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変態さんいらっしゃい

 ああ、朝からまた(わら)の掃除か……。

 兄様今日も容赦が無いな。

 飼葉(かいば)を運んだり水を変えたり。

 でも、心なしか今朝は特に臭いような。

 それに馬なのに何でブヒブヒ鳴いてるんだ?




 目を開ければそこは、何と豚さん達のど真ん中!


 ブーブーと可愛い鳴き声だけど、結構重たい豚達が容赦なくドスドスと私をどついてきたり匂いを()いだりしている。よくこれで今まで起きなかったな? ある意味私、すげぇ。というより確か豚は雑食性。よくかじられずに済んだよな? まさか仲間だと思われていたとか?


 普通かどうかはわからないけど誘拐されたらベッドに寝かされるとか、手足を縛られて冷たい床の上に転がされてるってのがお約束だろ? なのに何だこの扱いは。聞いた事がねぇ! 『見目麗しい』令嬢への扱いが、いくら何でもひどすぎないか? 

 ああ、いけねー。お腹が減って機嫌も悪ぃから口調がつい元に戻っちまう。豚肉って生でも食べられるんだっけ? 新鮮だから倒してすぐに食べれば大丈夫か?



 ブブッ!?


 藁の上から起き上がると同時に、豚さん達が一斉に後ろに下がる。

 うん? 私そんなに凶暴な顔してた?

 ごめんね~、今お腹空いてるんだわ。

 でも大丈夫。どこともわからない場所で生肉に手を付けるほどバカではないつもり。


 乱れた髪をかき上げて、辺りを見回す。

 夜だし暗いけどどう見てもここは豚小屋。

 別に縛られてもいないし、他に人影も見えない。

 ドレスはかなり汚れているけどそのままで、特に触られた形跡も無い。


 犯人、一体何がしたいんだ?



 

 その時、ふと違和感に気づいた。

 自分の顔の中心にあるのは防護マスクではなく、ピンク色の――


「ブタの鼻ぁ!?」


 ガタンッッ


「誰っ!」


 驚いて大声を出してしまったのは失敗だった。

 カンテラのようなものを持った背の低い薄汚れた男が入って来た。


「おや、もうお目覚めかい? 今までの嬢ちゃん達の中で最短だねぇ。お館様(やかたさま)は美容の為に寝ているし、アンタをこれからどうしようかねぇ?」




 ――イケる!! この程度のヤツなら素手で簡単に潰せる!!


 ブタの鼻のマスクのようなものを放り投げて、両手を前に構えようとしたけど……でも待てよ? それじゃあ囮にはならないか。ここがどこなのか、何のために攫われて来たのか、ちゃんと確かめなきゃ。あと、ついでにブタ鼻マスクのことも。


 ええっと、貴族のご令嬢ならこんな時どうすれば良いのかな? 怖がって泣く? のはできそうにないから、とりあえず震えておこうか?


「コワイコワイ(棒)」


 ついつい棒読み。相変わらず私の演技力は皆無に等しい。

 か弱いイメージがよくわかんないから、こんな時は対応に困る。

 でも暗さが幸いしたのかあまり不審には思われなかったようで、気を良くした男が続ける。


「ハハハ、そうだろう? お貴族様は今までこんな場所で過ごしたことも無いだろうからねぇ。これから何をされるか不安なんだろうねぇ」


 欠けた歯を見せ、男が笑う。


 いいや、全然。兄の『お仕置き』のせいで毎朝馬小屋で過ごしていたからな。それに、不安というよりいつトドメを刺そうかと思案中だよ? だからこれ以上、怒らせないでくれるとありがたい。

 ああ、でも……さすがにお腹が空いた。嗅がされた薬の効き目もきれていないからか、フラッとなってその場にペタンと座る。目の前の男はそれを都合よく解釈してくれたみたいだ。


「恐怖のあまり声も出ないか? 絶望で力も出ない? 可哀想にねぇ。紅薔薇様に目を付けられなければ良かったのにねぇ」


 恐怖? 絶望? 何それ美味しいの?

 力が出ないのは主に空腹のせいだけど。

 本当に、男があっちに行ったら真剣に豚肉考えてみようかな?


 ブヒッ!?


 私の視線に気づいた豚が鳴く。勘の良いヤツめ。

 最後まで生き残るとしたらお前だな。

 それよりも、男の言葉が気にかかる。

『紅薔薇様』? 確か似たような感じの言葉を聞いた事があるような……。

 ま、いっか。朝になれば『お館様』の正体なんかもわかるだろうし。




 そのままゴロンと横になる。

 今日は何だかんだいろいろあってすごく疲れた。

 どうせ何も食べられないのなら、少しでも横になって体力の消費を抑えよう。後で暴れなければいけないかも、だし。


「おや? そんな所で力が尽きるとは。具合が悪いのかねぇ。お貴族様は弱いねぇ」


 どうでも良いけど「ねぇねぇ」うるさい!

 私はこの『ねぇねぇおじさん』を無視して朝までここで寝る事に決めた。




「……でも、お前は本当に可愛いねぇ。こんなに白い肌は見たことがないよ。さぞやお館様もお喜びになるだろうねぇ」


 そう言って近づいてきて汚いシワシワの手で、人の身体に許可なく触ろうとしてくるから――。



 ぶっちーん!!

 


 そう、キレた。当然だろ?

 むしろ今まで見逃してやってたのを褒めて欲しいぐらい!

 一晩も持たなかったけど、まあ仕方がないでしょう。



「あ痛たたたたーー!!」


 手首を掴んで無言で後ろに捻り上げる。

 弾みでカンテラのようなものが下に落ちる。

 

「静かにしなっ、痛めつけられてーのか?」


 男の動きを封じて小声で言う。

 白髪交じりの小さな男がぶんぶん必死に首を振る。


 けれど……


 ああ、何ということでしょう!

 藁って燃えやすいんだね?

 カンテラの火がそのまま燃えうつって火事になりそう。

運悪く油かすなんかも近くにあったようだ。

 慌てて消そうとするけれど、男の腕を持っているから片手が使えず間に合わないっ!


 火はどんどん燃え拡がっていくから、大変だ!

 男を引っ張ったまま脚で蹴とばし柵を壊し、豚さん達を外に逃がす。

 まあ個人的には1匹ぐらい焼かれても、焼肉としてすぐに食べられたから良いんだけど。




 炎のせいで明るくなるし、豚は鳴くしで大混乱!

煙に巻かれないよう怖がる『ねぇねぇおじさん』を引っ張って外に出た。外に出てから気づいたんだけど、豚小屋にしては広かったな?

 道を隔てた向こうの方に三階建ての大きな屋敷があって、火事に気付いたのか真夜中たぶんなのに明かりが灯る。


 やべっっ、逃げねーと!

 ここまで来れば安全だし騒がれると困るからちょっと寝といて?

 おじさんの首の後ろにスコンと手刀をお見舞いする。

 と、同時に向こうから走って来た複数の人影に気付く。


 げっ。気づかれる、間に合わねぇ!


 暗くて見つけるのが遅れたために残念ながら捕まって、私はそのまま、ずるずると屋敷に引っ張られて行くこととなってしまった。




 *****




「それで? こんな時間にあたしを起こしたのはあなたってわけ? このメスブタがっ!!」


 キレてはいけない。ここは一つ深呼吸。

 久々に危機的状況だから。

 私もこんな失敗は滅多にした事がない。


 今いるのは、屋敷の中のリビングみたいな所。応接室ともいうのかな?

 で、前の大きな椅子に足を組んで腰かけて女王様のようなセリフを言っているのは、オネエサマ。赤く長い髪で薄茶の瞳と紅い唇。それに妙に整った顔立ちだけど、正真正銘男の人。いわゆるオネエだ。「こんな時間に」とか「美容に悪いのに」とか「お肌の調子が」と言ってたし、着ている夜着もどう見ても女性ものだけど、はだけた胸は全くないしやっぱりどう見ても男の人。

 最初見た時はドン引きしたけど、屋敷の住人は慣れているのか何も言わない。イライラとこちらを見る様子も、爪を気にする仕草もゲイバーのママが似合いそうな感じ。すごく美人だし。




 で、逆らいたくてもさからえない私は両腕をそれぞれ後ろで持たれて背中を押されて無理やり(ひざまず)かされている格好。時代劇で言うところの処刑待ちの盗人みたいな感じかな? そんな私を女王サマのオネエが見下ろす。


「フン、何の苦労もせずに身体だけで王太子サマに取り入った癖に」


 王太子、ある意味スゲェな! オネエにも人気だとは。でも身体? そんな覚えは全くないけど。


「アンタみたいな顔と身体だけの下品な女には豚小屋がお似合いよ! せっかく他の娘たちと同じように家畜として飼い馴らしてやろうと思ってたのに」

 

 オネエが悔しそうに自分の親指の爪を噛む。

 ……ちょっと待て。今、何て?

 他のご令嬢達もここにいるのね? 


「まさか、さっきのブタの鼻は!」


「そうよ? あ・た・し。気の利いたプレゼントだったでしょ?」


 んなわけあるかーーい!

 でも、ここで怒らせたら他の娘達の情報が聞けない。


「他の方はどちらへ? 私はこれからどうなるのですか?」


「ふふ、やっぱり気になる? そりゃそうよね? 大丈夫、ちゃんとみんな地下牢にいるわ。あなたも案内してあげる。それで、朝になったら豚小屋でみんなまとめて豚になるの。私は綺麗な女たちが為す術もなく這いつくばっている姿が好き。

 そうか……さっきはあなたのせいで豚小屋が燃えてしまったんですってね? あたしの楽しみを奪うなんてあなたいったいどういうつもり!」


お前こそ、そんな事してどういうつもり?

 間違いなく変態だ!

 ここに変態さんがいる――。


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