可愛くおねだり?
何なんだあと少しという所で!
とどめを刺す直前で武器を止め、声のしたオネエの方をチラ見する。
しまったあぁぁぁ! そーだった!!
つい熱くなって忘れてたけど、この場にいたのは私だけじゃなかった。攫われて来た本物のお嬢様達があと8人もいたんだった! そしてオネエが『ねぇねぇおじさん』と2人でそのご令嬢達を脅しつけている。くっそ、マズった。すっかり忘れてた。
「……ぶほっ」
痛ぇなあ、オイ。背中とはいえ木の棒は当たると痛いんだぞ?
つーか今までやられそうだった黒髪のこの男、形成が逆転するや否や後ろから私をどつくって酷くないか? まあ『喧嘩上等』、仕方が無い事とはいえ今まで勝っていただけに悔し過ぎる!
「ちょうどいいわ、グスタフ。その娘そのままひん剥いて逃げられないように晒しちゃいなさい!」
いやいやオネエ、それはまずいでしょ?
っていうか、私一人ならいくらでもぶちのめして逃げられるんだけど……。ヨレヨレの昨日のドレスのままとはいえ、さすがにこんな所で身ぐるみはがされるのは嫌だなぁ。とはいえ人質多いし無視するわけにはいかないし、どうしようかなぁ。
「何してるの、早く!」
「ちょーっと待ったぁ!」
すかさず片手を真っ直ぐ伸ばし、オネエの言葉を止める。
作戦その一。質問攻め。
「ねぇ、ミーシャ。あなたは何で私達をそんなに目の敵にしているの?」
「はあ? ミーシャ? 誰それ。あたしはミーシェよ! あんた、バカにしてんの?」
しまったぁ、名前間違えた。でも似てるし見逃してよ。
というより、質問に答えていないよね?
「どうして? 危険を冒して攫う事に何の意味があるの?」
「ハッ攫う? 何であたしがそんな面倒くさい事をしなきゃいけないわけ」
「え? だってここにこんなに『見目麗しい』ご令嬢達が……」
「ふん、うちの庭に落ちているものをどうしようとあたしの勝手でしょ? あんたも運ばれて来たのよ。もちろんあたしは誰が運んできたかなんて知らないケド」
へ? 何それ。どうなってるの?
でも、オネエが嘘を言っているようには見えない。
でもそれならどういう事? 犯人は他にいるって事?
「ほら早く。グスタフ、あたしの言う事が聞けないの?」
うわ、やっべ。ええっと早く質問しなくちゃ。
ビリビリッッ
早いな、タイムアップ。
まあ背中の一部を破られただけみたいだけど、高そうなドレスだったのに……。クリーニングに出してももう着られないな。しかも後ろで手首を握られている。振りほどけない事もないけれど、ここで暴れたら他のお嬢さん達が危ない。
あ、でも思いついた。作戦の方。
作戦その二。持病。
「……ううう。く、苦しい、心臓が。死にそう助けて(棒)」
身体を折り曲げ必死? に訴える。
「はあ? 何言ってんのあんた。そんなにわざとらしい演技であたしが同情するとでも?」
でーすーよーねー。
とりあえず、自分の演技が壊滅的なのは知っている。
でもそれでもついうっかりオネエが答えてくれちゃったりなんかしたら儲けものだ。
「信じて下さらなくても良いんです。……さ、最期に教えて下さい。私が身体を武器に、とか王太子をタラし込んで婚約間近、だとか嘘の情報をあなたに教えたのは、いったい誰?」
「ハン、そんなの言うわけないでしょ? でもまあ、考えてみたらヴァンフリード様ともあろうものがこんな女を相手にするわけないわよね。紅薔薇にも困ったもんだわ」
「紅薔薇?」
言わないと言いつつ言ってるし。でも懐かしい……私はヤンキー時代にそう呼ばれていたから。名前が『紅』だったから、『紅薔薇』とか『紅夜叉』とか通り名はいろいろ。そうか! この前聞いたのってコレットさんからだったかな? でも、確かあれは――。
ビビーーッ、ビリビリビリ
おいおいおい、何も言われてねーだろうがよ。
グスタフとやら、先に破くの止めてくんねーかな。
しかもスカートって……さてはお前も脚フェチだな?
作戦その三。泣き落とし?
「ひ……ひどい。私は何もしてないのに……。こんな事して何になるというの? ミーシェ、あなたは何がしたいの? 本当は誰を憎んでいるの?」
思うように涙が出ない。必死にあくびをして涙を流そうとする。
オネエがこちらを見て呆れたように肩をすくめる。
「さっきからあんたバカでしょ? でもいいわ、あんたバカだし下品だから教えてあげる。あのね、あたしは綺麗な娘が嫌いなんじゃなくって、綺麗な『貴族の娘』が嫌いなの。世の中の苦労なんて何も知らず、自分では何もできないくせに美しさだけを自慢する。そうかと思えば他を見下してあまつさえあたし達の邪魔をする!」
いかん、全然話が見えない。
ええっと、嫌いなのは綺麗な子じゃなくて綺麗な貴族の女の子ってことね? そんでもってその子達が何かの邪魔をしているらしい。あれ? でも、今あたし達って……。
「あなたの仲間って、もしかして『紅薔薇様?』」
キッとこちらを睨む茶色い目。
ありゃ。一発大正解! 私やっぱり頭が良いのかも。
ああ、でも変態オネエがみるみる不機嫌に……。
でももうこれ以上ひん剥かれんのは嫌だから、やっぱり暴れるしかないのかな? 『ぜったいぜつめい』って漢字で書くとどんなだったっけ? 今の私はまさしくそんな感じ。
「グスタフ、構わないからやっ……」
ヒヒ~~ン
ブルルルルー
ドガッ ドガッ
突然、馬小屋の馬たちが一斉に暴れ出す。
嘶いたり地面を蹴ったり柵に体当たりしたり……。
何で? みんなが私を助けようとしてくれている?
今朝の掃除、そんなに行き届いていたのかな?
それともお馬さん達も急にオネエにムカついたとか?
わけがわからないためご令嬢様方もますます震えていらっしゃる。オネエの顔から笑みが消え、おじさんも不安そうにキョロキョロしている。痛がっていた手下二人も頭を振って起き上がってきたし、グスタフは……後ろにいるから見えないや。それにしても、いったい何があったんだ?
急に空が黒く覆われる。
上空で旋回しているのは大きなカラスたち?……違う、竜だ!
陰っていた部分がだんだん大きくなって、飛竜の群れがこちらに向かって急降下してきた。
何あれスッゲェ! スッゲェかっこいい!!
7頭ほどの飛竜が間隔を空けて近くに優雅に舞い降りた。
騎士と竜が一体となっているような感じで、着地の時にズシンとものすごい音がするのだろうと思って構えていたら、意外に響かなかった。ただし、ここにいる馬や人間はとても怯えている。まあ確かに。さすがにドラゴンだもんな。
でも、ドラゴンの方は人に慣れているようで、首を地上に傾けるとそのまま背中の人物をそれぞれ地面に降ろしていた。私も初めて間近で見たからワクワクする。この場の全員が息を呑んで飛竜と騎士を見ている。
よし、チャンス!
私は自分の脚を後ろに曲げて、グスタフの『大事な所』をしたたかに蹴り上げた。
「くっ……」
痛そうに悶絶しながらくずおれる彼。
へん、ざまあ!
高価なドレスをダメにした罪は重いよ?
そうこうしているうちに、背が高く体格の良い見た事のある黒い姿の男がこちらに向かって歩いて来た。あれは――!




