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彼の一番好きな人

 ……と、いうこともなく。

 美味しそうな料理を前にした私は食欲には勝てず、結局綺麗に平らげた。

 空になったお皿を見て、グイードが嬉しそうに笑う。


 ――本当に、これさえなければいいのに……。


 手首の鎖が目に入るや否や、たとえようもなく悲しくなった。彼はなぜ、私を拘束するんだろう?


 今なら、そのわけを聞けるかな?


「あの、グイード様」

「なんだい、セリーナ」

「この鎖……。ええっと、どうしてこんな真似をなさるのですか? こうやって拘束しなくとも、心が通じ合えば……」

「いいや。現に君には、他に好きな人がいる。自由になったら、その男の元へ行ってしまうだろう?」

「いいえ」


 すぐに答えた。

 だって私が好きなのは、ここにいるあなただ。


「どうかな? 女性は大抵気まぐれで、美しい唇で嘘をつく」

「私は違います。自由になった後も、ここに残ると誓うから」


 ずっとじゃないけどちょっとくらいなら、ここに滞在してもいい。

 グイードは目を細めると、ほんの少し考え込むような表情を見せた。けれど、首を横に振る。


「ダメだ。君を失うわけにはいかない」

「失う? まさか。つーかこんなことして、相手に好かれるとでも? 好きだと言うなら、なおさら信じてあげなくちゃ」

「……セリー……ナ?」


 グイードが、目を丸くする。

 そっか。ムッとして、乱暴な言葉に戻ったみたい。

 でもいいや。せっかくだから、思いの丈をぶちまけよう。


「過去に何があったか知らないが、こんなことをしたら相手に嫌われるだけだろう?」

「好きにはなれない、ということか。それならただ、元気な姿で側にいてくれるだけでいい」


 おかしい、話がかみ合わない。

 こんなにピンピンしているのに、元気な姿、とは?

 

 グイードの水色の瞳は、私を見ているのに見ていない。うまく言えないけれど、私を通して他の誰かを見ている気がするのだ。


 ――それは、いったい誰?


「グイード様、つかぬことを伺いますが……」

「改まって、なんだ?」

「ええっと、グイード様には想うお方がいらっしゃいますよね?」

「すでに言ったが、エレノラとはもうなんの関係もない」

「そうではなくて、この人だけだと想う方がいるはずです」

「それは君だが?」

「いえ、私でもなく……。心にいつもいる女性、失いたくないと願った女性、たとえば、側にいてほしいのに去ってしまった大事な人――」


 ふいに、これまでのグイードの発言が頭に甦る。


『ここは、私の母が好きだった丘だ。考えごとをする時、私はいつもここに来る』

『セリーナ。君は、私の母に似ている』

『以前病気の母のために、兄の妃が海の見える王家の別荘を用立ててくれた、と話したことがあっただろう? ここがその城だ。私が買い取り改装させた』


 彼が彼女を語る時、その目は優しい。

 けれど過去を懐かしむ口調は、どこか沈んでいた。

 彼の孤独の始まりは、彼女が亡くなってから?


 だったら、グイードの一番好きな人って――――。


「お母様!?」




 グイードは肯定も否定もせず、ただ静かに私を見つめている。

 着ているのは、本日も安定の黒だ。そういえば、彼が明るい色を身につけているところを、見た覚えがない。彼が黒を好むのは――。


「グイード様がいつも黒い服を着ていらっしゃるのって、亡くなったお母様を(しの)ぶためですか?」

「そうだ、と言ったら?」


 ――なんてこった。男らしくて女性にモッテモテのグイードが、まさかのマザコン!


 頭を抱えた私の横で、グイードが声を立てて笑う。


「ハハハ、君はすぐ顔に出るな。きっかけはそうでも、今は違う。黒の方が、光り物が好きな飛竜の興味を引かずに、任務を遂行しやすいというだけだ。いつでも飛び立てるようにとの配慮が、習慣となった」

「な~んだ。……って、すみません」

「いや、謝る必要はない。君の言うことも当たっているから」

「じゃあ、やっぱりマザコン?」

「まざこん? なんだそれは」

「いや、えっと、あの……」


 首をかしげて考える。『マザコン』ってなんかの略だった気もするけど、もう忘れた。 

 グイードは黒髪をかき上げ、ポツポツ話し出す。


「まあいい。私が亡くなった母から影響を受けたのは事実だ。尊敬しているが、母のように日陰の身になろうとは思わない。その時の気持ちを忘れないため、初めはあえて黒を選んでいた」

「え? それじゃあ……」

「当たり前だが、自分の母親をそういう目で見たことはない。ただ、美しいものは好きだし、芯の強い女性も好きだ。そういう女性を手に入れてこそ、亡くなった父や兄を見返せると、以前は本気で考えていた」


 わかったような、わからんような……。

 とりあえず首を縦に振り、先を(うなが)す。


「だが、恋に理屈などない。気づいた時には、君のことしか考えられなくなっていた。――どうにかして手に入れて、逃げられないよう閉じ込めたい。私のために笑い泣き、愛をさえずる姿が見たい、とね」


 グイードのかすれた声が、脳天を直撃する。

 あまりの色気に倒れそうになるけれど、言っていることは最低だ。

 私は両手を握りしめ、彼の視線を真っ向から受け止めた。


「相手が望んでいないのに?」

「一緒に過ごせば、いずれ望むようになるだろう」

「いいや。少なくとも私は、鎖で繋がれるのは嫌だ。さっさと外してくれないと、本気で嫌いになるから」

「そして、私に君を失えと?」


 グイードの水色の瞳は、わずかに陰っている。

 大人な彼はいつでも自信たっぷりに見えるけど、本当は誰よりも他人や自分を信じていないのかもしれない。母親を失った当時の記憶をそのままに、大事なものを手元に置こうとして、あがいているようにも見える。


 そんな姿も愛しく思える私は、もうとっくに彼に囚われているのだろう。


「失うなんて、あり得ません。だって私が好きなのは、あなただから……」


 グイードが目を見開いて息を呑む。


 こうなる前に、もっと早く告げるべきだった。

 今からでは、もう取り返しがつかないの?

新作も投稿しました。


『死亡フラグだらけの悪役令嬢〜魔王の胃袋を掴めば回避できるって本当ですか?』


よろしくお願いします(*^-^*)♪

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