私の好きな人
私が初めて恋をした相手は、別の女性が好き。しかもその相手に告白する前に、癒やしてほしいと言う。見返りは、彼自身の協力とのこと。
だけど、どんなにグイードが協力してくれようとも、私が好きな人と結ばれることはない。だって私の好きな人とは、彼自身なのだ。
「残念ですが、力にはなれません」
「どうして?」
「だって……」
ここで本当のことを言えば、彼は私を好きになってくれる?
それとも少しは憐れんで、想いを分けてくれるかな?
でもそれは、愛情ではなく同情だ。私は彼の憐れみではなく、心がほしい。
「無理です。グイード様には、心に決めた方がいらっしゃるのでしょう?」
「それは……」
グイードは開きかけた口を閉じ、渋い顔で腕を組む。これまで、彼の協力を拒否する者などいなかっに違いない。
たった今断ったばかりだというのに、私は別の女性を想って目を細める彼の姿を、カッコいいと感じてしまう。彫りの深い横顔は、どれだけ見てても見飽きない。
――もしもこれがデートなら、幸せだったのかな。空の青と小さな赤紫の花に囲まれて、側には好きな人がいて。
だけど私の好きな人には、大事な人がいる。
彼はそのために、私の助けがほしいと願っていた。
考えただけで苦しくなって、胸に手を当てる。
「それならセリーナ、私に時間をくれないか?」
「時間……ですか?」
「ああ。さっき君は、叶わぬ恋だと言ったね。それなら私にも、望みはあるはずだ。短い期間でいい、私と付き合ってくれないか?」
グイードの言い分が、よくわからない。
私の失恋と彼の望みが、どう関係するのだろう?
左右に頭を傾げたところで、ふいに閃く。
――なるほど。短い期間でいいとは、私を練習台にするのはわずかな時間でいいということか。
グイードは珍しく必死なようで、『私に付き合って』と言うべきところを、『私と』と言い間違えている。それはたぶん、彼が頼みごとをするのに慣れていないせいだ。私に頭を下げてまで、その女性を手に入れたいと望んでいるらしい。
グイードにそこまで想われる女性を、羨む私。
『運命の女性』とは、どんな人?
その人は私以上に、彼を大事にしてくれる?
彼が選んだのは、私じゃない。
私なら即OKで、喜んで恋人になるのに……。
その途端、『恋人』の単語に愕然とする。
――そうだ。私、恋をしないと死んでしまう!!
むくわれない恋に時間をかけている暇はない。頭ではわかっているのに、愛されたいと願う小さな私が、心の奥から顔を出す。
――短期間、協力するくらいいいじゃない。せっかくだから、恋の仕方をグイードに教われば?
「……セリーナ?」
低くかすれた声が、私の心に追い打ちをかけた。どこか不安そうな彼の表情も、私の胸を打つ。
「短期間……でしたら」
言葉がするりとこぼれ出た。
みるみる晴れるグイードの表情を見て、取り消せないと悟る。
「ありがとう、セリーナ! 決して後悔はさせない」
次の瞬間、私は彼の腕にすっぽり包まれていた。練習台にまで気を遣うとは、さすがはグイードだ。
真っ赤になって照れる私と、爽やかに笑う彼。黒い飛竜は全く興味がなさそうに、大きなあくびを一つした。
とりあえず二ヶ月という契約で、私はグイードの恋に協力することとなった。「なるべく側にいてほしい」と言われたので、どうやら『運命の女性』を嫉妬させる作戦らしい。私が相手だと、癒やすどころか疲れそうだと思わないでもないけれど、まあ、なんとかなるだろう。
帰宅すると、門のところに怒った顔の義兄がいた。
私達を見るなり、大声で喚く。
「グイード様は、未婚の女性を伴もつけずに連れ出したのですね。その意味を、他ならぬ貴方がご存じないとは思いませんでしたが?」
オーロフは、相当頭にきている。
王弟にケンカを売るとはいい度胸だと、感心している場合ではない。
「ごめんなさい! それは、私のせいで……」
いけない。面倒くさい貴族のマナーぶっちぎって出掛けたの、忘れてた。
「無論心得ているよ。だから始めに『全責任は私が取る』と言っておいた。言葉通りに受け取ってもらって構わない」
「なっ……」
義兄が絶句する。
無事に帰り着いたから、そんなに驚かなくてもいいと思う。
「手続きも踏まず、家族の許可も無く? もちろん特定の相手を作らない貴方に、義妹を渡すつもりはありません」
うわ、出た。本日のシスコン発言!
オーロフとグイードは、なぜかそのまま睨み合う。
「事前に断らず、済まなかった。だが『義妹』だろう? どうしてそこまで干渉する?」
「リーナは義妹ではありません。私の全てです」
「ほう? だが、私にとってもセリーナは大切な人だ。そして、付き合ってほしいという私の申し出を、彼女も快く了承してくれた」
うん、まあね。短い時間で契約上でも、付き合いは付き合いだ。グイードと運命の女性が上手くいくまで、手を貸すことに同意した。義兄には真実を明かさない方がいいだろう。
「いいえ。私のリーナを遊び相手にするなど、とんでもありません!」
義兄がグイードに、猛抗議。
しかしグイードは、涼しい顔で肩をすくめた。
「遊びではなく、いたって本気だ。身を固めるまで、温かく見守ってくれると嬉しい」
グイードったら嘘ばっかり。
その気もないのに恋人宣言なんて、どう考えてもおかしい。でもそれを、嘘でも嬉しいと喜ぶ私の方が、もっとおかしい。
「なんだと? リーナ、本当なのか!」
「え? ま……まあ?」
グイードの顔色を窺いながら答えた。
シスコンの義兄に反対されるのはある程度予想していたけれど、こんなに激怒するなんて。
「近日中に迎えを寄越す。セリーナ、次はきちんと城で会おう」
頷く私に、グイードが爽やかな笑顔を見せた。
義兄はぶすっとしているが、これ以上言っても無駄だと悟ったらしい。
その様子に満足したグイードが、背中を向けて片手を上げる。彼の姿を見た途端、外で寝そべっていた飛竜のグランが反応して、身体を起こした。
ちなみにグランは、最後まで私に懐いてくれなかった。背中から降りてお礼を言っても、そっぽを向かれてしまったのだ。
もしかしてグランは、雌の飛竜?
グイードの魅力にメロメロだとか?
空の散歩が楽しかったから、懐いてくれなくてもまあ、いいか。
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