表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/177

あなたには似合わない

 整えられた黒髪に男らしい顔立ち、たくましい体躯(たいく)

 周りの景色が消え去って、彼しか見えない。

 高鳴る胸の鼓動が、彼を求めて叫んでいるようで――。


「あのぉ……」

「ひゃいっ!」


 医師の言葉にぶった切られて、我に返った。


「ご報告申し上げます。私の見立てでは、彼女は『記憶障害』です。焦らずに、回復するのを待つしかないかと……」


 ――私ってば、どうしちゃったんだろ? 他にも人がいたのに、周りが見えなくなるなんて。


 なんだかすんごく恥ずかしく、ベッドの上でもぞもぞ姿勢を正す。

 グイードと呼ばれた男性は、黒髪をかき上げながらため息をついた。


「やはり、過去の記憶を喪失していると?」


「はい」


「……そうか。ご苦労だった」


「とんでもない! 栄えある飛竜騎士殿のお役に立てて、光栄です」


 なるほど、グイード様は飛竜騎士なんだね。


「……って、飛竜騎士ぃ!?」


 そういえば、彼の衣装は飛竜騎士団の制服だ。

「黒の方が、光り物が好きな飛竜の興味を引かずに、任務を遂行しやすい」と、教えてもらったことがある。


 ――誰に?


「いかにも。私はラズオル国飛竜騎士団団長の、グイード・アルバローザ。思い出したのか?」


 グイードという名前は、さっき教えてもらったけれど。

 アルバローザは王家の名前。いかにさびれた漁村でも、それくらいみんな知っている。


「なんと!」


「ははあ~」


「貴族じゃなくって王族ってこと? ひええぇぇぇ~~」


 医師や老夫婦が頭を下げる中、私は()頓狂(とんきょう)な声を出す。

 びっくりした、なんてもんじゃない。

 のけ反り過ぎて、お腹が張ってきたような。


「痛たたた……」


「セリーナ!」


 注意しないと、すぐこれだ。

 グイードが走り寄り、私の背中に手を添えた。


「すまない。気が急いて、悪かった。焦らぬように言われたばかりなのに」


「いいえ、驚いた私のせいです。少し休めば平気ですから」


 王族である彼の子が、お腹の中にいる?

 何かの間違いではなかろうか?

 

 


「積もる話もあるだろうし、あたしらはこれで」


「そうそう。マーレ……いんや、セリーナ様。用があれば呼んでくだされ」


「え? 待って、置いていかないで!」


 叫びも(むな)しく、老夫婦が部屋を出る。

 気づけば、グイード様と二人きり。

 飛竜騎士の面々は、とっくにいなくなっていた。


「音も立てずに退出するとは、さすがは飛竜騎士。精鋭揃いだね」


 グイードが、ベッドの端に腰を下ろす。

 その淡い青の瞳が、食い入るようにこっちを見つめている。

 

 ――いけない。もしかして、私の言葉に気分を害した?


「すみません。庶民のくせに偉そうでしたね」


「庶民? いいや、君は貴族で伯爵家のご令嬢だ」


「伯爵家ぇぇ!?」


 大声を上げても、今度はのけ反らないよう注意した。

 安心したのか、お腹がポコポコいっている。

 これって何?


「そう。君の名前は、セリーナ・クリステル。クリステル伯爵の娘で、海辺の私の家に滞在していた。そこで悲劇に見舞われたんだ」


「悲劇?」


「……ああ。全ては、手入れを(おこた)った私のせいだ。バルコニーの手すりが崩れ、君は崖下の海に転落した。その時に、頭を強く打ち付けたのだろう」


 ――崖から落ちても生きている? すごいな、私。


「セリーナ。危険な目に遭わせておきながら、すぐに探し当てられなかった私を許してくれ。本当にすまなかった」 

 

 この人、さっきから謝ってばっか。

 つらさの(にじ)む薄青の瞳と、眉間(みけん)(しわ)が気にかかる。


「謝らないでください。どうせ覚えていないので」


 何気なく口にした言葉で、彼の眉間の皺が深くなった。

 その瞬間、胸が掴まれたように苦しくなる。


 ――なんだ? これ。


「あの、違います! 非難しているんじゃありません。私の方こそ、覚えていなくてごめんなさい。それから、えっと……」


 皺を伸ばしてあげたくて、彼の顔に手を伸ばす。

 深い苦悩も後悔も、あなたには似合わない!!


「セリー……ナ?」


「え? いや、これは、その……」


 完全に無意識だ。

 慌てて引っ込めようとしたところ、そのまま手を取られた。

 彼は私の手を握り直し、形の良い唇に押し当てる。


「グ、グ、グイードさま?」


「大事な君がいなくなって、私がどんな思いでいたのかを、伝えることができたなら」


 低くかすれた声に、私の心臓が狂ったように激しく動く。

 グイードの祈るような表情と、伏せられた黒いまつげ。そのどれもが美しく、目が離せない!


「君のいない毎日は、地獄のようだった。生きることさえつらくて、死を望んでいた」


 男らしく、自信に溢れたこの人が? 


 いいえ、そうじゃない。

 彼は強靱な精神の中に、繊細な心も併せ持つ人。

 私は彼の強さだけでなく、弱さも知っている気がする。


「すまない。こんなことを聞かされても、迷惑だろうが……」


「いいえ! 全部聞きたいです。私には、なんでも話してください」


 言葉がするりとこぼれ出る。

 私はもう片方の手を伸ばし、うつむく彼の髪に触れた。

「大丈夫、私はここにいる」

 そう、言ってあげたくて。


 突然グイードが腰を浮かせ、私を抱きしめた。


「セリーナ、会いたかった! 君が生きていてくれた。それだけで、私は……」


 グイードが声を詰まらせる。

 たくましく厚い胸板と漂うムスクの香り。

 急に泣きたい気になって、思わず頬をすり寄せた。


 ――私はたぶん、彼のことが好きだった。だからこそ、側にいたのだろう。


 グイードは王族で、私よりかなり年上。

 とっくに結婚していて、奥さんや子供がいると思われる。 


 ――まさか自分が、不倫をするとはね。


 私は彼から離れると、悲しい気持ちでお腹をさすった。


 大丈夫。たとえ一人になっても、私はあなたを立派に育ててみせるから!


 私に宿った小さな奇跡。

 崖から落ちても痛みを感じても、お腹の子は平気だった。

 たぶん飛竜騎士の父親に似て、強い子のはず。


「セリーナ」


 微笑む私に、彼が呼びかけた。


「なんでしょう?」


「お腹の子供のことは、知らなかった。だが……」


「大丈夫です。私一人でも、グレないように愛情をたっぷり(そそ)いで育てますから」


「一人? ぐれない? 君は、何を言っている?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ