甘い時間?
街へ到着したのは、お昼時だった。そのためジュールは「まずはお昼を食べよう」と言ってくれる。お腹が空いたので、私はもちろん大歓迎! 三食きちんと食べなけりゃ、元気が出ない。
適当な店でパパッと済ますかと思いきや、立派な建物に案内される。食堂というより、ホテルのカフェに近いオシャレな店だ。外には柵に囲まれた木の床のテラスがあり、テーブルと椅子は焦げ茶色。各テーブルには日よけの赤い傘がある。
「素敵なお店ですね」
ジュールは柔らかく微笑むと、空いていた椅子を引いてくれる。まるで紳士……って、そうか。カロミス侯爵家は、うちより格上だった。
外だし景色も良くて雰囲気はバッチリだけど、問題は味だ。伯爵家の贅沢な食事に慣れた私は、以前より舌が肥えている。
「気に入ってくれるといいな。君と来てみたかったんだ」
「ありがとう……ございます」
一応お礼を言っておく。
でも、私と来たかったとはなんで?
普通の女性じゃ食べきれないほど、量が多いのかな?
オシャレな名前の料理ばかりで、ラズオル語で書かれているのにちんぷんかんぷん。大丈夫、こんな時には魔法の言葉がある。
「この方と同じものを」
ジュールの後にそう続けた。
日々勉強に励む私は、賢くなっているみたい。
向かいの席のジュールが、私をじっと見つめている。琥珀色の瞳は真剣で、何かを訴えかけているみたい。戸惑って顔を逸らすと、大人っぽいお姉さんが近づいてくるのが見えた。
「温かいうちにどうぞ」
彼女は私達の前に皿を置き、ちゃっかりジュールにウインクしている。彼は気づいてないようで、上品な仕草で私に勧めた。
「さ、食べようか」
「ええ。……あれ? これってクレープ?」
薄い生地の上にはフルーツではなく、ローストビーフやチーズ、アスパラガスなんかが乗っている。クレープっぽい生地の端が少しだけ畳まれて、中身がしっかり見えた。一番上には、半熟の目玉焼きがある。
「くれーぷ?」
「いえ、なんでもありません。いっただっきまーす」
クレープという名の食べ物は、この世界にはないのかもしれない。私は首を左右に小さく振り、ナイフとフォークを手に取った。優雅に食べるジュールを見て、同じように真似をする。
「うまっ……すっごく美味しいです!」
「良かった。ガレットがこの店の名物でね。若い女性に人気だと聞いたんだ」
「へえ」
誰から? とか、そんなことは今どうでもいい。
ローストビーフに卵の黄身がとろーり絡み、甘みのあるソースが美味しい。野菜の硬さもちょうど良く、生地からはほんのり、そばの香りがする。舌の上でとろけるチーズと薄い生地の味わいが絶妙で、感動のあまり言葉が出ない!
「気に入ってくれたみたいだね。良かった」
嬉しそうなジュールは、食べる所作まで美しい。切り分けたローストビーフを銀のフォークで優雅に口元に持って行く様子は、なんかのコマーシャルのようだ。思わず見惚れていたら……
「ああっ!」
最後の楽しみに取っておいたローストビーフに、フォークを突き刺し損ねてしまった。肉の塊が、テーブルの端から床に転がり落ちる。
――三秒ルール(三秒以内なら床でもセーフ)、ダメかな?
恨めしそうに眺めるものの、淑女はさすがに拾い食いなどしないだろう。私はがっかりして、ため息をつく。
するとジュールが、自分のフォークを差しだした。その先には、ソースの絡んだローストビーフが燦然と輝いている。
「どうぞ。そんなに気に入ったのなら、僕の分をあげるよ」
「はい? ……ええっと、ありがとうございます」
即答! 断るなんてもったいないし、せっかくなのでもらっておこう。
張り切って彼のフォークに手を伸ばすと、ジュールが首を横に振る。
「ダメだよ。このまま食べてくれなくちゃ」
「このまま? って……ええっ!?」
ジュールはフォークから手を離さず、私の前に差し出した。
ちょっと待とうか。これだと、ただの「あ~ん」だ。それって恋人同士に許される行為だよね?
「はい、あ~ん」
ジュールが予想通りの言葉を口にした。
反射的に開けた私の口に、彼は迷わずお肉を入れる。
「おいひーです。でも、こへって……」
もごもごしながら口にする。
つい食べちゃったけど、これは…………間接キスだ!!
気づいた途端、顔がブワッと熱くなる。
あ、いえ、ローストビーフはもったいないので、しっかり呑み込んでおく。目を丸くしながら喉を鳴らす私の目の前で、ジュールが楽しそうにクスクス笑う。
「セリーナ、君って本当に愛らしいね」
何をおっしゃるジュールさん。自分の方こそ、アイドルみたいで可愛いのに。
そんなことより、「はい、あ~ん」からの間接キス攻撃に、私の頭はパニックだ。うろたえているせいで、胸までドキドキする。
ジュールは、私の口に入れたフォークを自分の口元に持って行く。次の瞬間――
「な、舐めたぁ!?」
わざわざ舐める意味がわからない。ソースが付いていたから、もったいないと思った……とか? ジュールって、意外に貧乏性?
フォークを置いたジュールが、再びこっちに手を伸ばす。
とっさにその手を避けるが、身を乗り出した彼は私の唇を親指で拭う。
やっぱりソースが付いていたんだね。
お礼を言うため口を開きかけ、そのまま固まる。
だってジュールは、その指を口に含んだのだ!
「ジュ、ジュール様? さっきからいったい何を……」
「何って?」
いつもよりかすれた声と伏し目がちの表情に、私の心臓はドキドキを通り越して爆発しそうだ。色気をたっぷり出されても、どうすればいいのかわからない。私、恋愛経験ゼロなんですけど~~!
震えないよう拳を握っていたら、ジュールが猫のような目を細めた。
唇を舐める彼の仕草に、何か意味はあるのだろうか?
その後のデザートは、味がよくわからなかった。チョコレートムースとチーズスフレを「半分こにしよう」と提案されて、頷いたところまでは覚えている。けれどある思いが頭に浮かび、私は動揺してしまう。
――これではまるで、デートだ。
結果、うっかり食後の紅茶をがぶ飲みし、舌を火傷してしまった。
オシャレなカフェを出た後も、考え続ける。
ジュールは私の両親に頼まれた手前、紳士的にエスコートしているだけだろう。その証拠に昼食を食べて支払いを済ませた後は、はぐれないように手を繋いでくれる。距離がとっても近いけど、変に意識してはいけない。
「どうしたの? セリーナ」
「いえ、別に……」
近い近い近い!
首を傾げながら覗き込まれるため、ジュールの可愛い顔が眼前にある。相変わらず肌がつるつるで羨ましい……っていうか、もうちょっと離れてほしい。
「あの! くっつきすぎでは?」
「そう? 普通だと思うけど」
普通って何~~~!?
買い物って、こんなに密着するもんだっけ?
フィクションです(^◇^;)
密着しててもご容赦ください。




