大人な彼と
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さすがにこの状況はマズい。
私、セリーナは必死に両手を突っぱねた。
「ストップ、ストップ、ストップー! グイード様、いきなりなんですか?」
グイードはびくともせずに、低く笑う。
「いきなりではない。ずっと考えていたことだ」
「ずっと? 好きでもない相手に、無理矢理のしかかることを?」
「好きでもない? ……まさか」
「うひゃっ」
言うなりグイードは、私の胸に顔を伏せた。
緊迫した状況であるにも拘わらず、私は意外に柔らかい彼の黒髪を撫でてあげたい衝動に駆られる。
……って、違うから。
「グイード様、ふざけるのもいい加減にしてください」
「いや、私は至って真剣だ」
顔を上げたグイードは、水色の瞳に思い詰めたような光を湛えている。だけど私は、彼に好きな女性がいると知っているのだ。
「こんなことをしたら、エレノラ様が悲しみますよ!」
「エレノラ? どうしてここで、その名が出てくる?」
「どうしてって……」
私は呆れて絶句する。
好きな人がいるから協力してほしいと言いながら、どうでもいい私にまで手を出すつもりなの?
「以前グイード様は、運命の女性がいるとおっしゃいましたよね。エレノラ様のことでしょう?」
「いいや」
「……へ? でも、エレノラ様はグイード様とは昔からの知り合いだ、っておっしゃいましたよ。それって、気心の知れた幼なじみって意味ですよね?」
「なじみがあるのは彼女ではなく、彼女の住む土地だ。まあ、一時期付き合ったことは否定しないが」
「うわあ……」
思わず呻く。
グイードは女性を見れば迫らなくてはいけない、とでも思っているのかな? だから相手もその気になって……。
幻滅してもいいはずなのに、それでも私は彼が好き。
だからこそ、簡単に流されたりなんかしないのだ。
親密な行為は、心が通じ合ってから。
未来もないのに溺れるのは、ダメだと思う。
とりあえず彼の注意を逸らすため、たくさん話しかけてみよう!
「ええっと……土地って、どういうことですか?」
「その話は今、必要か?」
耳元に唇を寄せられ、かすれた声で囁かれた。
よく響くイイ声に胸がキュンとするけれど、ここは気合いで乗り切ろう。
「はい。ぜひ!!」
「はああ~~~」
グイードは大きなため息をつくと、上体を起こしながら黒髪をかき上げた。私はピンチを逃れたと知り、ベッドに素早く腰かける。並んで座ったグイードが、口を開く。
「エレノラの住むグラン伯爵領は、山岳地帯だ。あそこは野生の飛竜の卵がよく採れる」
「たまご……ですか?」
「ああ。人に慣れた飛竜は、めったに卵を産まない。そのため、新たな卵を調達しに出向くことがある。彼女とは、そこで出会った」
「……あ! じゃあ、グイード様の飛竜の名前が『グラン』なのって……」
「あの地で得たからだ。まさか、あんなに大きく育つとは思わなかったな」
頬を緩めるグイードは、エレノラと同じことを言っている。さっき否定はしたものの、彼が想う女性って、やっぱり彼女では?
「あのぉ……。グイード様が私を協力者に選んだのは、エレノラ様を振り向かせたいからですよね?」
口にしながら心が沈む。
白黒はっきりさせたいけれど、答えを聞くのが怖くもある。
「いいや。さっきも言った通り、彼女は私の運命ではない。私の運命の女性は――」
私はゴクリとつばを呑む。
するとグイードは私の手を取り、自分の口元に押しつけた。水色の瞳が、私を刺すように見つめている。
「セリーナ、君だ。私は君にしか、心を惹かれない」
一瞬、時が止まった。今のは何? グイードは、何を言っているのだろう?
「セリーナ」
私の名を呼ぶグイード。
彼の目元にできた笑い皺を見た途端、私の胸は大きく跳ね上がる。
「グイード様……」
「私の運命の女性は君だ。想う相手がいようと構わない。いつかきっと、私に振り向かせてみせるから」
グイードはきっぱり宣言すると、私の手を自分の胸に押し当てた。
私は彼の厚い胸板越しに、速い鼓動を感じる。
「ほら。君を想うと、私はいつでもこうなってしまう」
――え? それならグイードの運命の女性って、本当に私?
信じられない思いで見つめると、水色の瞳が輝きを増す。
「グイード……様。わた、わた、わたわたわた……」
「私も」と言いたいのに、焦って言葉が出てこない。
これってまさかの両想い!?
モッテモテのグイードは相手を選び放題のはずなのに、私でいいの?
目を細めたグイードが、大きな手を私の髪に差し入れる。
「セリーナ、好きだよ」
グイードの低くかすれた声を聞き、私の頭の中は真っ白に。
気づいた時には、唇が彼の唇で覆われていた。
「……ふ」
大人の魅力に溢れたグイードは、キスも上手だ。
唇の縁をなぞっていた彼の舌が、ごく自然に口の中へ侵入する。
「……んぐ……うう……」
「セリーナ、目は閉じていいよ。君はただ、感じるだけでいい」
キスの作法を知らない私は大人な彼の言うがまま、そっと瞼を伏せた。
見えないせいで唇の動きがはっきりわかって、余計に恥ずかしい。慌てて開くと、グイードの熱い視線に晒される。色気を増した笑顔に見つめられたので、くらくらしてしまう。
――目を開けても閉じてもダメな場合、いったいどうすれば……。
甘く優しく時には激しい彼の唇。
髪を撫でる大きな手と、たくましい腕。
ムスクのような香りと、彼自身の色香。
いろんなものが相俟って、なんだかわけがわからない。
そのせいか頭の芯がボーッとして、視界も徐々に霞んでいく。
「セリーナ、息をしているか? セリーナ、セリーナ!!」
焦ったようなグイードの声を聞きながら、私は力を失い倒れ込む。




