焦燥と渇望と
「……それで一瞬、昏倒させられ見失ったと?」
「大変申し訳ありません。ですが慣れない土地で多勢に無勢の上、闇夜が災いしまして……」
「言い訳は聞きたくありません! ならば襲ってきた兵の特徴と武器の形状を事細かに報告しなさい。それからあなたは近隣の地図を。ジュールにも結果を報告して下さい」
何たる失態!
やはりあの時、すぐに追いかけるべきだった――。
潜伏先を特定できなかったばかりか、まんまと撒かれて逃げられてしまった。追わせた兵の数が足りなかったようだ。逆に襲撃されるとは!!
彼らが倒れる前に放たれた鷹便には、郊外の地名が記されていた。ならばその後は夜通し馬車を走らせ、森を抜けて更に遠くへ向かったと見た方が良いだろう。
セリーナはどうしている? 無事でいるのか?
義妹に何かあれば、今度こそ私は生きていけない。
私の元に帰って来てくれるなら、もうそれだけでいい――。
目を閉じ、組んだ両手を眉間に当てて考える。何か無いのか、他にできる策は何か!
誘拐の事はもちろん公にはしていない。万一の事があった時、セリーナ自身の評判にも繋がるからだ。囮とはいえ今までの手口から判断して、相手の事を甘く見ていた。まさか城の舞踏会に人さらいを堂々と潜り込ませ、襲撃者まで用意するほどの力があったとは……。
王太子様も今朝早くから、政務の他に諸外国の来賓や高位貴族の相手で忙しい。彼もセリーナの行方が気になるようで、確か一睡もしていなかったはずだ。公務をほとんど行わない自堕落な国王があてになるはずもなく、王女のルチア様と協力して今日の予定をこなしている。
リストにあっためぼしい貴族には、まだ何も動きが無いという。何かあればすぐに彼の護衛から連絡が入る事になっている。調査を一任され義妹の命もかかっている身としては、一刻も早く手がかりを得て解決に導きたいところだ。
「オーロフ! 先ほど報告が入った。リーガロッテ公爵領の近くユーノ村で昨晩火災があったそうだ。立ち昇る煙を村人が見たと言っている」
言いながら近衛騎士のジュールが部屋に飛び込んで来た。
何やら書類を手にしている。
火災はもしやセリーナが?
突然そんな考えが浮かぶ。
義妹が嫌がって犯人から必死に逃げ回っているのだとしたら?
「ジュール、その地図を貸してくれ! 昨日の馬車の速度と時間を計算して移動範囲を割り出す。その中にユーノ村が入っていれば、義妹はおそらくそこにいる!!」
確証は無い。けれど妙な確信がある。
セリーナがおとなしくただ捕まっているはずがない……無論、良い意味で。
半刻後、部屋に戻って指示を出す。
「飛竜部隊に話はつけた! 許可が取れ次第グイード様自ら直ぐに出て下さるそうだ。騎士団はジュールと共に目的地へ。私も現場に向かう。異なっていた場合の責任は、全て私が取る!」
飛竜は貴重で人や他の動物から恐れられ生態系にも影響を与えるため、国王か王太子の許可を得ないと通常の飛行ルート以外は動かせない。他の秘書官に王太子の許可を得るため動いてもらっているが、果たして忙しい彼が直ぐにつかまるかどうか。
こんな時に、何も出来ない自分が辛い。こんな事なら直接助ける事のできる飛竜騎士を志しておくべきだった。
こちらに向かう足音が聞こえる。
ヴァンフリード様がいらした!
「オーロフ、間も無く飛竜が出る。招待客との狩りの予定は遅らせたから影響は無いはずだ。全く、君がいないと予定の調整にも苦労するよ。あくまでもセリーナ嬢の救出が一番、他は後回しで良い。私は引き続き客と過ごすから、後はよろしく頼む。良い報告を期待している」
「はっ、必ずや連れて帰りますので」
王太子は頷くと、すぐに戻って行った。
忙しい合間を縫ってわざわざ声をかけに来るほど、気にかけていらっしゃるという事か。けれどどんなに心を砕いて下さろうとセリーナを渡すつもりは一切ない。
まあそれも、義妹が無事戻ってからの話になる。
「出る、後を頼む」
そう言い置いて、私もジュールと他の騎士と共にユーノ村へと馬を飛ばした。
*****
天駆ける竜の群れが見える。
先頭を行くひと際大きい黒い飛竜にはグイードが乗っている。
こんな時は彼が羨ましい。王太子になるのに不安や反発は無かったが、大切な人を見つけた今、自由に動けぬ我が身がとても恨めしい。何も持たぬ者ならば今すぐ城を飛び出して、真っ先に捜索へと加わるものを――。
「ヴァンフリード様、飛竜が出るとはいかが致しましたかな?」
「いいえ、いつもの訓練でしょう。舞踏会の後で彼らも身体が鈍っておりますので」
先ほど来客と一緒に遅い朝食をとった。今はサロンに集まり、各々が優雅にくつろいでいる。大きな窓からは外の様子が良く見えるから、飛び立つ竜騎士達の姿が目撃されてしまった。
「さすがは貴国の飛竜騎士団ですわね。特にグイード様のご勇姿はいつ見ても惚れ惚れ致しますわ!」
グイード好きがここにもいたか。
もしかするとこの姫も昨日のうちに口説かれていたのか? セリーナも助け出されて彼に心を奪われないと良いのだが。
「ありがとうございます。お綺麗な姫にそう言っていただけると、彼も騎士の冥利につきるでしょう」
「あら、私は別に……。ヴァンフリード様ももちろん素敵ですわよ!」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておきますよ」
本当は笑いたくないしどうでも良いのだが。
けれど私は私のできる事をしておかないと。
この部屋の中に黒幕がいる可能性が限りなく高いのだから。
「まあ、お兄様ったらほどほどになさいませよ。そんなことばかり言ってらっしゃると、意中の方に振り向いてもらえませんわよ?」
ルチアのその言葉を聞いて動いた者がいる。
一瞬ビクッとしたように見えたのは、気のせいか?
けれど、その令嬢にも父親にもなぜか笑みが浮かんでいる。
「私はいいよ、ルチア。お前こそ昨日のパーティーで誰か良いと思う人はいなかったのかい?」
「そうねぇ、どうだったかしら……。ねえベニータ、ロザリンド。貴女方は? どなたか良い方はいらして?」
事情を知るルチアがわざと他の令嬢達に話を振ってくれている。ベニータはルチアの友人でリーガロッテ公爵令嬢。ロザリンドは父の側室の一人、寵姫の姪にあたる子爵令嬢だ。
「私はずっと……心に決めた方がおりますもの」
そうベニータが言うと、
「私も。以前よりお慕い申し上げております」
ロザリンドも負けじと返す。
二人ともわざとらしくこちらを見るから、誰の事かは聞かなくてもわかる。だが、こんなものは政治がらみで日常茶飯事だ。ため息を吐きたくなる気持ちをどうにかこらえて柔和な笑みを返す。
「そうですか。その方が羨ましいですね」
もちろん社交辞令。悪いが君達の事は何とも思っていない。
こんな時、水色の髪のセリーナなら遠慮せずに思い切りため息をつくのだろう。そして、好きなら好き、嫌いなら嫌いと思ったことをはっきり口に出すだろう。もしくはすごく嫌な顔をして我慢するのか。まだはっきり「嫌い」と言われていない私には望みがあると思いたい。まあ、例え今は嫌われていても好かれるよう努力するつもりだし、手放すつもりもないけれど。
いつでもどんな時でも想いは君の元へと戻る。
冷たい自分がこんなに誰かに執着するとは思わなかった。
セリーナ、どうか無事でいて欲しい。
そしてどうかその元気な姿と明るい笑顔を私にまた見せて――。




