恋
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3巻発売記念の更新、その2
元ヤン時代と今のセリーナ(3巻の途中に相当)です。
恋なんてものは信じらんない。
熱く激しい衝動を、あたしは知らない――。
ある日の昼下がり。
熱心にバイクを磨いていると、仲の良い後輩が話しかけてきた。
「姉御、聞いたッスか?」
「ん? 何を?」
「かりんのやつ、チームを抜けるって」
「ああ、あれね」
「知ってたんなら、なんでとめないんスか」
後輩は、あたしを責めるような口調だった。だからあたしもマジになる。
「かりんの決意は固い。あたしらとつるむより男といる方がいいなら、とめる理由はねーだろう?」
「そんな! かりんのやつ、絶対そいつに騙されているッスよ。あんな冴えない容貌の、弱そうな男……」
後輩が悔しそうに吐き捨てるが、あたしもまったく同感だった。
イケメンに興味はないから顔はどうでもいいけれど、かりんの相手は細身のサラリーマン。とてもじゃないけど、ケンカが強そうには見えない。
一方かりんは、あたしらの中では断トツ可愛く、他のチームにも名前が売れていた。
けど、うちは男女交際禁止の硬派なレディースなので、例外は認められない。
「『好きな人ができたから、チームを抜けたい』って、かりんが言ったんだ。だったら、引きとめずに笑顔で送り出してやるのがスジってもんだろ?」
「姉御って、恋愛が絡むとホント冷たいッスよね」
「冷たい? 興味がない、の間違いじゃね? まあ、上手くいくようにとは思っているよ」
それは本心だ。
うちの両親のようにケンカ別れせず、上手くいけばいい。
「姉御は……スか?」
大事なバイクのマフラの汚れを落としていたため、あたしは後輩の言葉を聞き逃してしまう。
「ごめん、何?」
「姉御は、好きな人はいないんスか?」
「ハハ、まさか。もしいたら、こんなところでくすぶってるはずねーだろ?」
「こんなところって……ひどいッスね」
「確かに」
後輩と顔を見合わせ、笑い合う。
こんなところと言いつつも、チームは楽しく仲間は優しい。あたしはそれで十分だから、異性との恋愛など、全く望まない。
「いつか……」
「……ん?」
「いつか、あたしらにも恋人ができれば、少しは変わるんスかね」
「お? 乙女な発言?」
「バカにしないでくださいよ。これでも結構マジなんスから」
「そっか。あんた、かりんとは仲が良かったもんな。大丈夫、あんたにゃあたしがいるよ」
「姉御! 一生ついて行くッス!!」
「どうでもいいけど、『姉御』はやめて~~」
背後から抱きついてきた後輩を、笑って小突く。
でもその子も、しばらくすると集会に来なくなった。噂によれば、好きな人と一緒に町をこっそり出たらしい。いわゆる『かけおち』ってやつだ。
だけど、あたしはわからない。
恋ってそんなにいいものか?
家族や仲間全てを捨てて、その人の色に染まりたいと思うほど――?
*****
あなたに会って、私は変わった。
あなたが私を受け入れてくれるから、私もあなたを全力で愛したい。
優しく触れる手とよく響く声、私を見つめて煌めく瞳。
その色は、私がこの世で一番好きな色。
「…………」
彼の名を呟くだけで、私の胸は喜びに震える。
彼の姿を思い浮かべるだけで、私の頬は徐々に赤く染まってゆく。
「自分が誰かに恋をするなんて、考えたこともなかったけど……。これってたぶん、恋だよね?」
否定されても引き裂かれても、その人の側にいたい。
会って目を見て話を聞いて、その人とともに笑いたい。
この想いを恋と呼ぶなら、私は今、彼に恋をしている!
「男の人を好きになる気持ちが、自分の中にあったとはねぇ」
夜中にこっそりひとりごと。
かりんと可愛がっていた後輩。今なら私も、チームを抜けた二人の気持ちがよくわかる。
くすぐったいけど温かく、苦しいけれど心地良い。彼女達も恋しい相手を想って、こんな気持ちになったのだろうか?
乙女な自分にふと気づき、枕を抱きしめついでに頭突き。
「しまった。枕がボコボコ……。でも、あの人なら一緒に笑ってくれそうだ」
彼の笑顔を頭に描き、密かに胸をときめかせた。
外は暗く、室内を照らすのはろうそくの淡い光だけ。苦手な暗闇でも、彼に守られている感じがして怖くないのは、私が恋をしているせいなのか……。
目を閉じて、前世を思う。
恋なんてものは信じらんない。
熱く激しい衝動を、あたしは知らない――。
そんなことを考えた、当時の私。
愚かで寂しがり屋の自分は、本当は誰よりも恋がしたかったのかもしれない。
「後輩達は二人とも、元気でいるのかな? 結婚して子供も生まれて、とっくに大きくなっていたりして」
もう会えない仲間の健康と幸せを祈る。
あの子達ならきっと、子供思いの良い母親になっていることだろう。
「私も幸せになるよ。……あ、いや、子供はまだ早いけどね」
言ったそばから照れてしまい、誰にともなく言い訳する。
「さて、もう寝なくっちゃ。彼と釣り合う自分になるため、勉強の手は抜けない。朝起きたらまず、庭を走って頭をスッキリさせよう」
『恋は人を愚かにするし強くもする』とは、誰の言葉だっけ?
少なくとも私は、強く賢い自分になりたい。
大好きな彼と一つ屋根の下。
口元に笑みを携えながら、私は深い眠りに落ちていった。
☆ファンアートをいただきました\(^O^)/
ありがとうございます。
ご覧いただき、本当にありがとうございます。
優しいあなたに感謝をこめて(*^-^*)♡




