ヤンデレの正体
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「こーりゃく者って?」
彼女はこの前もそんな事を言っていたような気がする。やっぱりわからないので再び聞いてみた。
「え? ああ、ラノベもゲームもご存知ないんでしたものね?」
まあそうなんだけど。
それより『こーりゃく者』ってなあに?
「攻略とは、一般的には攻め落として奪い取ったり相手を打ち負かすことです。でも恋愛ものや乙女ゲームの場合は、相手の気持ちを自分に向けさせる事。つまり攻略者とは、自分が好きになったり好きになってもらう対象のことを指します」
「ふーん、そうなんだ。で、兄も攻略者ってことね? なら、大丈夫。怖い所はあるけど私も兄が好きだし、たぶん兄も私のこと嫌ってないと思うよ? だって兄妹仲良しだし」
よく『バカ』とは言われるけれど最近はその回数も減って来た。毎日ダンスの練習で、兄との距離も縮んだような気がする。上手く踊れた時には褒めてくれるし、時々は笑顔を見せるようにもなってきた。ちょっとだけスキンシップが過剰な気もするけれど……。
そもそも嫌いなら自分で妹に教えようとはしないで、忙しいので誰か他の人に頼んでいたと思う。私が足を踏むため、被害者を減らそうとの考えがあったとしても。
「あの……そういう好きではなくて。『恋愛の』攻略者です。つまり、お義兄様と恋に落ちるかどうかの――」
「……へ!?」
「だって、血は繋がっていませんよね? 親密なご様子でしたし可能性は十分にあるのでは」
はい? コレットさん、頭大丈夫?
というより、義兄妹ってよく知ってたよね。
あ、そっか。それもラノベにのっているのかな?
「いやぁ……ないないないない」
私は手をブンブン振って否定する。
冗談にしたって怒られる!
兄に聞かれてなくて良かった。
「俺の人生潰す気か?」って真顔で言われて、お仕置きがまた一段と増えてしまう。危ない危ない。
「そんな!『アルロン』……『アルバローザ』では確かに……」
「アルバローザ?」
「ええ、『夜明けの薔薇』という意味です。王家の名前でもありますね。この話自体アルバローザの王城を舞台にした、素敵な殿方とヒロインとの恋物語なので……」
なんだかスッゲェ嫌な予感。
攻略者、二人目もわかってしまったような気がする。
「あの……もしかして、王太子もそん中に入ってたりなんかする?」
「当然です! 王太子――ヴァンフリード・アルバローザ様をご存知なのですね! もうお会いになられたのですか?」
「う……まあ」
うわ、やっぱり。
キラキラした目は、お願いだからやめて。
確かに会ったことはあるけどからかわれただけで、ヤツはいっつもふざけている。この後も囮要員として、手伝いに駆り出されるのだ。
「素敵!!」
――何が?
答えが怖いから、あえて聞かないようにしよう。王太子は腹黒だから、間違っても恋愛には発展しないはず。
「えっと、もしかして他にも誰かいたりする?」
こうなったら他の『ヤンデレ君』も全部聞いておこう。今日の舞踏会にその人が来ていたら、無理にでもお近づきになって顔を売る。巨大な猫を被れば「私と恋に落ちても良いかな」と、考えてくれる人がいるかもしれない。
「ええ。でも、当初の攻略対象は4人。主人公が初めて参加するお城の舞踏会、つまり今日までに全員とお会いしていないなら、残念ながらセリーナ様はヒロインではないんです。だって、この時点で既に恋が動き出しているんですもの」
「え? そうなの?」
一瞬、自分に都合の良い幻聴が聞こえたのかと思った。けど、がっかりした様子の彼女を見る限り、どうやら本当のようだ。
よっしゃあ、それなら大丈夫!
私はあとの二人を知らないし、会ったことも無い。
「やったー!! やっぱり私は、ヒロインなんかじゃなかったんだ。コレットさんの勘違いか、美しくて優しいベニータ様がヒロインなんだね!」
嬉しさのあまり素に戻るけど、気にしない。
ヒロインなんか勘弁だし、興味もないから。
違うとわかり、今すぐ鼻歌でも歌い出したい気分だ。
で、にこにこしながら猫を装着。
「一応残りの二人を聞いておいても良いかしら? それともヒロイン以外には秘密なの?」
ストーリーが始まらなかったと知って、ショックを受けてるコレットさん。対して私はウキウキしている。可哀想だから仕方がない。彼女の大好きな『アルロン』の話を、あと少しだけ聞いてあげよう。
女らしいベニータ様がヒロインなら、相手は簡単に恋に落ちる。この前のお詫びも兼ねて、私もできるだけ応援しよう。
「――いいえ。別に秘密の関係でも何でもありません。ヒロインもこの段階では相手のお顔をちらっと拝見したくらい。まだこれといって、親しくないはずです」
ふーん。そうなんだ。ヒロインも結構大変ね?
大して親しくない相手に、命が惜しいとはいえ好かれないといけないなんて。他人事だとわかると気が楽で、話も楽しい。だけどベニータ様なら大丈夫! 男の人なら誰だって、いかにも守ってあげたい感じの女性が好きだよね?
「あとの方……まず、近衛騎士団副団長のジュール様」
ちょっと待て。知っている名前が出てきたような気がするのは、気のせいか?
「ジュールってもしかして、童顔金髪ちょいつり目の?」
「ええ。時々ルチア様とご一緒にいらっしゃるあのジュール様ですわ! もしやご存知で? 見えないですよね、あれで22歳だなんて」
は? はいぃぃぃぃ!?
年下じゃなかったの?
16で成人したばっかりでは?
22っていうと、うちの兄貴と同い年。しかも『副団長』とかいう聞き慣れない単語を聞いたような気がする。
「ほ、本当に? そんな歳なの?」
「ええ。私も直接お話したことはないので、ラノベの知識です。可愛らしいお顔のせいで、よく他人から舐められるのだとか。おかげでルチア王女のお側でも、違和感が無いんですけどね?」
な……舐めるどころかこの前私、思いっきり説教して叱り飛ばした。年上だなんて思っていなかったから、そりゃあもう存分に。ヤバイ、それならあれはもう確実に怒ってた。恋に落ちる要素が、かけらも感じられない。
「セリーナ様、どうかされました? もしあともう一人を見かけたことがあるのなら、コンプリートですわ!」
いいえ。
コンプリートしたくないし、する気もありません。
でもあと一人が出てきたら……。
他に知り合いいないし、きっと大丈夫。
ドキドキしながら次のコレットさんの発表を待つ。
次の人物で私の運命が決まる!!
「最後は、飛竜騎士団団長のグイード様です!」
高らかにコレットさんが宣言する。
よ……良かったぁ。全く知らない人だ!
安心して思わず涙が出そうになる。
「いいえ、そのような名前の方は見た事も聞いた事もありません」
ホッとしながら張り切って答えた。
ありがとう、誰だか知らないグイード様。
あなたのおかげで、私はヒロインから脱落できる!
よくぞ今まで姿を現さないで下さいました。
感謝感激雨あられでございます。
「そうですか……ご存じないとは残念です。グイード様は、見かけたらすぐわかりますのに……。いつもお1人だけ全身黒ずくめの甲冑姿なんですよ? 体格も良いし彫が深くてはっきりした顔立ちだから、結構ファンも多いんです。まあ、素行にちょっと問題がありますけれど。まだお見かけした事が無いなんて、本当に残念ですわ」
え? 今、何て?
もんのすごく嫌な予感に、私は全身の血が固まったような気がした。




