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王太子の策略

 お城の長い廊下を歩きながら、隣を見上げて考える。

 顔だけ見れば綺麗なんだよなぁ、王太子って。

 サラサラの銀の髪、深く青い瞳。

 鼻筋も通って整ってるけど嫌味じゃないし、笑うと目元が優しい印象になる。真面目な顔の時の方が私は良いと思うけど、笑っていても上品だし賢そう。今着ている濃い青の上着は縁が金色で刺繍されていて白いシャツが映えているから、とっても華やかだ。普通の女の子だったらたぶんウットリするんだろうなぁ。


 でも私イケメンに興味は無いし、最初の印象がお互い最悪だっただけに、今後恋に発展するとかって無理だと思う。だからこんなふうに引率されてる暇があったら、最後の一人であるグイード様と早くお近づきになりたいんだけど。生き残れる可能性を、少しでも多く探したい。


「どうしたの? セリーナ。私の顔に何かついている?」


 やべっ、考え事しててジッと見過ぎた。


「いいえ。本日の出で立ちも素敵でしたので、王太子様のお姿につい見惚れてしまいましたわ」


 ふふん、どうだ。日頃の特訓の成果は!

 無難な答えをしておけば、これ以上つっこまれまい。


「可愛い声で嬉しい事を言ってくれるね」


 王太子、なぜか本当に嬉しそう。

 演技でここまでできるって、スゲェな。


「でも、ダメだよ?」


 な……何で? まさかのダメ出し?

 首を(かし)げて考える。

 言葉も文法も間違ってなかったよね?

『王太子』の部分は人名でも役職でも自由に変えられるし、会話が続かない時のフレーズだって家庭教師に教わったのに……。


「言ったよね? 王太子じゃなくヴァンフリードと、ヴァンと呼んで欲しいと」


 あ、何だそっちか。

 でもそれって親しい者にしか呼ばせちゃダメでしょ。

 それとも今日の私は(おとり)の役だから、囮の時限定とか?


 緑の瞳で問いかけるように青い瞳を見上げる。

 目が合うと王太子はニヤッと笑い、私の手を握ると自分の口元まで持っていった。


 ――って、えぇぇ!?

 王太子、こんな所でいきなりアタシの手の甲にキスした。

 どうしてそんな流れに?

 誰が見てるかわからないし……って、もう十分注目集めてる!

 間違っても城の廊下だ。しかも今日は舞踏会で、招待客も大勢いる。


 恥ずかしくってキスされた手を慌てて引き抜こうとしたけれど、王太子が意外にも強い力で掴んでいるから、びくともしない。


「言って? 私の名前を」


 もしかして、言うまで放さないつもり?

 人生初の手の甲へのチューのせいで、すっごくいたたまれないんですけれど……。この場にいるみんなの注目を集めてしまってるし、ヒソヒソ声も半端ない。早くしないと囮として活動する前に、王太子を狙う婚活中のお嬢様方や保護者様から命を狙われてしまうかもしれない。


「ヴァン……フリード……さま」


 やっぱり無理ぃぃぃぃぃ! 呼び捨てなんてできない!!

 それって家族か恋人同士に許されるんだよね?

 間違ってもケンカとバイクが恋人の元ヤンにはハードルが高い。


「……フ、まあいいか。君の可愛らしさに免じて今日はこの辺にしといてあげようか。さあ、セリーナ。会場に行く前に少し寄る所があるから行くよ?」



 ちゃんと名前を言ったのに手を繋ぎっ放しってどういう事?

 ああ、神経ゴリゴリすり減っていく気がする――。

 からかわれただけでこんなんだから、とてもじゃないけど誰かとまともな恋愛なんかできる気がしない。ああ、胃が痛い……。



 *****



 白く小さな手を握り締めながら、心の中でほくそ笑む。

 疑う事を知らないセリーナ、可愛いセリーナ。

 私が囮役に君を指名したのにはわけがある。

 

 目を引くほど可愛くて素敵なのはもちろんだけど、君のようにはっきりと物を言う人間を、私は手元に置いておきたい。

 城での勢力が拡大している今、すり寄って来る人間には事欠かない。そのため、私から逃げ出そうとする人物は稀少だ。慢心(まんしん)するたび私を(いさ)め、まともに助言をしてくれる女性はきっと君くらい。君の隣にいると、私は私でいられる。


 君にはいつも驚かされる。

 見た目からは想像もできないくらい勇ましく、動じないようでいて恋愛ごとにはひどく(うと)い。甘い言葉もアプローチも、君にはなかなか通用しない。戸惑い焦る君の姿を見て初めて、私は自分の行動がようやく成功した事を知る。

 君はとっても面白く、表情もくるくるよく変わる。笑った顔も怒った顔も困った顔もビックリした顔も、いつも側で見ていたいと思ったのは、君が初めてだ。


 オーロフの予想では、『適齢期の令嬢の誘拐』と『私の縁組』には因果関係があるらしい。もしそれが本当だとするならば、次に狙われるのは君だろう。だって私は、君を手放すつもりは無いから。

 犯人の目を引き付けるため、わざと四六時中仲睦まじい様子を見せつけるのであれば、私は誰より君が良い。相手が君であるならば、私に演技は必要ない。褒め言葉も愛でる仕草も、君に対しては自然に出てくる。だって私に反応してくれる君が、とっても可愛いから。頬を染め、恥ずかしそうに小声で私の名を呼ぶ様子もたまらない。さあ次は、どんな事をしようか?



 誰かの事をこんな風にずっと考えているなんて――。

 私の言葉や態度で一喜一憂する君を、ずっと見ていたい。

 以前の冷たい私からは、到底想像できなかったこと。


 だからセリーナ、可愛いセリーナ。

 どうかもう覚悟しておいて?

 きっかけは囮でも、君には必ず私を好きになってもらうから。

 君を逃げられないようにしよう。


 さあ、仕上げといこうか?



 *****



「王太子様、えっと……ここは?」


「ヴァンだよ? ついておいで。君は何も言わず黙って私に従ってくれれば良いから」


 連れていかれたのは王城の奥深くにある重厚な扉。

 白に金の扉の前には、厳重で物々しい警備。

 この前連れて行かれた王太子の私室っぽい所とはえらい違いだ。


「父上、ヴァンフリードです。入室致します」


 王太子が扉を守る兵に頷き開けさせる。


 そっか、お父さんの部屋……ってことは、こ、こ、国王様!?

 慌てて退ろうとするけれど、手を離してはもらえない。

 何で、何なの? どうしたの?

 親と話したいなら一人で行けば?


 王様のお部屋――といっても目を引くのはいっぱいいるセクシー美女たち。赤や紫、青や黄色のカラフルなドレスは透け感たっぷりで、私のドレスに負けないぐらい露出が多くていらっしゃる。歳も上だし化粧も濃いしどれがお母さんだかわからない……ってもういないんだったっけ、王妃様。確かルチアちゃんからそう聞いた。じゃあ、銀座のママも顔負けのこの人達は? 


「何だどうした、突然。この者達も驚いておるではないか」


 まさかとは思うけど椅子に埋もれてるこの貧弱なの(失礼)、弱々しいのがもしかして国王様? 銀色の髪は一緒だけど細っそいよね? 本当にお父さん? 

 思わず隣の王太子と正面の顔とを見比べてしまう。まあ確かに似ているところはあるけど、本物なの? っていうか、親子水入らずの会話に私は要らなくない?


「すみません。ですが、父上に紹介したい女性(ひと)がおりまして」


「うむ、紹介とな。よかろう。して、そちは?」


 ええっと……。何? 何なの? どうすれば良いの?

 王様の前だしお辞儀をすれば良いのかな?

 家で何度も特訓させられた最上級の礼をする。

 だって、本物ならこの国で一番偉い人よね?

 

「セリーナ・クリステルと申します。国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく……」


 やべっ。習った通りに言っちゃったけど、顔色悪いし確実に病気だよね? ご機嫌、ていうか具合悪そう。でも、隣の腹黒王太子にダメ出しされてないから、たぶんこれで良いのかな。

 それよりも、あれ? 私何で挨拶しないといけないの? 急に焦るし、『銀座のママ顔負け軍団』の私を見る目つきも怖い。


 王太子が補足する。


「彼女はクリステル伯爵のご息女で、私の秘書官オーロフの妹です。そして私が今、一番大切にしたいと思っている女性です」


 ……って、はあぁぁぁぁ!?

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