気分は新婚?
「いやいやいや。いくらここが海辺の古城でも、好きって告白した直後にサックリ死ぬとか、なしでしょ」
私は念のため、着ている服を見下ろした。
「白いパジャマ……。ドレスじゃないけど、縁起が悪いな。すぐに着替えよう」
どこから調達したのか、クローゼットにはジュールが用意したドレスが数着入っている。私は緑のドレスに袖を通し、階下に急ぐ。
卵とベーコンの良い香りが漂っている……ってことは?
ダイニングルームに飛び込むと、テーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。私に気づいたジュールが、極上の笑みを浮かべてくれる。
「おはよう、セリーナ。あの後ぐっすり眠れた?」
「はい。あの、すみません。朝食は私が用意するはずなのに……」
「何言ってるの。これくらい僕にさせてよ」
ジュールはなんだか上機嫌。ウインクも愛らしい……じゃなくて。
「それでは約束が……」
「約束? なんとなく決めただけだし、何より僕が君のために用意したかったんだ。朝食を作ることくらいしか思いつかなくて、ごめんね」
「とんでもありません! お気持ちだけで十分です」
「そう? あと、今日の稽古はやめて休みにしよう。ちょうど僕も村に出かける用事があるしね」
――どうぞどうぞ。私も一人の方が安全だし……
ふと浮かんだ考えを打ち消すように、頭を横に振る。
いくらここの景色がコレットの語ったラノベにそっくりでも、こんなに優しいジュールが、私を困らせるはずがない。絶望したからといって、自分が海にダイブするとも思えないし。
「……セリーナ?」
「ふえ? ……ええ、そうですね。これからずっと一緒ですもの。たまには一人でも……」
ジュールは目を丸くすると、おかしそうに噴き出した。
良かった、いつもの彼だ。
「寂しいなら一緒に行く? 手紙を取りに行って、ついでに足りない食材を調達しようと思っているんだけど。なるほど、名案かもしれないな。君が僕のものだと村中にふれ回るいい機会だ」
「はい? それはちょっと……いえ、かなり恥ずかしいので遠慮します」
素早くきっぱり断った。
いくら好きでも村人全員に公表するのは勇気がいるから、さすがに勘弁してもらいたい。ただでさえ、未婚の男女が一つ屋根の下で暮らしているのだ。一緒にいたらなんと噂されるか、考えただけでも恐ろしい。
そうか、今日はまだ「好き」って言ってなかった。
「ジュール様、好きですよ」
彼の正面に腰かけながら、本日最初の告白をした。
残念ながら、ジュールは横を向いている。
聞こえなかったのかな? それならもう一度。
「ジュール様、大好きです……誰よりも」
ひと言つけ加えておこう。
正直な気持ちを口にするって、なんだかちょっと照れくさい。
ジュールは相変わらず顔を背けたまま……いや、片手で口元を覆っている。
「ジュール様、好き…………」
「ストップ! セリーナ、もうわかったから!」
ジュールが反対の手を伸ばして制止した。耳がほんのり赤い。
――もしかして、照れている?
初日でこれなら、『好き好き作戦』案外上手くいくかもしれない。
ジュールの貴重な表情が見られて、朝から得した気分だ。
「君の好意はありがたくいただいておくよ。さあ、冷めないうちに食べようか」
――お? 好感触?
拒絶されずに、受け入れてもらえたようだ。
卵料理は、焼き加減が絶妙だった。「美味しい」と漏らせば、ジュールが嬉しそうに目を細める。視線が合うたび微笑んで、どちらからともなくクスクス笑う。コショウを取ろうとした時には、互いに手が触れ同時に引っ込めた。小さなことでもドキドキするし、これって恋人同士みたい。
ありふれてるけど、確かな幸せ。
彼の側で過ごしたら、こんな日常がずっと続いていくのだろう。
楽しい朝食はあっという間で、私は村に行くジュールを見送るため、外に出た。
「いってらっしゃい、ジュール様。お気をつけて」
「ああ。可愛い人が待っているから、すぐに帰るよ。土産も期待しておいて」
「お土産なんていりません! 戻ってきてくださるだけで嬉しいです」
つい勢いよく答えてしまったが、紛れもない本音だ。無事に帰ってきてくれれば、それでいい。
父に置いて行かれたつらい記憶は、もう過去のこと。現実を夢だと言い張る私を、昨夜のジュールは優しく癒やしてくれた。泣いていた小さな女の子はもういない。「ずっと側にいてほしい」との、彼の言葉で救われたのだ。
馬に手をかけたジュールが引き返し、私を強く抱きしめた。
「セリーナ。そんなに可愛いことを言われたら、行きたくなくなるな」
私の頬に、彼の手が添えられる。
気軽な口調の割には、ジュールの表情は真剣で唇は甘い。
もしやこれ、『いってらっしゃいのキス』では?
たちまち顔が熱くなり、恥ずかしさをごまかそうと私は彼の胸を押す。
「ほら、そろそろ行かないと。帰りが暗くなったら危ないですよ」
ここから一番近い村でも、半日はかかるのだ。
ジュール一人だともう少し早い気がするけれど、出発が遅れればそれだけ帰りも遅くなる。
「夕方には戻るよ。留守番よろしくね」
「はい。いってらっしゃい」
私はジュールの乗った白馬が見えなくなるまで、大きく手を振った。
「さて、と。もう一回水を汲んだら、掃除と洗濯ね。ジュールは村で昼食をとるから、私は適当に済ませよう。その分、夕食を豪華にしようかな」
鼻歌を歌いながら中に戻る。
気分はまるで、新婚さんだ。
動きやすい服に白いエプロンを付け、海に面した二階の部屋の窓を拭く。
するとなぜか、反対側の表から馬の嘶きが聞こえた。
「あれ? お昼過ぎでもう帰ってきたの?」
途中で諦めて、戻ってきたのだろうか? それとも何か忘れ物?
綺麗な水で手を洗い、玄関ホールへ急ぐ。
「お帰りなさい」って迎えたら、彼は「ただいま」って言ってくれるかな?
階段の途中で見下ろすけれど、そこにジュールの姿はなかった。結い上げた金髪に立派なドレスを纏った女性が、従者らしき男性とともに立っている。
「ここって私有地で、この城もジュールのだよね」
それなら客人は、彼に用があるはずだ。
外出中だと伝えて、緊急の用件なら客間で待ってもらおう。
金髪の女性が私の足音に気づき、満面の笑みで振り向く……が、笑顔が一瞬にして強張る。
「あなた、誰よ」
柔らかそうな金色の髪に青い瞳、真っ赤な唇の端には色っぽいほくろがある。いわゆる美人だけど、その第一声はキツかった。
カチンときた私は、同じように返す。
「あなたこそ誰ですか? ここは、ジュール様のお屋敷です」
「ジュール『様』? ……ああ、使用人なのね」
上から下までじろじろ見られ、私はムッとする。
「違います! 私は彼と、結婚の約束をしていて……」
いまだに少し照れくさく、手首に嵌めた腕輪に触れる。正式な婚約はまだだけど、これくらい言ってもいいはずだ。
女性は目を細めて、私の腕輪を注視した。
一方、従者らしき人物は彼女の隣でおろおろしている。
女性は私の目を見ると、バカにしたように肩をすくめた。
「ふふ。ジュールったら、その気もないのに悪い子ね。『女遊びはほどほどになさい』って、注意してあげたのに」
なにおう! ……っていうか、この人ジュールの何?
「遊びじゃありません!」
「あら。あなた、面白いことを言うわね。それなら教えてあげるわ。私と彼は深い仲なの……そう、何年も前からね。わかったら、さっさと彼を呼んできなさいっ」
「エリシア様、それは……」
とうとう従者が口を挟んだ。
私はといえば、今聞いた言葉が信じられない。
――深い仲って……彼女はジュールの恋人なの? 私に「ずっと側にいてほしい」と頼んだ彼が、彼女をここへ招待した?
いやいや私、ちょっと冷静になろうか。
ジュールは優しく誠実で、思いやりに溢れている。
彼女より、ジュールの言葉を信じよう。
「ジュール様は、あいにく外出されています。帰り次第お伝えしますので、ご用件を承っておきますね」
「あなた生意気ね! いないならいないで、さっさと言いなさいよ。……そうね。だったら二階にある、眺めのいい彼の寝室で待つことにするわ」
「……っ!」
私は思わず息を呑む。
「この城は兄から譲られたもので、めったに来ない」と、彼は言っていた。
それならなぜ、この女性は彼の部屋の位置を知っているの?
1巻大幅改稿、2巻丸ごと新ストーリー。
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