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地下牢からこんにちは

 ――地下牢って本当に地下にあるんだ。



 妙な所で感動しつつ案内された牢へとおとなしく入る。

 真夜中だと思っていたのは実は明け方近くだったようで、さっき見たら空はすっかり明るくなっていた。なのに、逆に薄暗い地下に行くってなんて不健康……。

 兄の『お仕置き』のせいで早寝早起きが習慣になってしまったみたいだ。昨日あまり寝ていないのに、空腹だし明るいしですっかり目が覚めたような気もする。だから今からここで寝ろって言われてもねぇ。


 仕方が無いので観察してみる。

 隅で固まって震えているのは、髪がボサボサで肌も汚れたご令嬢達。8人全員顔の造作が整っていることから、元はすごく綺麗だったと思われる。こんなに怯えて可哀想に……。

 毎日ここに閉じ込められて朝から豚の真似をさせられるのか? 気が付くまで私が寝かされていた豚小屋の豚が人に慣れていたのはそのため? 敷地も囲いもすごく広かったのは、もしかしてこの人数が入れるように、なのか?


 ここにいる娘さん達がオネエとその取り巻き達にひどい扱いを受けてきたんなら、兄が言ってたように戻って来た令嬢達が怯えて衰弱していたのも無理はない。ブタ鼻マスクで人としてのプライドもゴリゴリ削られるから、そりゃあ戻って家族に聞かれても絶対何も言えないはずだわ。

 ああ私? 私はもちろん大丈夫。ハロウィンのコスプレだと思えば良いんだし。




 ただ、すごく心配されていた『純潔』うんぬんが絡む話ではなさそうだ。まあ、さっきちょっとおじさんに触られそうになったけど……。でも『お館様』がオネエだからか、基本女性をバカにしてるみたいで害は無さそう。精神的な疲労が半端ねーぐらいか?


 これからお風呂に入れなくなるのは嫌だけど、基本豚は綺麗好き。もし豚になりきらせるのなら、そこの所もきっちりさせてくれよな。家畜の世話って思ったよりも大変だぞ? そこをあの変態バカオネエはちゃんと理解しているのか?


ちなみに私はまともなオネエに偏見は無い。むしろ好きだ。だって、ヤンキーだった時に優しくしてくれたスナックのマリモさん(本当はまさかずさん)の手料理は暖かくって美味しかった。特にあの絶品ガーリックライス!! ああ、いかん。思い出しただけでお腹が空いてきた。仕方がない。違う事を考えよう。ええっと……。



 私を恐々横目で伺うお嬢様たちは無視する事にして、とりあえずゴロンと床に転がり天井を見上げる。私がここに連れて来られた事、兄貴たちはちゃんと気づいているのかな? まさか囮が失敗したから次の候補を探している、なんてことは無いよね? まあ、ダメならダメで機会を見て逃げ出すから別にいいんだけどさ。


 結局ちゃんと食べてないからやっぱりお腹空いたなぁ……。

 豚の丸焼き、つくづく惜しい事をした。




 *****




「あの……あの……」


 大量のバイキング料理に舌鼓を打っている私に声をかける者がいる。ちょっと待っててね? このステーキ、食べ終わってからで。


「あの、もし……早く行かないとなくなりますよ?」


 ああもう! 良い所だったのに……。

 ハッと気が付いて目覚めると、地下牢の堅い床の上だった。眠くないと思っていたのに、いつの間にか寝ていたようだった。


「あら、ごめんなさい。えっと今、何て?」


 私に声をかけてくれた優しそうな顔立ちの女性は元は金髪だったと見える。汚れた顔の中で輝く大きな緑の瞳が印象的だ。

 

「差し出がましいようですが、早く行かないと食事が無くなりますので」


 何だとーー! それを早く言ってよ。

 昨日からろくに食べていなかったせいか、お腹はペコペコだ。

 さあ、早く食堂にダッシュだ!


「ありがとう。ええっと……」


「シャルロッテです。あなた様は……」


「アタ……私はセリーナ。よろしくね!」


 元気よく答える。これから食事だと思うと、力もわいてくる。


「で、どこ? 食堂はどこなの?」


「いえ、食堂ではありません。私達はミーシェ様の家畜なので今日は馬小屋とのことです」


 はあぁぁぁ!? 

 ミーシェ、赤毛の変態のことか?

 あんのくそオネエ、今度会ったら覚えていろよ!

 



 そのまま馬小屋に向かうと既に他のご令嬢たちが待っていた。

 毎朝馬の世話をしていたから、この匂いも私にとって苦ではない。

 ところで、食事って?

 見れば木桶の中に大量の人参と瓜のようなものが丸ごと。

 まさかこれって事じゃあねーよな?


 嫌な予感は当たるもので、まさかの人参丸かじり。

 瓜は木の棒で割れば中身を食べられるものの、あまり甘くないし味もしない。当然調味料なんかも用意されてないし。食べるものが飼葉じゃなくて良かったけれど、急にベジタリアンになれと言われてもねぇ。まあ、何も食べないよりはマシだけど。




 転生前の決して裕福で無かった生活を思い出し、自分の分を残さずキレイに平らげる。あら? そちらのお嬢様、食べないんですか? 体力持ちませんよ?


「もう嫌、こんな生活! 私が何をしたと言うの!!」


 そうだよね。綺麗だっただけで可哀想にねぇ。


「私も。もう耐えられないわ! こんな暮らしが続くくらいなら、いっそ……」


 ええ。確かにベジタリアンじゃない人にとっては辛いわな。

 時々お肉が出るなら良いけど……じゃなくって違うの? 家畜扱いが嫌なの? でも、『家畜』という割には今日は馬小屋の掃除をしないといけないらしい。おいおいオネエ、『家畜』は自分で掃除はしねぇよ。やっぱりあいつ、バカなのか?


 毎朝兄貴に鍛えられていたから、これぐらいの掃除なんて大した事はない。掃除してたら汚れるのなんて当たり前だし……。今日は疲れ切ってるお嬢様方には休んでいただいて、私が一手に引き受けることにした。ちなみに監督するのは昨日の『ねぇねぇおじさん』だったから、もちろん文句は言わせない! ギロリと睨むとすごすごと引き下がってくれた。だってこの飼葉フォーク、切れ味鋭そうだしねぇ?




 ちょっとは身体を休めたからか、昼食の時にみんなが少しずつ話をしてくれるようになった。あ、ちなみに昼にはパンが出た! 堅かったけど食べ忘れてたフランスパンだと思えばなんて事はない。外でみんなで食べるのもキャンプに来たと思えば良い感じ。


 で、みんなの話を聞いたところによると、やっぱり全員そこそこの家柄の『見目麗しい』ので有名なご令嬢だったんだそうだ。共通点といえば、全員そろそろ婚約してもおかしくない歳頃で、ちょうど王太子と釣り合うような年齢。何人かは親が城に自分の絵姿を送ったと言っていた。まあ容姿に自信があって、王太子が腹黒だって知らないんじゃあそうなるかもな。さらにみんなどっかで一度は王太子と踊った事があるそうだ。


「本当に、夢見るように素敵な方でしたわ!」

「ええ、本当に」

「お優しくて美しくて」

「凛としていらして頼もしくて」


 口々にそんな感想を言い合うから、私は一応確認してしまった。


「ええっと……王太子ってヴァンフリードって事で合ってる?」


「当たり前じゃないですか!」

「何をいまさら」

「呼び捨てなんて恐れ多い!」


 

 なぜか残念な子を見るような顔で言われてしまったけれど、そうなんだ。ヤツは相変わらずモテモテなのね? 


「セリーナ様は? ご一緒されたんでしょう?」


「ええ、まあ……」


 ご一緒も何も囮としてべったり張り付かせていただきました。まあたぶんそのせいで、ここにいるんだろうけれど。一度どころか二度までも踊ってしまったし、あろうことかテラスでは……。ああ、思い出しただけで心臓に負担がかかる。

 待てよ? でもここにいる全員に同じことをしているんだとしたら? そしたらヤツがあんなに慣れていたのも納得できる。


「ダンス以外は? 何か特徴的な事は無かったのかしら?」


 これは捜査のため。

 気になったからとか好奇心を満たすためでは決して無い。

 

「ダンス以外って何ですの? お茶会とか?」

「他にって何かありまして?」


 不思議そうな顔で聞かれてしまった。

 これがいわゆる『やぶへび』ってやつか?

 何も無いなら無いでこれ以上追及しないでもらいたい。


「お茶会といえば、ベニータ様だけですわね」

「そうですね、ルチア様のご友人でしたし」

「ヴァンフリード様とご一緒されてらしたかも」


 ああ、そうだった。

 彼女が一番の婚約者候補だったな、確か。

 あれ? それなら――。




 今、ちょっとすごい事に気づいてしまった。

 ぞわぞわと全身の毛が逆立つような感じがする。


 それならなぜ、一番に狙われそうな彼女だけがここにいないの?

 それに、会ってすぐにオネエが私に言った『身体だけで取り入った』ってどういう事? 



(ねんご)ろな仲か?』と最初に聞いて来たのは、彼女だった。その場にいたのは王女のルチアちゃんと彼女、私、そして二人の護衛。

 その後すぐに私が意味を間違えた事に気づいて教えたくれたルチアちゃん。慌てて訂正したら、護衛達にまで笑われた。そして彼女……『ベニータ様』だけがあの場から先に立ち去っていて、訂正したことを知らない――。


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