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失意のグイード

 私に悲劇のヒロインなんて、似合わない。

 外の空気でも吸って、気分転換してこよう。


 グイードがうとうとしたのをいいことに、隣をそっと抜け出した。白い部屋着を(まと)い、外のバルコニーに出る。

 

 朝の光が(まぶ)しくて、新鮮な空気はいつだって清らか。

 けれど私に自由はない。

 私はここから出ることさえ許されていない。

 だったら王妃になったところで、同じことだよね?


 白い手すりを背に、頭の中を整理したくて空を振り仰ぐ。

 よく晴れた青空に白い鳥が飛んでいるのが見える。

 くっきりしたその対比に、思わず涙が(こぼ)れた。

 私は自由になりたい。

 いくら好きでも相手を監禁し、束縛する愛など要らない。


 困ったような顔のグイードが、開き戸付近に(たたず)んでいる。

 その姿を見た瞬間、私はハッとする。


 ――そうか。これって、コレットの言ってた序章のシーンにそっくりなんだ!


「なんてこった。あの小説の作者が描こうとしたのは、グイードなのか……」


 気がかりなのはもう一つ。

 前世の妹は、コレットの語った小説のゲーム版を持っていた。

 それによると、ヒロインのセリーナはこのバルコニーから落ちて、バッドエンドになってしまう。


「あっぶな。すぐに離れよう」


 早めに気づいて良かった。

 綺麗な景色も飾る言葉も必要ない。

 グイードにわかってもらえるまで、自分の気持ちを何度でも訴えよう。


 私は白い手すりから身を起こし、グイードを見つめた。

 けれどその瞬間、彼の顔が恐怖に(ゆが)む。


「セリーナッ!」


「え? あ、あれ?」


 なんと足下の石が割れ、ガラガラと崩れ落ちていく。

 とっさに木の手すりを掴んだものの、嫌な音が聞こえる。


 バキッ、メリメリメリ…………。


「セリーナッ!!!」


 それは、一瞬――。

 焦った顔のグイードが、私に走り寄って手を伸ばす。

 指先が触れ合った瞬間、海上からの風に(あお)られて、身体がふわりと浮き上がった。

 慌てて掴もうとするグイードだけど、その手が(むな)しく空を切る。


「ええっ!?」


「バカな!」


 同時に声を上げたけど、なす(すべ)はない。

 白い部屋着の(すそ)が鳥のように空を舞い、私は海へ真っ逆さまに転落していく。


「グランッ!!」


 大きく叫んだグイードだけど、ここにいない飛竜が応えるはずがない。

 刻一刻と迫る海面に、私は死より彼を思う。


 ――バカね。自らの野望を叶えるために飛竜は置いてきたって、あなたが言ったんじゃない。


 グイードの狂気を知りながら、それでも側にいたいと願った私。

 だから、バチが当たったのかもしれない。


 それでも、私はあなたを――。


『愛しているわ』


 声にならない囁きが、彼の元に届くはずもなく。


「セリーナーーーーッ!!」


 グイードの悲痛な叫びを最期に、私は何もわからなくなった。



 *****



 毎日が(むな)しく、生きる気力が湧かない。

 バルコニーに椅子を置いた私――グイードは、日がな一日海を見ている。


「はっ、こんなに腑抜(ふぬ)けになるとはな。とんだ見込み違いだ」


「まったく、何が一斉蜂起(ほうき)だよ。バカバカしい」


 吐き捨てるような言葉を投げかけられても、もはやどうでもいい。

 反応のない私に呆れたのか、訪問してきた貴族達は、振り向きもせずに部屋を出て行った。


 ――セリーナ。君のいない世界を変えることに、なんの意味がある?


 古城に閉じこもったままの私は、彼女を失ったあの日から、自分の存在意義を見出せずにいる。


 一度目は、母。

 二度目は、セリーナ。


 状況を改善しようと思うのは、大切な人を二度も失うほど悪いことだったのか?

 心は(すさ)んでボロボロだけど、私は死ねない。


 死を選ばなかったのは、宗教上の理由だ。

 もし自らを傷つければ、セリーナのいる天上には行けない。

 それに君は自害の計画ですら軽蔑して、夢の中でも笑ってくれなくなるだろう。

 

「あの時、ともに飛び込めば良かった」


 とっさに叫ぶが飛竜はおらず、間に合わなかったのだ。

 輝く海は穏やかで、愛しい彼女を呑み込んだとは、とても思えない。

 今いるバルコニーが、あの日のように崩れてくれれば、どれだけいいだろう?


 伸びた髪もひげも気にならない。

 足下には酒瓶だけが転がるが、最後に食事を摂ったのはいつだったのか?


 部屋に目を向けると、在りし日の残像が(よみがえ)る。


『グイード様……』


 ベッドに腰かけ恥ずかしそうに笑うセリーナの、なんと愛らしいことか。


『これ、美味しいですよ!』


 食事を頬張る表情の、なんと幸せそうなことか。


『失うなんて、あり得ません。だって私が好きなのは、あなただから……』


 きっぱり告げた君の瞳を、今もはっきり覚えているのに。


『セリーナ、君に大人の愛を教えてあげよう』

 

 私の言葉に慌てる君を、心の底から大事にしたかった。

 だからこそ、危険のないよう閉じ込めたのだ。

 手筈が整い王座を獲得次第、王城に連れ帰ろうとして。


「野望も愛も、夢と消えたか――」


 私は結局、最も大事なものを失った。

 どんなに必死に探しても、君の行方はわからない。

 あれから二ヶ月近くが経つけれど、遺体どころか遺留品さえ出てこなかった。


 飛竜がいれば、広範囲を探せただろう。

 けれど、謀反(むほん)を起こそうとした自分が、おめおめと飛竜騎士団に復帰できるはずはない。いくらグランと密接な関係を築こうとも、飛竜の所有権は国王にあって、私にはなかった。


 日々抜け殻のように海を眺めては、君を思い描いて死の訪れを待つ。

 愛する人さえ護れなかった男には、こんな末路が相応(ふさわ)しい。

 


『転生したら武闘派令嬢!?~恋しなきゃ死んじゃうなんて無理ゲーです』


小説版1~4巻(完結済み)

マンガ版1~3巻(以下続刊)

好評発売中です\(^O^)/

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