王太子の告白
突然なんだろう。
危険って、大人の魅力がありすぎて危ないっていう意味?
もしくは遊ばれているだけだから、離れなさいってこと?
それともこれが、いわゆる『牽制』ってやつ?
ただ一つ、はっきりわかったことがある。
エレノラは、グイードと深く関わっているようだ。
それなら彼女が、グイードの『運命の女性』で間違いない。
「それって……」
「セリーナ様、よく覚えておいてね。では、わたくしはこれで」
エレノラは言いたいことだけ言うと、さっさと部屋を出て行った。
なんだか含みのある発言だったけど、結局、危険の意味はわからずじまい。
「危険……ねえ。ま、本物の危険なら拳を一発ぶちかませばいいか」
女性に優しいグイードが、私に手を上げるとは思えない。それでも忠告は、一応頭に置いておこう。
ようやくお菓子が食べられると、私は再び手を伸ばす。早くしないと、グイードが用事を済ませて戻ってきてしまう。
「色気より食い気? でも、せっかく用意してもらったお菓子を残したら、もったいないもんね」
オレンジのタルトを再び口に運ぶ。
途端に甘酸っぱい爽やかな香りと甘さが口の中いっぱいに広がった。
美味しくて、ほっぺたが落っこちそう。
「何これ、うまっ♡ さすがはお城のパティシエだね」
張り切って二個目に突入しようとした、その時――。
「私の可愛い人は、こんなところにいたんだね」
戸口から、男声が響く。
グイードとよく似ているけど、ほんの少し高いのは――ヴァンフリードだ!
「ヴァンフリード様、ごきげんよう」
「やあ、セリーナ。君が城に来ていると聞いてね。元気そうで何よりだ」
「……えっと、ありがとうございます?」
本心ではありがたくないため、語尾が上がってしまった。今はヴァンフリードの綺麗な顔より、綺麗なタルトが気になる。彼の相手をするよりも、のんびりお菓子を楽しみたい。
立ち上がって挨拶をしつつ、視線をタルトに走らせた。
そんな私に、ヴァンフリードが苦笑する。
「セリーナは相変わらずだね。だが、飾らないところが好ましい」
こちらに歩み寄った彼は、当然のように私の手を持ち上げると、甲にキスを落とした。
「なな、何を……」
「ん? ただの挨拶だ。それともキスは、唇にした方がいい?」
「はあ?」
思わず礼儀を忘れてしまう。
だって私が好きなのは、彼じゃない。
だがしかし、ヴァンフリードはこの国の王太子だ。あまり無礼な態度を取ると、後から義兄のオーロフにどやされてしまう。
「いえ、あの……。ご冗談が過ぎますわ。おほほほほ」
貴族って、こんな感じでいいんだよね?
挨拶が終わったので解放されるかと思いきや、彼は私の手を握ったまま、真剣な目を向ける。
「セリーナ、話がある。座って」
つい何を偉そうにと思ったが、ここは彼の城。私の方がアウェーだ。
「はい」
仕方なく指示に従い、彼の隣に腰を下ろす。
美味しそうなお菓子を目の前にしておあずけとは、これってなんの拷問だ?
オレンジのタルトに向けた私の恨めしそうな視線に気づいているのか否か、ヴァンフリードが口を開く。
「セリーナは今日、グイードの招きでここに来たんだよね?」
「はい」
――知っているなら、わざわざ尋ねなくてもいいのに。
ムッとして口を尖らせた私に、彼が続ける。
「どうしてグイードなんかと!」
「……え?」
「グイードは多くの女性と浮名を流しているが、泣かせた女性は数知れず。誰にも本気にならないよ。それなのに、どうして君はグイードを選ぶの?」
選んだのではなく、選ばれたのだ……偽の恋人役として。私はグイードと『運命の女性』とをくっつけるべく、彼に協力しているだけ。
ただ、いくら王太子が相手でも、グイードの意図を明かすわけにはいかない。
「ええっとぉ……」
頭をめまぐるしく働かせるも、上手い言い訳が出てこない。
もしも私が、グイードよりヴァンフリードのことが好きだったら、勘違いをただそうと必死になっただろう。でも、彼に対して特別な感情はないから、誤解されたままでもいいや。
言いかけてやめた私に、ヴァンフリードが話し続ける。
「グイードは民の人気が高いとはいえ、王位の継承順位はずっと下だ。第二、第三王子も控えているため、玉座につくのは難しい」
「はあ……」
「個人で保有する財産も、私には遠く及ばない」
ヴァンフリードは、何が言いたいのかな?
私が、グイードの地位や財産目当てだとでも?
「彼は二十七歳で、君より十も年上だ。その点私は二十一歳になったばかりで、君とも釣り合う」
「えっ?」
「私の方が彼より若く、将来有望だと思うよ。それに、愛した女性は決して裏切らない。つまり……」
「つまり?」
思わず聞き返す。
これだとまるで、ヴァンフリードが私に自分を売り込んでいるみたい。
「セリーナ。グイードなんかやめて、私の恋人になってくれ」
「なんと!」
素っ頓狂な声が出た。
私が、ヴァンフリードの恋人に?
それって囮としてではなくて、本物の恋人ってこと?
「いやあ~、無理無理無理――ですわ」
慌てて語尾を付け足した。
王太子の恋人だなんて、堅苦しくって嫌だ。
地位や財産なんかに興味はなく、年齢も……釣り合うとか釣り合わないとか、どうでもいい。
要は、好きか嫌いか。
王太子を嫌ってはいないけど、私はグイードが好き。
「どうして!!」
ヴァンフリードが勢いよく立ち上がり、私の椅子の肘掛けを掴む。
まともに覆い被さっているので、テーブル上のタルトが見えない。
……いや、タルトのことはどうでもいい。とりあえず、断りを入れよう。
「どうしてって、それは……」
私がグイードを好きだから。
恋をしなくちゃいけないとわかっているのに、彼の側にいたいから。
本気でなくてもいい、仮初めの相手でもいい。ただの協力関係で未来なんかなくっても、近くで彼を見ていたいから。
――そんなふうに、胸の内を正直に告白できれば、どんなに楽だろう?
ふいに水が頬を伝った。
自分でも気づかないうちに、泣いていたらしい。
「あれ? おっかしいな」
「セリーナ。私なら君を、泣かせはしないのに……」
袖で拭う私に、ヴァンフリードがかすれた声で囁いた。そして、綺麗な顔が間近に迫る。
――まさか、キスされる!?
「ダメ」
さすがにマズいとわかって、ヴァンフリードの口を両手で塞ぎ、全力で押し返す。
「ぐぎぎぎぎ……ひやっ」
けれど彼の方が力は強く、私の手をあっさり外す。さらには私の片手を握り、手の平にキスを落とした。
「な、なな、何を……」
驚いたなんてもんじゃない。
手の平へのキスは、この国ではプロポーズだ!




