元ヤン、スゲー驚く!
「もう限か~い!」
初めて城に行った日、怒る兄貴に伯爵家に強制送還されて以来、彼の言う『お仕置き』の日々が続いている。このところ、兄はどんなに遅くなっても城からまっすぐ帰って来て、「練習だ」と言っては私にダンスの相手をさせる。ステップを踏み間違えたり足を踏んづけてしまう事などしょっちゅうだ。ドレスの裾を踏んで転びそうになったり、順番を忘れて体当たりをしてしまったこともある。
もちろんわざとではないけれど、私はつくづく上品なダンスってものに向いてないんだな、と思い知らされる。だからそろそろ諦めて、呆れて終了になるかと思いきや、兄は意外に我慢強かった。
できるまで根気強く教えてくれるし、足を踏んでも怒りはしない。それどころか自ら身体をピッタリくっつけてリードし、上手くできた時には頭を撫でて嬉しそうに褒めてくれる。この前なんか「上出来だ」と耳元で囁かれ長めのハグをされてしまったから、兄妹なのにうかつにも、ちょっとだけドキッとしてしまった。
そいじゃあ何が限界なのかというと……。
それはもう一つのお仕置きの方。
朝っぱらからの馬小屋の掃除と餌やり。
こう見えてアタシは動物好きだから、馬の近くに寄るのは別に苦じゃあない。例えどんなにすごい臭いがしてても大丈夫。力仕事は体力作りも兼ねてちょうどいいし、大人しい仔馬は撫でさせてもくれてすごく可愛い。賢い馬はブラッシングをしてもそこまで嫌がらないし……まあ、途中で交代させられたけど。だから仕事自体はとっても楽しい。
でも、朝早過ぎるのがちょっとね。
私は早起きが苦手だ。
だから免許やバイクのためのバイトも夕方からの居酒屋にしていた。それにどう考えてもこれって、令嬢の仕事じゃないでしょう? 馬の世話をする人たちも最初はかなり恐縮しちゃってたし。
でも兄曰く、『健全な精神は健全な肉体に宿る』だか何だかで、私が健康な生活を過ごせるよう早起きを強要してくる。「だったら夜のダンスレッスンは止めようよ!」と言うのだけれど、「お前が完璧に出来たらな」と言って全く取り合ってくれなかった。自分も早起きしていて一緒に朝食を摂るのがせめてもの救いなんだけど、朝晩妹と一緒でよく飽きないな? いくら顔や頭が良くても鬼畜でシスコンな男はモテないと思うよ?
朝食といえば、以前サボった時にゴミ箱直行でそのまま捨てられていたと思ってた私の食事は、敷地内で飼っている家畜の餌にされていたらしい。さすがに兄も自慢の馬に与えることはしなかったみたいなんだけど、伯爵家ではニワトリや豚なんかも飼っていて、彼らが喜んで食べるからあっという間に無くなっていたんだそうだ。
豚に豚肉って共食いなんじゃ? とちょっと思っちゃったけど、彼らは雑食なのだとか。とはいえ肉類は身体には良くないから、彼らが病気になったら私のせいだと兄に脅されてしまった。うう、プレッシャー。おかげで勉強サボったり、逃げ出して食事を抜かす事もできやしない。
そんな中一つだけ良いと思えたのは、馬の世話を無事に続けられたら兄が乗馬を教えてくれると約束してくれたことだ。この世界の乗り物といえば馬か馬車か限られた人しか乗れない小型のドラゴン(スゲー)だから、バイク好きだったアタシにとってはその約束は願ったり叶ったりだ。乗馬は免許も要らないし、ここには立派な馬がたくさんいる。
だから、身体が疲れてるし朝も早くて眠くてフラフラになりながらも、兄貴がさっさと城に行ってくれてお昼寝ができるようになるまでは……と毎日自分を奮い立たせて何とか頑張っている。
そんなある日の午後、爆睡していた私の元に「来客です」と侍女が起こしにやって来た。眠い……眠すぎる……中途半端な昼寝ってなんでこんなに眠いんだろう?
っていうより、おかしいな? だってこっちに来てからできた知り合いなんて限られてるし、日中のこんな時間に訪ねてくるような親しい人はいないし。誰だろう?
「人違いかもよ。親か兄のお客じゃない?」
「いいえ、セリーナ様とおっしゃっていましたが」
侍女にきっぱり告げられる。
ああ、もっと寝ていたかったのに……残念。
連れていかれた客間で待っていたのは、とっても意外な人物だった。この前お城でちょこっと会っただけの茶色い髪の子リスちゃん。
今日はこの前の青い制服っぽいものとは違って、黄色いドレスを着ちゃってる。外出用に化粧をしているせいか、くりっとした目が強調されて可愛らしい。
何の用事だろ。
やっぱり兄のお客じゃない?
それとももしや、兄狙い?
でも、オーロフは仕事で出かけて、今家にいないんだけどな。
なんだかなぁと思いながら椅子に腰かけ、眼鏡をかけた子リスちゃんを正面から眺めた。彼女も彼女でなぜかウットリしながら私を見つめている。げげ、もしかして狙いは私?
若干……いや、かなり引き気味になりながら彼女の話を聞くことにする。
茶色い髪にピンクの瞳、眼鏡をかけた子リスちゃんは『コレット=シャルゼ』と名乗り、王城内の図書館で『ししょ』の仕事をしていると言った。年齢は私よりなんと2つも上! マジ?
今日来たのは、この前私が兄に柱ドンされる前に落っことしたと思われる、伯爵家の紋の刺繍が入った手巾をわざわざ届けるためだとか。『三つの薔薇に羽』の模様は何だか昔の将軍様みたいで、結構気に入っていたりもする。
ああそっか。この前あの場所にいて伯爵家の兄に声をかけたのは、だからなんだね?
「ししょ?」
「司書とは本を扱う仕事ですわ。本の貸し出しや整理、分類や修理、蔵書目録作りなど業務は多岐に渡ります。調べ物がある時にはご相談にのったりも致しますが」
「そうなの……」
学が無くてごめんね。なんか学校の図書室でそんな感じの人がいたような気もする。けれど先生って呼ばれていたし、違うのかな? まあ、別にどっちでも良いんだけど。
わざわざ来てくれたから、こういう時ってお茶の用意がいるんだよね?
どうしようかと首を傾げて彼女を見る。真面目そうな彼女は、私が自分の仕事を理解していないと勘違いしたようで、内容をさらに説明し出した。いや、別にししょの仕事が知りたいわけではないし、本にもあんまり興味が無い。
「だって、この世界の図書館ってマンガや雑誌は置いてないんだよね?」
「漫画? 雑誌?」
ヤバい。この前兄にも注意されたばっかりなのに、思ったことを口に出しちゃってた。でもこの世界に絵本はあってもそんなものは無いだろうから、きっといろいろ質問されたり突っ込まれて聞かれたりする。ごまかすの面倒くさいし、嫌なんだけどなぁ。
正面に座る彼女は、私の言葉に目を丸くしている。
なあに? 聞いた事のない単語に、興味津々とか?
「あの……漫画っていうと、もしかして少女コミックとか週刊誌みたいなものでしょうか?」
「えええっっ!?」
今度は私がビックリする番だった。
え? もしかしてこの世界にもあるの? マンガや雑誌!!
私が身を乗り出し、期待に満ちたキラキラした目を向けたからだろう。コレットさんは困惑したように首を傾げると、もっとすごい事を言い出した。
「じゃあもしかして、セリーナ様も転生者?」
「てんせーしゃって?」
うう、やっぱり学がなくてごめん。
でも、そんな単語中学校までで習ったっけ?
「一度亡くなって生まれ変わった人の事です。前世の記憶があったりもしますけれど、漫画の事をご存じなのでしたら、もしかして日本、からとか?」
「!!!」
どっわ~~!
ど、どどーしてわかったの?
『ししょ』ってやつはみんなそんなに頭が良いの?
驚き過ぎて手を口元に当て、ズザザと後ろに引き下がる。
「な……ななななな(何でわかったの?)。だ……だだだだだ(誰にも言っていなかったのに)!」
「その驚きよう! やはりそうでしたか……。実は私もなんです。セリーナ様とご一緒だなんて嬉しいですわ! だってあの『アルロン』のヒロインですもの!!」
言いながら、彼女は淡いピンクの瞳を潤ませる。
でも知らない。
何だ? その消毒薬みたいな名前の代物は。




