初めての……
馴れ馴れしいモテ男――飛竜騎士団団長のグイード様は、実は王弟でした。王太子であるヴァンフリードとは、叔父と甥の関係です。
って、それならそうと早く教えておいてよ!
兄も全く教えてくれなかった。
王太子、なぜ今更それを言う?
だったら昔から良く知る甥っ子の話を遮るのも、まあ仕方が無いかと許せる範囲。っていうかちゃんと勉強したから、王様の弟が偉い存在なんだなっていうのはわかる。髪の色が黒いから、もしかしたら王様とは腹違いかも……とかもね? しかも彼は、その身分にあぐらをかかずに自ら職業軍人として団長の地位にまでのぼりつめているから、実は努力家ですごい人なんじゃないかなって思えてきた。王太子であるヴァンフリードと仲が良いのもうなずける。お互いに遠慮が無いのも。
王弟様――そっか、だから女性に大人気でモテモテだったんですね? イケメンだし言葉巧みに褒めちぎるからではなく……。まあ、もちろんそれもあるだろうけど。
あれ? 王弟のグイード様に偉そうな口をきいた私って、今度こそ間違いなく『不敬罪』じゃね? まさかこの後すぐに打ち首になって、ジ・エンドとか? 早っ! コレットさんの言っていた『ラノベ』すらビックリのどとーの展開ってやつ!?
どーしよう?
生き延びるためにせっかく誰かと恋愛しようとしていたのに、可能性を踏みにじってしまったばかりか一番逆らってはいけない人に逆らってしまったような感じ?
さすがにヤバいと思った私は、ちょっとだけ愛想よく振る舞おうとヘラっとしてみた。セリーナの外見はとってもおとなしそうだけど、さっきあんなに偉そうな事を言った後だ。もう既に本性バレてて一発で嫌われただろうけど。敗者復活を狙ってみたり……。
「ああ、笑顔の君は何て愛らしいんだ!」
はい?
黒髪の王弟様はそんな事を言いながら、いきなりムギュっとハグしてきた。
何じゃそりゃ? 『女性を褒めるのが彼の癖』だと王太子が言ってたけれど、いくら何でもチャラ過ぎない?
「止めて下さい。セリーナは私の相手です。グイードのような悪い男には渡しません」
ヴァンフリードがグイード様からベリッと私を引き剥がす。いや、生き延びるためにはむしろ渡して欲しい。お願いだから。
そっか。でも今は囮の仕事中だったもんね。王太子の傍にいないといけない私が王太子以外とベタベタしちゃってたら囮にならない。
それに、グイード様だってさっきの私の失言を不問にするために敢えて気を遣ってくれたんだと思うし。うん、失礼なヤツだと思っていたのは撤回! 本当になんて良い人なんだ……強いし。
攻略者の中では一番年上で一番粗削りな顔だけど、整い過ぎる顔に興味の無い私にとってはむしろ好印象。何より大人でほーよー力がありそうだし。今後につなげるため、ちゃんと謝っておこう。
「グイード様、先ほどは何も知らず大変失礼な発言を致しました。どうかお許し下さい。お詫びに後日、何でも致しますので」
部屋の拭き掃除でも皿洗いでも、馬の世話だって何でも。
だからお願い、打ち首だけは勘弁して?
私の腰を掴んでいた王太子の手に力がこもる。
グイード様がなぜか息を呑む。
「……セリーナ、と言ったね。まだ若い君は何も知らないようだけれど、男にそんなセリフを言ってはいけないよ? 何でも、と聞くと都合の良い想像をしてしまうからね。今日の所はヴァンに譲るけれど、彼が嫌になったらいつでも私の所においで。待っているから」
深みのある低音の声が響く。
『都合の良い想像』って何だろ?
よくわかんないけど、取り敢えずここは礼を言っとこう。
「はい、ありがとうございます」
お辞儀をして丁寧に答える。
なのにどうして?
王太……ヴァンフリードは怒っているようなの?
グイード様が片手を上げてテラスからカッコよく去って行った後も、なぜかヴァンフリードの機嫌は直らない。何で、どうして? 囮の仕事中に私情を挟んだから?
そのまま両手で脇を塞がれたから、私はテラスの手すりに背中を押し付けられるような格好になってしまった。逃げ場も無いし身体もくっつきそう。そのまま青い瞳に見下ろされ、囁かれる。
「危機感が無いのが君の良い所だと思っていたけれど、そうも言っていられなくなったね。私だけを見て欲しいと願うのは、そんなに欲深いこと?」
なんじゃ、そりゃ。なぞなぞか?
それとも、囮中は王太子に夢中になっているフリをしろってことなの? だったらはっきりそう言えば良いのに。わかりにくい男は嫌われるよ? これだから女性に嫌われたことの無いイケメンは……。
今までならそこで終わるはず。
なのに、銀色の頭が近付いた。
え? えぇぇぇぇ~~~~!!
避ける間もなく何かが私の唇を掠めた。
それが目の前のヴァンフリードの唇だと気づくのに、わずかの間。
けれどその間、私の心臓は確実に止まっていた……と思う。
ど、どどどーした王太子?
そこまで過剰に演技をする必要が?
それにどうしてそんなに切ない目で私の事を見ているの?
人生初、ファーストキスにどう反応して良いのかわからず、自分の口に手を当てて慌てて周りを見回す。すんごく恥ずかしいし真っ赤になっているだろうから、誰にも見られてなくて良かった――と、思っていたのは甘かった。
柱の陰に見覚えのある赤い髪が見えた気がした。
その燃えるような赤い瞳は、合ったと思った途端に伏せられた。
「公爵令嬢のベニータ様がいらした気が。彼女の誤解を解いておかなくて良いんですか?」
テラスから大広間に戻った後で王太子に訴えた。
だって彼女は王太子妃に一番近い女性だから。
あんなに上品でおとなしくなければ、たぶん一番囮に近かった存在。
「君は他人の事より、もう少し自分の心配をした方が良いと思うよ?」
なのに、ため息を吐かれてそう返された。
慣れているのかさっきのことには何も触れない。
これだからモテ男は。
『恋愛しないと殺されてしまう』とはいえ、私は大安売りはしてないぞ?
元ヤンとはいえ一応女の子だったから、ファーストキスには夢があった。
――いつか自分より強くて素敵な人と二人きりの思い出の場所で二人だけの時に。
ま、まあ王太子が私より強そうなのは否定しないし、テラスは思い出といえば思い出だけど。確かにグイード様が去ってから、柱の陰を見るまでは二人きりだったようにも見えた。意外にも夢のシチュエーションと共通点が多かったせいか、考えだしたらドキドキが止まらない。
でも、それでも……囮として過剰な演技をするつもりなら、できれば相談して欲しかった。まあ、即座に却下はするけどね?
それに嫌だな。ベニータ様に勘違いされたままでは。
王太子を狙っている他のお嬢さん方にも申し訳ないし。
誘拐事件が解決したら絶対に誤解を解こう! と心に誓って王太子に付き従う。
間を空けたからもう良いのか、再びダンスに誘われて一番始めの時よりももっと密着した姿勢でワルツを踊らされた。さっきのことが気になるから、くっつき過ぎるのは恥ずかしいから止めて欲しい。でも、確かにこうしていればあまり動かなくて良いから足を踏まれる危険性はぐんと低くなる。痛いのがそんなに嫌だったのか、王太子。それなら私と踊らなきゃ良いのに――。
「セリーナ、私の事を見て私の事だけを考えて」
目が合った時、深く青い瞳のヴァンフリードが私に命じる。
彼はたぶん、私を誘拐犯に攫わせるために必死なだけなんだ。今までの事は全て計画の上だから、キスをされたからといって変な勘違いをしてはいけない。
でもこんな事をしなくても、今日犯人達が動く保証はない。
だからそこまで自分を捨てて頑張らなくてもいいのに……。
さっきから会場にいるはずの兄の姿もどこにも見えない。
ルチアちゃんにはジュール様が護衛として自然な形で張り付いているから良いとして、問題は犯人にとって私がちゃんと攫う価値のある『見目麗しい令嬢』に見えているかってことなんだよね。
あ~あ、早く来ないかな? 人さらい。
そうしたら、この責任感が強くて時々苦しそうな表情をする王太子を、私の傍から早く解放してあげられるのに……。




