシェ。私でもわかるよ?
だって、我が国一番の精鋭部隊に素人集団が敵うわけがないもんね。
「ちょっとどこ触ってんのよ! あんたなんかがあたしに触って良いと思ってんの……」
赤毛のオネエはわーわーわめくものの、騎士の一人にあっさり引きずられて行ってしまった。何だ、つまんない。こんな事なら一発ぐらい直接かましておくんだった。
「セリーナ、大丈夫か? ひどい事はされて……いるようだな」
言うなりグイード様はご自分のマントの留め金を外し、背中からそっと私に被せて下さった。ああ、そうだった。逃げられないようにとひん剥かれている最中だった。まあ、背中とか脚とか別に見られても平気な所だったけど。
でも……。
「グイード様、ありがとうございます。ですが私よりもあちらのご令嬢の方がずっと前から囚われていて辛い思いをされています。どうか彼女達の方を先にお助け下さい」
彼の淡い青い瞳を真っ直ぐに見て訴える。
王弟とはいえ職業軍人だ。
どちらを優先すべきかなんて事は私が口を出さなくてもわかっているはず。だけど一応念の為。
「わかった。君がそう望むなら――」
グイード様は薄青の瞳を細めて頷くと、部下達にきびきびとシャルロッテ達を保護するようにと指示を出した。けれど何日も過酷な状況に置かれていた彼女達はいまいち現状が呑み込めていないようで、突然現れた鎧姿の男達に怯えている。
「大丈夫よ。飛竜騎士団の方々が助けに来て下さったの!」
そう声を掛け、彼女達を安心させる。
最初は『信じられない!』という顔をしていた彼女達だったけれど、ようやく状況が呑み込めたのか様々な反応を示した。グイード様も恭しく手を取って令嬢の一人を立たせてあげている。美男美女の絵のような光景に思わず頬が緩んでしまう。
「わっっ」
「ああ、やっと……」
「嘘っっ」
「神様、ありがとうございます!」
泣きだす者や手で顔を覆う者。祈りを捧げる者や安堵のあまり声にならない者などいろんな表情を見せるご令嬢達。ああ、でもこれが淑女の正しい態度なわけね? 間違っても『隙あり!』とばかりに大事な所を蹴り上げてはいけない。
「良かった、助かった……」
あれ? あれれれれ?
以前の私なら体力には自信があったはずなのに、なぜかクラッとしてその場に倒れ込む……と、思ったら走って来た人のがっしりした腕に抱き止められた。
「セリーナ、本当に大丈夫なのか? 私には君が一番疲弊しているように見える」
ご自分の方にギュッと抱え込みながらグイード様が呟く。『ひへー』って何だったっけ? 疲れてズタボロって事だったかな? まあさっきちょっと暴れちゃったし、その前は掃除してたしで確かにボロボロなんだけど。でも、疲労というよりこれは空腹? カロリーが足りて無いんだと思う。
それにしてもこっちのイケメンって何でみんなこんななの? スキンシップが激しいよね。直ぐに抱きしめるのが標準仕様? まあ今はお腹も減っているから抵抗する気力もないんだけど。
グイード様が何かを話しているけれど、全然頭に入って来ない。でもやっぱり親戚なんだな。彼の声は腹黒王太子の声を低くしたような感じでよく似ている。
そうか、王太子! ヴァンフリードのせいでお昼食べ損ねたし、捕まっちゃったし、オネェにあらぬ疑いをかけられたし……。帰ったら絶対に文句を言ってやる! そんでもってすぐに囮契約を解消してあげなくちゃ。
「グイード様! 用意が整いました。ですが2名ずつ乗せるとしても飛竜の数が足りません。最後の一頭に悪人とご令嬢とを同乗させることになりますが……」
頼り甲斐のある広い胸にもたれかかって、しばらくそのままでいただろうか。飛竜騎士の一人が報告に来たのを横目で見る。ちょっとちょっとグイード様! あなたは慣れていらっしゃるかもしれませんけど、私はこの体勢相当恥ずかしいんですけれど。ハグしたままなの見られてますよ!
「そうか。私はセリーナと2人だけで戻る約束をしたのだが……。これ以上ご令嬢に嫌な思いをさせるのも可哀想だな。屋敷の中にもまだ人がいる事だし、誰かをここに転がしておくか」
え? 約束? いつの間に?
何かさっき喋っていると思っていたら、そのこと?
ボケっとしてて聞いてなかった。
でも犯人転がしておくってダメでしょ。現行犯逮捕したならちゃんと連れて帰って取り調べなきゃ。でももしかして、ご令嬢の中に私って入ってる? ええっと、ご令嬢が8人でオネエとおじさんと手下達で5、それと私で14人。飛竜が7頭で騎士以外に2人ずつってことだから、やっぱ入ってるか。それなら……。
「あの、私なら平気ですので。どなたでも乗れるしイケますわ!」
真面目な顔で答えたのに。
グイード様、口に片手を当てて何でちょっと顔が赤いの?
ドガガガガガ
ヒヒーン、ブルルルルーッ。
ちょうどそこに毛並みの良い白い馬が2頭やって来た。
間近で停止し飛竜に怯える様子も無い。
「リーナっ、無事か?」
「セリーナ嬢!」
馬上から呼びかけられた。
「兄様! ジュール様!」
馬からすぐに降りたお兄様。
私をグイード様からベリッと引き剥がすと、いつもよりも固くしっかりと抱き締めた。
「良かった。セリーナ……」
お、お兄様、どうでも良いけど苦しいです。
でももしかして兄様、ちょっと震えてる?
「リーナ……。お前に何かあったらと思うと生きた心地がしなかった。大丈夫だったか? どこも痛めてはいないか?」
そう言って私が固く掴んでいたグイード様のマントをめくるから、バッチリ見られてしまいました。引き裂かれたスカート部分と剥き出しの脚。ぐるりと後ろ向きにもさせられて、破かれて開いた背中と棒で打たれたおそらく赤くなっているだろう跡も……。
「……! ちょ、ちょっとお兄様!!」
みんなが見てるのに背中の跡の部分に舌を這わせるなんてあり得ない! 傷がそれだけ酷かったってこと? まあ白い肌だから余計に目立つのかもしんないけどもさ。でも、グイード様の目はまん丸だし、大きなはずのジュール様の目は逆に細まっているしで居た堪れないんですけれど。
ほら、小さい子供じゃないんだし、そこまで世話を焼かなくても良いのよ?
「あー……オーロフ。兄妹仲が良いのはいい事なのだがもうその辺で。ジュール、飛竜の数が足りない。何人かをそちらで連れ帰ってくれると助かる。ご令嬢方のうち早く治療が必要な者と飛竜に抵抗がない者はこちらで連れて帰る。後を任せたいが頼めるか?」
「うん、仕方ないね。オーロフもそれで良いよね?」
ふう、兄様やっと止めて離してくれた。
私の顔は真っ赤だろうから、当分顔は上げられない。
「悪人をなぜ連れ帰る必要が? 証人のみ残しておいて、セリーナに手を掛けた者はこの場で斬り捨てれば良いでしょう?」
びっくりして思わず顔を上げる。
うわ、兄貴やべ。目がマジだ。
それじゃあダメでしょうが。冷静な兄らしくない。
いい加減正気に戻って!!
「オーロフ、義妹ちゃんが大好きなのはわかるけど私情を挟んじゃいけないよ? 僕だって触れたいのを我慢しているんだからね?」
は? 前半もっともだけど後半何なんだ?
何に? 斬り捨てた死体に?
この人達はわけがわからない。
助けを求めるように唯一まともなグイード様を見上げる。
「私も彼の意見に賛成だ。とにかく帰還しよう。誰が触るか話し合うのはその後だ」
はい? だから何に?
「誰にも触らせません。私のものですから」
だめだ、こりゃ。何の話か全然わからない。
さすがヤンデレ恐るべし!




