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エリカの咲く丘

 山を飛び越え、雲を抜け。

 飛竜が着陸したのは、赤紫色の花が咲き誇る丘だった。めったに人が来ないのか、小さな花が斜面に群生している。飛竜のグランは慣れているらしく、平らな場所に寝そべった。


「グイード様、なぜここに?」


「ここは、私の母が好きだった丘だ。考えごとをする時、私はいつもここに来る。だから、君にも見せたかった」


 ――そんな大事な場所に、私を?

 思わず胸がときめいて、(ほお)が熱くなる。


「グイード様。この花、とっても可愛らしいですね」


 私は彼から意識を()らそうと、慌てて話題を変えてみた。


「エリカの花だ。荒れ地に咲くことでも知られている。花言葉は『孤独、寂しさ』」


 そう語ったグイードの横顔は、なぜか寂しそう。

 体格が良く、常に自信に満ち溢れたグイード。その彼が、孤独を抱えているように見えるなんて、どういうわけだろう?


「……あの、グイード様」


「なんだい、セリーナ」


「最近、何か嫌なことでもありました? もしくは悲しい出来事とか」


「悲しい? いや」


 グイードは目を細めると、わずかに口の端を上げた。

 笑っているのにそう見えないのは、薄青の瞳に哀しい色を宿しているから?


「そうですか。グイード様が、寂しくなければいいんです」

 

「寂しい……か。深く考えたことはないが、そうかもしれないな。27にもなって、私は未だに独り身だ。想う女性がいるものの、本気の恋は初めてで、情けなくもあと一歩が踏み出せない」


 グイードの答えを聞いた途端、浮かれていた気持ちが急速に沈んでいく。


 ――私、失恋決定だ!

 

 想う人っていうのはたぶん、ルチアちゃんに言っていた『運命の女性』だ。


 女性の扱いが上手いグイード。

 その彼がまだ告白していないなら、それだけ本気なのだろう。だったら私なんかに構ってないで、その人のところに行けばいいのに!!


 男性には、期待するだけバカを見る。

「好き」でなくとも「好き」と言えるし、その気がないのに大事な場所に連れて行く。

 前世の父親から、私は学んだ。外面の良い父は、離婚する前から母親以外の女性とも仲が良く、たびたび女性と()めていた。


 そんな父は愛想が良くて人気者、いわゆるイケメンの部類。だから私は、イケメンがあまり好きではない。それなのに――。


 ――私がグイードに惹かれたのは、前世の父親と雰囲気が似ているせい!?


「セリーナ、君は? 心に想う人がいるのかな?」


 一昨日までの私なら、「いいえ」と答えていたかもしれない。そしてグイードの恋のおこぼれをもらおうと、ファンクラブの最後尾に並んでいた気がする。

 だけど昨日はっきりと、自分の気持ちに気づいてしまった。


 私はグイードが好き。

 会うたびいつも褒めて、優しい言葉をかけてくれる。がさつな私を淑女のように扱って、大事にしてもくれるのだ。


 でもそれは、私に限ったことじゃない。

 彼はどんな女性にも、すごく優しい。

 グイードの特別は、『運命の女性』だけ。

 その女性にはきっと、本当の自分を見せるのだろう。


 考えただけで悲しくなって、下唇を噛みしめた。気遣わしげなグイードの視線を感じて、慌てて微笑む。


「ええっと……はい。まあ、私が勝手に想っているだけですが」


 嘘はつきたくないので、正直に答えた。けれど想う相手の名前は、本人には告げられない。大好きだからこそ、言えなかった。グイードには、彼が心から想う人と幸せになってもらいたい。


 恋心を抱えたまま、彼の側にいるのはつらい。それでも私は――。


「それが――だったら、良かったのに」


 考えごとをしていたせいで、肝心なところを聞き逃してしまう。


「……え?」


 間髪入れずに聞き返すが、グイードは首を横に振る。


「いい、こちらの話だ。だがセリーナ、君はまだ、自分の気持ちを相手に伝えてないんだろう?」


「はい。叶う恋ではないので、伝えるつもりはありません」


「そう、か……」


 これくらいなら、口にしてもいいはずだ。

 好きな人は今、私の目の前に立つ。

 その人は私の気持ちなど知らず、黒髪をかき上げる。


「ここは、私の母の故郷だ。そして、前の王である父に見初められる前、想う人に初めて告白された場所でもある。母は息を引き取る直前まで、この景色のことを懐かしそうに語っていた。帰りたがっていた母が、冷たい父に心を許していたとは思えない」


 何を言ったらいいのかわからずに、私は黙って耳を傾ける。


「私を産んだ後、母は体調を崩した。元々身体の強い人ではなかったから、出産そのものに無理があったのだろう。その母を、父は見捨てた。あろうことか異母兄と一緒になって、城から追い出したんだ」


「そんな! グイード様のお兄様って……」


「今の国王だよ。父はとっくに亡くなっている。私の母は側室で、兄の母は正室だ。兄はヴァンフリードの父親でもある」


「まあ……」


 側室の存在を嫌がって正室が追い出したのなら、まだわかる。けれど、側室として召し上げ子供を生ませた張本人が、追い出したのには納得できない!


 ……というか、待った。


 そもそも側室であった母親に『国王の他に想う人がいた』って、赤の他人の私にバラすのダメじゃない? バレたら一大スキャンダルだし、自分の出生だって疑われかねないのに……。グイードったら、重要な秘密をあっさり口にしちゃって、大丈夫なの!?


「泣く泣く城を離れた母は、故郷にも帰れない。さすがに哀れと思ったのか、兄の妃が海の見える王家の別荘を用立ててくれた」


「そう…………ですか」


 グイードの意図がわからない。

 わざわざこんなところに来て、私を相手に恋話(コイバナ)したり、お母様の大事な秘密をバラしたり。


 ――ハッ、まさか! 運命の女性に告げる前に、私で試しているの!?


「セリーナ。君は、私の母に似ている」


 グイードは大股で近づくと、私の手を取り甲にキスをした。彼はそのまま手を離さず、淡い青の瞳でまっすぐ見つめる。


「美しいセリーナ。孤独な私を、君が癒やしてくれないか?」


「……はい?」


 今の話とどう(つな)がるのか、さっぱりわからない。

 本気の恋をしているって言ったよね?

 それなのに、手近な私が癒やすとは? 


 これがいわゆる大人の付き合い? 

 口説き文句ってやつですか?


「いいえ、お断り……」


「もし協力してくれたら、私も君に協力しよう」


 それは、さすがに無理だ。

 だって私が好きなのは、あなただから――。


ぼちぼち更新していく予定です(^^ゞ

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