恋をしたのに死にそうです
崖の上の古城、空と海が一番綺麗に見える場所――
王都に戻る少し前。
私とオーロフは、長く過ごした城の庭にセリーナのためのお墓を作ることにした。
セリーナは私。でも本来のセリーナとは、オーロフの義妹の名前だ。
病弱だった彼女は、小さな頃を除けば外に出たことがなかったという。オーロフからは、「元気になったら外へ行こう。色とりどりの風景を一緒に見よう」と励まされていた。
優しい義兄が大好きだったセリーナ。
彼女は異性として彼を愛し、ずっと側にいたいと願う。残念ながら想いは叶わず、セリーナは重い病気のため、17歳で亡くなった。大切な人との記憶を、この身体に残して。
『セリーナのために、何かがしたい』
そう口にした私に、オーロフはすぐに賛成してくれた。義妹が喜ぶと、海が良く見えるこの場所を選んだのも彼だ。
空と海の間――
青い空と海が崖の上から広く見渡せる。
お墓の前に建物はなく、風が通る開けた場所でもあるので、外の景色を存分に楽しんでほしい。いくら感謝を伝えたくても、私達にはそんなことしかできないから。セリーナの真実は、私とオーロフの二人だけが知っている。
私はお墓に花輪を添えて、彼女に感謝を捧げた。隣ではオーロフが熱心に祈っている。木で作った簡易なお墓は、墓碑名があるわけではなく、何かを埋葬しているわけでもない。花輪がなければ、見過ごされてしまうだろう。でも、立地だけは最高だ。
――セリーナ。貴女が私を、この世界に呼んでくれたのでしょう? 貴女がやり直すチャンスをくれたから、私はこれからもここで生きていく。
セリーナに、今幸せだと伝えたい。
横にはいつもオーロフがいるから。
彼はセリーナを義妹として愛し、私のこともリーナと呼び、深く愛してくれている。
「セリーナも喜んでいるだろう。どこかで見守っているはずだ」
「そうだといいね。海が好きだと嬉しいな」
抜けるように青い空に、一羽の白い鳥が飛ぶ。オーロフと二人で見上げると、鳥は頭上を旋回し、水平線の彼方に去ってしまった。まるでセリーナの魂が、私達に最後の別れを告げて、飛翔していくかのように……
私は遠くを見つめた。
――この空の向こう、どこか遠い世界で彼女も幸せだといいな。だって、元ヤンの私が生まれ変われるくらいだもん。心優しいセリーナの方がチャンスはあるはず。もしかしたら彼女も今頃、違う世界で幸福に暮らしているかもしれない。
「リーナ、そろそろ中へ入ろう。風が冷たくなってきた」
「そうだね。また今度来ればいいんだし」
海辺の古城は結局、クリステル伯爵家の別邸としてオーロフが買い取った。理由は、私が気に入ったから。間もなく王都に戻るとはいえ、休暇のたびに遊びに来ることができるのだ。ここにあるセリーナのお墓も、誰にも邪魔されず、大切に守っていける。
それにしても、城をまるごと購入って……伯爵家、実はお金持ち?
*****
王都に戻った私達。
両親は私の記憶が戻ったことを喜び、安心して遠方にある伯爵家の領地に引っ込んだ。そのため、オーロフとの生活は続く。
「リーナ。今日はまだ、愛していると言ってなかったな」
オーロフが後ろから私を抱きすくめ、耳元で囁いた。
結婚式まであとわずか。
でも婚約期間中、ずーっとこれなのだ。
義兄として過ごしていた時期も過保護だったけど、婚約者になってからはもっとひどい。もし旦那になったら、これよりもっと甘々に!?
「いや、もう十分だよ? 毎日聞かなくても、さすがにわかっているし」
考えただけで恐ろしい。
私はいいとしても、糖分過剰で周りの人に不快感を与えていないだろうか?
「では、言葉じゃなく態度で示そう」
長い指で私の頬を辿るオーロフ。
私は正気を保とうと、慌てて考えを巡らせる。
――態度って何? 幸せなら手をたたこう、とかそんなやつ?
「それは別にいいや。それより仕事は? 昨日も早く帰って来たけど、今日はまだ城に行かなくてもいいの?」
「今日は休日だ。当然、昨日の分は全て終わらせてある。何かあっても、ヴァンフリード様が頑張ればいい」
「オーロフ、頭が良いのはわかるけど……。もしかして、早過ぎてみんながついて来られないだけなんじゃない?」
「何を言う。時間内に仕事を終わらせるのは、基本中の基本だ。愛しい婚約者の元に早く帰ろうとして、何が悪い?」
貴方こんな性格だっけ?
城のみんな――特にヴァンフリード様に、迷惑をかけていないといいけれど。
「私一人が抜けたくらいで、執務が滞るようでは困る。元々秘書官を当てにしなくても、ご自分で何でもできるお方だ。国王になられたからといって、甘やかすつもりはない」
「国王陛下を甘やかすって……。あ、それなら出掛けようか? 確か、この近くで王城の騎士達が演習するって噂が……」
「却下だ」
「どうして? せっかくだから見に行こうよ」
貴重なバトルが見られるのだ。
二人きりの生活に不満はないが、最近外出していない。結婚前だからか、なぜか城に行くのも禁止で、コレットさんにも会えなかった。だったらたまには、スカッと良いもの見てみたい。
「ダメだ。他の男が視界に入る」
「はい? だって演習を見に行くんだし、当たり前でしょう?」
「だからだ。お前が私より、強い男に惹かれたらどうする」
「まさかとは思うけど、オーロフ、それ本気で言ってる?」
「当たり前だ。お前は強い者が好きだろう?」
「う……否定はしない。だけど、貴方も十分強いよね?」
「本物の騎士には敵わない。剣の腕はジュールの方が上だし、槍はグイード様やヴァンフリード様の方が得意だ」
「あーのーねー。強けりゃいいってもんじゃないでしょう? それに私は、強さだけで貴方を好きになったわけじゃないけど?」
そうなのだ。
以前――元ヤンだった頃は確かに、ケンカが強い方が好みだった。人間、腕っぷしが一番重要だと考えて。けれど私は貴方から、優しさや思いやり、心の強さも人には必要だと学んだ。オーロフの相手を丸ごと包みこむ、温かく大きな心に私は救われた。
――私が好きなのは、そのままの貴方だよ?
頭が良いくせに、オーロフったら肝心なところをわかっちゃいない。そんな彼に、私はこれから一生かけて「好きだ」と伝えていくつもり。彼を愛しているから、未来をともに歩みたい。
「そう。それなら私のどこが好きなのか、直接聞くことにしようか?」
オーロフがすんごくイイ顔で言ってきた。
「……え? ここでいいのに、何?」
私を横抱きに――いわゆるお姫様抱っこって、この体勢、まさか!
またもや昼間っから!?
それ絶対、話を聞くんじゃないよね?
家のみんなもいるし、恥ずかしい。
「私達、まだ結婚してないんですけどーー!!」
「それが何か?」
暴れる私をものともせず、オーロフが妖しく笑う。
使用人達は全員知らんぷり。
いや、むしろ微笑んで応援しているような? 侍女のオルガさん、ガッツポーズ見えてるよ? 最近彼女はいそいそと、空き部屋を子供部屋へと変えている。
オーロフが階段を上り、長い足を進めて主寝室へ向かう。喉の奥で笑う声、大好きな金色の瞳が私を見つめ、楽しそうに煌めく。
もちろん私は彼を引き剥がそうと、今日も儚い抵抗をする。だって部屋に入ったら最後、きっとまた夕食時まで放してもらえない。
ねぇ、ちょっと聞いていいかな?
毎日たっぷり愛されて、死にそうなんだけど。
これってたぶん、幸せなんだよねーー!?
オーロフ編 END
オーロフ編、最後までお付き合いくださって嬉しいです(*^▽^*)。
『転生したら武闘派令嬢!?~恋しなきゃ死んじゃうなんて無理ゲーです』
素晴らしいイラスト付きで彼らが形になりました!
これも全ては、読んで応援してくださったみなさまのおかげです。
本当にありがとうございます。
優しい方々に、感謝を込めて きゃる




