私はここで生きていく
発売記念(祈念?)に書きました(^◇^;)
書籍版、三章のちょっと前です。
「姉御! もうその辺で許してやったら?」
「はあぁ? ダメだろ。あたしはこいつらを、徹底的に反省させると決めたんだ」
あたしは腕を組んだまま、地面にうずくまった男女を見下ろす。相手はトーシロー――素人同然だが、怒り狂うには理由がある。
男はあたしのバイクを盗み、自転車に乗った女性を蹴飛ばして、バッグをひったくったのだ。その様子を、仲間の女が撮影していた。
自慢じゃないけど、あたしは目が良い。
置いてあったバイクを盗られた瞬間、犯人の特徴は覚えた。黒の革ジャンに白いヘルメット。すぐに仲間のバイクに跨がり、追いかける。ところがそいつは途中、自転車に乗った女性を蹴飛ばすと、かごから白いエナメルのバッグを盗む。
その時あたしは、ケタケタ笑いながらスマホを構える女に気づいた。ケタケタ女を捕まえるよう後輩に合図し、あたしはさらに追いかける。
バイクの前に周り込み、停止を迫った。
一瞬びびった男だが、降りるとニヤニヤ笑い出す。
「なんだ、女か。ちょっとした出来心だよ。見逃してくれるよな?」
そいつの髪は茶色くて、中途半端に伸びている。カラコンを入れているのか、瞳は淡い茶色だ。髪をかき上げながら謝るって、誠意がこもってないだろ。平均より少し顔がいいからって、こんなことして許されるとでも思っているのか?
――イケメンなんて興味がないし、こいつの全てが気に入らない。犯罪は犯罪だろ?
ファミレスで久々のチョコレートパフェに浮かれていたあたしは、特攻服を着ていない。だけどやる気は十分だ。大事なバイクに傷をつけてたら、ただじゃおかねえぞ!
カギを付けっぱなしだった自分のことは棚に上げ、まずはバイクを確認しよう。
「あーーっ、金具で傷がついてる~」
乱暴にひったくったバッグの、金色の金具の部分が、タンクカバーに傷をつけていた。もちろん盗られた女性は悪くない。全ての原因はこの男だ!
「まだローンが残っているのに~~」
バイトで少しずつ返し、もう少しで完済だった。払い終える前に傷を付けるとは、この男、どうしてくれよう!!
「ああ、ごめんごめん。お詫びに今度デートしてあげるからさ。それで許してよ」
なんでそれが詫びになるんだ?
こいつ、バカなのか?
「ふざけんな、修理代寄越せ! あと、ちゃんと謝れっ」
あたしだけじゃなく、バッグを盗った女性にも謝罪するべきだ。それとも、警察に突き出した方がいいのかな? 考えながら白いバッグに注意を向けた途端、なんと男が殴りかかってきた。
「うわっと」
振り向きざま、男のパンチを腕で防いだあたしは、彼の目を見てにやりと笑う。
「へええ。あんた誰にケンカ売ったのか、わかっているのか?」
先に殴ってきたのはあっちだから、この先は『せーとーぼーえー』ってやつだよね?
あたしは拳を握り、鋭く突き出す。
顔面にヒット!
『鉄拳制裁』って、確か四字熟語にもあったよな?
男も負けじと殴り返すが、遅くて避けるのは簡単だ。あたしは伊達に、レディースのナンバー2を張っているわけじゃない。拍子抜けするほどあっさりと、男は足下に崩れ落ちる。
後輩に連れてこられたケタケタ女は、男の連れだったらしく、地面と仲良しなそいつを見て青ざめた。急に泣きだし土下座する。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「はあ? 地面に謝ってもしょうがないだろう? 自分達が何をしたのか、きちんと反省しろ」
あたしは腕を組み、長々と説教をかます。
問題のバッグは、追いついた後輩の一人が奪われた女性に返してくれた。あたしらは硬派なチームだから、お礼なんて当然受け取らない。
そんなこんなで一時間ほど正座させた後、そいつらを解放することにした。
「調子に乗んなよ、このブス!」
「ま~だ、わかってねーのか?」
捨て台詞を吐く男に、一発食らわした。
反省しないやつらには、もっとお仕置きが必要だと思う。
*****
「お仕置き……」
「なんだ、リーナ。まだお仕置きが足りないのか?」
私の耳元に柔らかい何かが触れ、低い声が飛び込む。
「うわっと!」
慌てて顔を上げると、そこはうち――クリステル伯爵家の図書室だった。今は淑女になるための、勉強の真っ最中。私は机に伏せて寝ていたらしく、書き取りの途中から記憶がない。傍らには、呆れた様子の義兄のオーロフが立っている。
「ご、ごめん」
怒らせると怖いので、急いで謝った。
でも、自分家だけでもいっぱいいっぱいなのに、貴族名鑑なんか見せられて、名前を覚えられるわけがない。「覚えるまで書き取りだ」という義兄の厳しい指導の下、私は知らないうちに夢の世界へ――。
目を細めた義兄は眼鏡を外して口に当てるが、流れるような仕草は、相変わらずモデルのようだ。
――眼鏡を外したこのポーズ。まさか『お仕置き』追加か?
思わず震えた私の頬を、義兄の手が包んだ。
「夜だし、冷えたのかもしれないな。仕方がない、今日はここまでにしよう」
厳しい義兄は、時々優しい。
そういえば、私の肩には男物の上着が乗っかっている。風邪を引かないよう、寝ている間に義兄がかけてくれたらしい。
「えっと、あの……ありがとう」
長い髪をかき上げた義兄の口元が、少し緩んだ。
夢に出てきた、前世の『自己申告イケメン』なんかより、よっぽどカッコイイ。
今日の義兄は機嫌が良くて、ラッキーだったな。
昔のことを夢に見たけど、あの頃に戻りたいとは思わない。たとえ淑女のレッスンが厳しくても、私はここで生きていくと決めたから。両親や義兄は私を大事にしてくれるし、私も家族を思っている。
「ま、朝が早いことを除けば、こっちの方が生活楽だし?」
ボソッと呟き、ふと気づく。
――そっか。恋しなきゃ、自分の身がヤバイ! 私の相手になってくれる人、本当にいるのか?
焦る私を、義兄が無言で見つめていた。
金色の瞳が、ほんの少し陰ったような気がする。
――コレットが言うには、義兄も攻略対象だっけ? でも、義兄はさすがにないな。
私は立ち上がり、首を左右に振る。
寝ぼけているのか、おかしな考えが浮かんだみたい。
これから誰と恋しよう?
恋しなきゃ死んじゃうなんて、どう考えても、無理ゲーとしか思えないんだけど――
※無理ゲー……クリアが難しいゲーム。実現不可能や、困難な出来事。




