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全ては僕のせい

ジュール視点、続きます(゜_゜)

「セリーナ、朝だよ。ごらん、すっきりした青空だ」


 青い海が見える大きな窓のすぐ近く。瞼を閉じてベッドに横たわるセリーナは、今日も綺麗だ。

 僕――ジュールは彼女の額に手を伸ばし、水色の髪を()でてみる。穏やかな息づかいは聞こえるものの、反応は特にない。


「今日は二人で何をしようか? 本を読んでもいいし、カードで遊ぶのもいいね。君が起きたら、勝つ方法を教えてあげるよ」


 返事がないとわかっていても、話しかけずにはいられない。

 眠ったままのセリーナが、応えることはないのに。

 それでも耳を済ませて待つのが、僕の朝の習慣だ。


 セリーナの寝顔を見つめながら、思いは三ヶ月前に(さかのぼ)る――。



 *****



 バルコニーから転落したセリーナは、海からの風に押し戻されて、崖の途中にある岩棚に倒れていた。彼女の赤い血を見た僕は、激しく動揺する。騎士団で意識の確認や手当て、救出法を散々学んでいたにもかかわらず、冷たくなる彼女を抱えて放心していたのだ。


 落ち着きを取り戻した僕は、セリーナの瞳孔と呼吸を確認する。弱々しいながらも息があったため、急いで彼女を引き上げた。

 家に戻った僕は、姉と世話役を追い出すついでに医者の手配を命じる。「急がないと後悔させてやる」と脅したせいか、その日の夜には村から医者が到着した。


 後頭部の傷は見た目ほどひどくはなく、出血が多い割には頭の骨は折れていなかった。腕と足を骨折し、切り傷もあちこちにあるものの、いずれ癒えると言う。セリーナが冷たかったのは、海風のせいかもしれない。急激に冷えた身体を命の灯が消えかかっていると勘違いするなんて、早とちりにもほどがある。なんにせよ、彼女が無事で良かった。


 心から安堵(あんど)した僕は、治療を終えた彼女の頬を撫でた。

 

「ごめんね、セリーナ」


 彼女が目を開けたら一番に、「好きだ」と告げよう。

 今まで認める勇気がなかっただけ。僕はきっと、初めて会った時からセリーナが好きだった。


「いきなり告白したら、君はどんな顔をするのかな?」

 

 驚きで目を丸くする? 

 それとも照れて、顔を赤くするのかな。

「今頃わかったんですか?」と、呆れた様子で肩をすくめるかもね。


 楽しい想像に、口の端が自然と上がる。

 ころころ変わる表情は、本当に愛らしい。

 起きたばかりのセリーナを見逃したくなくて、僕はベッド脇の椅子に腰かけ、足を組む。


 夜が更けても、セリーナはまだ目覚めない。

 僕はこの体勢でも寝られるので、このまま見守るつもりだ。痛がったり怖がったりするようなら、抱きしめて安心させてあげよう。


 夜中に何度も目が覚めて、静かに眠る彼女を見つめた。

 時々顔に手をかざし、呼吸を確認する。


 ――セリーナは生きている!


 あの高さから落ちて、生きながらえたことは奇跡だ。

 付着していた血を丁寧に(ぬぐ)い、水色の寝衣を着せている。頭や腕、足の包帯は痛々しいものの、上掛けで隠れて今は見えない。

 痛みに苦しむ様子もなく、寝顔は穏やかだ。もっとも耐えがたいほどの痛みが出たなら、処方された痛み止めの水薬を、口移しで呑ませるつもりだ。


 異変に気づいたのは、三日後の朝だった。

 回復するまでこんこんと眠り続けるのは、大けがをした騎士達にもよくあること。だけどセリーナはこれまで一度も目覚めず、寝返りも打たない。

 床ずれしないように何度か向きを変えたけど、それでも起きなかった。


 何かがおかしい――。


 嫌な予感がした僕は、ちょうど掃除に来た管理の者に彼女を託し、急いで町に行く。村の医者ではわからなくとも、町医者なら……。


「いや、ダメだ。王都で一番の腕利きを呼ぼう」


 事情をしたためた手紙をくくりつけ、鷹便を飛ばす。

 激怒されることは覚悟の上。こんな時、彼女の義兄のオーロフなら即行動に移すだろう。


 急いで戻ったものの、セリーナはやはり動かない。

 彼女の白い肌が陶器でできた人形のようにも見え、僕の背中を恐怖が走る。


 ――まさかこのまま、永遠に目覚めないわけじゃないよね?


 セリーナは、目を開けず声も出さない。

 息はしているものの、動く気配もない。

 時々水やスープを飲ませると、少しずつ嚥下(えんげ)はしてくれる。けれど自ら欲しがる様子はなく、放っておけば痩せ細ってしまうだろう。


 オーロフがやって来たのは、それから二日後のことだった。


「ジュール、リーナはどこだ! 早くここを開けろ」


 早朝、屋敷の外から大きな声がした。

 セリーナのベッドにもたれるようにして眠っていた僕は、身体を起こしてオーロフを迎えに行く。セリーナをこの部屋に運び込んでから五日間、僕は一日中彼女の側に貼りついていた。どうやら椅子に座ったまま、うたた寝していたらしい。


 オーロフは、セリーナの主治医だったという医者を連れて来ていた。彼女が病弱だった当時は、頻繁に診察していたそうだ。走り回れるほど元気になった彼女とは、久々に会うらしい。


「なっ……リーナ! どうして……」


 ベッドに横たわるセリーナを目にするなり、オーロフが言葉を失う。彼は彼女に走り寄り、頬や身体に触れた。彼女が動かないとわかった途端、僕の胸ぐらを掴む。


「ジュール! 貴様っ……」

「静かになさってください。診察ができません」


 主治医の言葉で、オーロフは僕から手を離した。セリーナが元通りになるなら、僕はいくら殴られても構わない。彼女がこうなったのは僕のせいなので、言い訳をするつもりもなかった。

 僕を睨み付けたオーロフは、医者の隣に貼りついた。僕は二人の背後に立ち、会話を漏らさず聞き取ろうと耳を澄ます。


「手当はきちんとされているようですね。外傷はそのうち()えるでしょう」

「だが、この辺りの傷は……」

「問題ありません。お若いから治りも早いでしょう。骨がくっつけば、元通りに動かせるはずです」


 その後も診察は続く。

 主治医は、久しぶりに会ったというセリーナの血色の良さや筋肉の付き方に驚いていた。しかし詳しく診た後、表情を曇らせる。


「五日前からこの状態……ですね?」

「……はい」


 振り向いた医者に、僕は頷く。


「そうですか……。このまま意識が戻らないようなら、残念ですが回復は難しいでしょう」

「バカな!」


 オーロフが叫ぶ。

 僕は頭が真っ白で、声すら出ない。


「ジュール! 貴様……」


 その後のことは、ぼんやりとしか覚えていない。

 オーロフに拳で殴られたが、不思議と痛みは感じなかった。切れた彼の手を気の毒だと思い、必死でとめる医者を、大変だなと他人事のように眺めていただけ。

 驚きから冷めた僕は、これほどの騒ぎになっても起きない君を見て、「そういうことか……」と変に納得した。絶望に(さいな)まれてはいるものの、(わめ)く段階はとうに過ぎている気がしたのだ。


 君と会ったあの日に僕が伯爵家から連れ出したりしなければ、こんな目に遭うことはなかった。君は変わらず花のような笑顔を振りまいて、周囲を明るくしていただろう。

 

 神様は僕に、罰を与えた。

 世の中を皮肉に捉え、めったに動じない。そのくせ傷つく者には興味を示す、人として欠けた自分。

 そんな僕のたった一つの宝物――セリーナを取り上げたのだ。


 オーロフが言うように、全ては僕のせい。

 それなら彼女を犠牲にせず、僕自身を罰してほしかった。


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