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舞踏会は恋の予感?

「じゃあ、そういう事で。でも僕の指導は厳しいから覚悟しておいてね?」


 そんなに可愛らしい顔で言われても……。

 結局、ちょこっとコツを教わりたかっただけの剣術や体術を、なぜかジュール様直々に教えていただく事になってしまった。彼の肩書は『近衛騎士団副団長』――本来なら、素人には手の届かない存在だ。

 彼も実はコレットさんの言うラノベの中の『ヤンデレ君』の一人でもあるので、私にとっては願ってもない事なんだけど。果たして彼は私と恋愛してくれるのか!? まあダメだろうけど剣術や体術を習っておけば、最悪私を殺しに来た人物を返り討ちにするぐらいはできるようになるかもしれない。


 身体を動かすことは元々好きだしちょこっと楽しみもできたから、舞踏会を前にしてだんだん気分が良くなってきた。乗馬を兄に、剣術か体術をジュール様に教われば、もしかしたら私も兵士になれるかもしれない! まあそれもこれも『恋愛できなくて殺されなければ』だけど……。




「セリーナ、ルチア、そろそろ行こうか」


 ぶすっとした様子の兄を従えて王太子が部屋に入って来た。金色が入った白の上下に着替えているからか、ますます王子っぽく見える……って、この人本物だったわ。



 他ではどうだか知らないけれどこの城の大広間(ボールルーム)には王族専用の出入り口があるようで、王太子と一緒に会場入りする私は今回はそこから入らないといけないらしい。この日の為にせっかくいろいろ教えてくれた兄とは離れてしまうから、少しだけ心細い。

 離れる直前兄の金色の瞳を見上げると、オーロフは「大丈夫だよ」というように少しだけ笑ってくれた。少々溺愛気味で過保護ではあるけれど、こんな時の兄はとても優しく頼れる存在だ。

 

 行ってきます。囮の仕事頑張ります! 


 王太子にエスコートされて会場の前方に回る。

 さりげなくショールを外され、コルセットでぎゅうぎゅうの特盛増量中の胸の谷間が見えてしまう。ええっと、こんな格好で良いのかしら?

 けれど王女のルチアちゃんも当たり前のように今流行りのスクエアカットのドレスだし、他にもたくさん増量キャンペーン中のご婦人方がいらしたから、これが当たり前なのかもしれない。

 ま、私に注目する人なんていないだろうけどね?



 そう思っていたのに、違う意味で注目されまくってしまった。王太子の相方だからか会場中のご令嬢方の視線が痛い。

 最初のワルツはとっても緊張していたけれど、兄の日頃の特訓のおかげであがっていてもまともに踊れた。兄も上手だと思うけれど、王太子(またもやヴァンフリードと呼べと言われた)もリードがかなり上手い。足を踏みそうになったらとっさにふわりと抱え上げてくれたし……。


 青い瞳が優しく笑う。

 時折見せる辛そうな嘘くさい笑みではないから良かった。

 彼が王太子としての義務を果たしているんだとしても、誘拐犯を掴まえるために仕方なく囮の私と踊っているんだとしても、少しでも楽しんでくれたらそれで良いと思う。前にルチアちゃんにも言ったけど、生きていればきっと楽しい事もあるし。


 ちなみに私は、別に王太子の婚約者でも何でもないから何度も続けて彼と踊る必要は無いんだそうだ。むしろ続けて踊ってはいけないんだとか。ファーストダンスの後は他の誰かと踊っても良いらしい。まあ、ダンスするより周りの軽食の方が気になるけれど――。

 でも、そう言って手を離した王太子……ヴァンフリードの青い瞳が名残惜しそうに揺れていたから、演技だというのにちょっとだけドキッとしてしまった。


 まさか王太子が私に恋をしているなんて事……さすがにないわなぁ。

 ずうずうしかったぜ、いや、ごめん。




 次に誘いに来てくれたのは、何と兄様! 

 ははん、そっか。今までの特訓の成果がちゃんと出たかどうか、復習も兼ねてテストしに来たわけだね? いいよ、受けて立ちましょう! 兄とはさすがに毎日練習していたので、一番踊り易い。顔を見ながらだって踊れてしまう。見よ、私のこの上達ぶりを! また一つ賢くなった妹を自慢してもいいよ? ……と、思ったらまた足を踏みそうになってしまった。

あれ? でも今日は怒らないね。兄様何でそんなに嬉しそうなの?


 まさか兄様が私を好きだなんて事は……やっぱ違うわなぁ。

 ごめん、都合の良いように妄想してた。




 続けて踊ったから休憩だろ? と思っていたら、見知らぬ男と今後の師匠……ジュール様に手を差し出されてダンスを申し込まれた。どうしたんだ、私。今日だけとってもモテモテじゃね?

 それでも師匠の頼みを断ることはできないから、知らない人にはごめんなさいをして、ジュール様の手を取った。さっきは姫さんと踊っていましたよね? ルチアちゃんも王族で、婚約者でもないのに続けて踊ってはいけないから、しょうがなく私の所に来ましたか。良いですよ? 受けて立ちましょう。


 ああ、でも、またまた足を踏みそうになってしまった。何で今日だけ連続失敗? 

 でもさすがは副団長! 持ち前の運動神経の良さで上手く(かわ)してくれて助かった。可愛い顔の中の茶色の瞳がキラリと光る。いえ……わざとではないのです。ただ、今までダンスが壊滅的に下手だっただけで――。困った様子の私を見る目がなぜかとても楽しそう。


 まさかジュール様まで私を気に入ってるなんて事は……さすがにありませんよね? 本当、考え無しですみません。




 これであと一人踊ったら、もしかしたら『ヤンデレ君』たち完全制覇じゃね? と思っていたけどそう上手くいくはずは無く――。美女たち(後ろ姿だけだけどたぶん)の人垣の中心にいる黒い髪の人物こそが、『飛竜騎士団団長』のグイード様。聞きしに勝るモテっぷりですわな。近づく隙もありません。




「セリーナ、私の可愛い人。こんな所にいたんだ?」


 ま、まさかの王太子。もしかして2周目?

 でもそんな事はなく、エスコートとしての義務を果たしに来ただけみたいだ。だけど王太……ヴァンフリード様、来賓のお嬢様やベニータ様は放っておいていいの? 無理はしなくて良いんだよ?


 私の腰に手を添えて、テラスの方へと導かれる。いつぞやの『夜会』の時のように……。彼も同じことを考えていたようで、私を見ると少しだけ笑って言った。


「今日は『つまみ』は良いの?」


 恥ずかしいからやめて欲しい。あれから随分私も勉強したし、進歩したと思う。少なくとも貴族の集まりが嫌で、逃走しようとすることは無くなった。




 テラスの手すりのそばで王太子が……ヴァンフリード様が正面に向き直ると私に何かを言おうとする。その目は、いつになく真剣だ。


「セリーナ、聞いておくれ。君と出会って私は変わった。毎日がとても楽しく色鮮やかに感じられるようになったんだ。私は君の事が……」


「おや、珍しい。ヴァンも特定の方と行動するんだね? 失礼ですがそちらの淑女(レディ)は? その可愛らしい唇で紡ぎ出される貴女の名前を耳にする栄誉を、私にお与え下さいませんか?」


王太子が続けようとした言葉は、そのまま後から登場した人物によってかき消されてしまった。うわ、スゲェな、こいつ! うぜぇ。

 探していた黒髪のグイードが自分の方からやって来た。

 余程自分に自信があるのか、一応は王太子であるヴァンフリードが話し中だというのに堂々と遮って。重要な話でもあるなら別だけど、私の素性を聞き出すだけでその態度は無いと思う。


本来はこちらに来てくれたのを喜ぶべきなんだけど……。いかん、ムカつく。礼儀をわきまえないヤツは嫌いだ!(もちろん自分のことは棚に上げる)


「バッカじゃないの?」


「え? バッカ? それは変わったお名前で……」


「違げ~~よ! そんなわざとらしい笑顔で薄っぺらい世辞をペラペラと。良い大人なんだからわかるだろ? どう見ても今、話し中だったよな。その話を遮ってまで話そうとするあなたの言葉に、そんなに価値があるのか?」


 腕を組んでバカにしたように見上げる。

 黒髪の飛竜騎士団団長は体格が良くかなり背が高い。


 思いもかけない言葉を私に言われたからか、固まるグイード。年上だし偉いし女性にもモテそうだから、あまり歯向かわれた事が無いんだろう。

 彫りの深い顔が強張っている。

 薄い青の瞳が私を見つめたまま、何かを考えるように細められている。




「セリーナ、私はいいよ。女性を見れば褒めないと気が済まないのは彼の癖だから。だからもう、その辺にしてあげて?」


 隣でクスクス笑う王太……ヴァンフリード。

 ま、まあ、アンタがいいなら。


「ヴァン、すまなかった。そうか、君はセリーナと言うんだね? もう覚えた。君の事は絶対に忘れないよ」


 へ? ええっと……まさかそれって宣戦布告!?

 それに、ちょっと待った。

 勢いに任せて怒っちゃったけど、よく考えたら私、恋愛できる最後の可能性も自分で潰しちゃったんじゃない? 


 も、もしかしてこれって、非常にマズいんじゃあ……。

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