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事件の真相

 クリステル伯爵家は、深い悲しみに包まれていた。


 生まれつき病弱、けれど最近元気な姿を見せていた伯爵令嬢のセリーナ・クリステル。輝くばかりに溌剌(はつらつ)とした彼女が、つい先日馬車の事故で亡くなってしまったというのだ。

 屋敷には弔意(ちょうい)を表す黒い布が掲げられ、葬儀に出席したばかりの人々が大広間に集まり、在りし日の彼女を(しの)ぶ。美しいだけでなく、明るく楽しい人柄だったセリーナ。彼女を(いた)む人々の中には、王族や高位貴族も含まれていた。


 彼女の両親――義理の父親と実の母親も沈痛な面持ちだ。彼らはあの日、出掛けなければ良かったと後悔していた。いつもの馬車が空いていたなら!

 セリーナの義兄――若き伯爵で城の首席秘書官でもあるオーロフ・クリステルの憔悴ぶりは、凄まじかった。茶色の髪には艶がなく、金色の瞳にも生気がない。ただ呆然として、そこに立つだけの存在だ。

 

 血の繋がらない義妹をこよなく愛していたという彼は、何でもその義妹と、婚約する予定だったという。愛する人を失くした彼の落胆ぶりは見ていて気の毒なほどで、多くの涙を誘った。彼は近く秘書官の仕事を辞し、王都を撤退、領地にこもるつもりらしい。

 陰鬱な彼の様子に、集まった人々は同情を禁じえなかった。

 ある人物を除いては――




 赤い髪の美少女が、一人の中年男性に声をかける。


「あら、ボーモン子爵。貴方がなぜここに?」


「これはこれは公爵令嬢ベニータ様。黒衣の貴女様も艶やかで、一層美しく……」


「お世辞はいいわ。それより謹慎処分のはずの貴方が、なぜここにいらしているのかが疑問なのだけれど」


「謹慎? ああ、そんな戯言(ざれごと)を言いつけられた時期もございましたね。けれど、罪の無い私を天が見ておりました。処分はすぐに取り消されましたよ」


 ニヤニヤと笑う男には、以前ベルローズやロザリンドと組んで令嬢達を誘拐した疑いがかけられていた。残念ながら証拠が無く、罪には問われず領地で謹慎処分となっていたはずだ。


「そうなの。王太子の処分を取り消せるなんて偉い方、もちろん一人しかいらっしゃらないわよね? でも、貴方がお元気そうで良かったわ。わたくしもあの時、煮え湯を飲まされた口ですもの」


「そうでしたね。あの時はお互いに大変でした」


 目を細めて笑う彼の側には、仲間と思われる灰色の髪の男と、彼に飲み物を渡す茶色い口ひげの給仕がいた。


「小賢しいセリーナが亡くなり、彼女の義兄のオーロフが見る影もなくなって。確かに天は見ているようね。せいせいしたわ!」


「これはこれはベニータ様。滅多なことを言うものではありませんよ」


 言いながら彼もクックッと楽しそうに笑う。


「あら、もうすでに亡くなった人よ? 関係ないのではなくて?」


「それは、そうかもしれませんが……」


「そういえば、ご存じ? 亡くなる前日、彼女、毒を飲みそうになったの。犯人も相当バカよね。考え無しのクズと言ってもいいわ。あと一日待てば、彼女、勝手に死んでくれたのに」


「それは、言い過ぎなのでは?」


「あら。わたくしが話しているのは、犯人のことよ。あなたは知らないのね? バカをバカ呼ばわりして、何が悪いの?」


 ベニータは口に手を当てて、盛大に笑い飛ばす。


「犯人に同情するわけではありませんが、彼にも、やむにやまれぬ事情があったのかもしれません」


「そう? わたくしそうは思わないわ。だって犯人ったら紅茶じゃなく、添えられたレモンに毒を盛ったのよ? 茶色くなったらどうするつもりだったのかしら。笑っちゃうわよね!」


「ヒ素は変色しませんし、レモンはありませんでしたよ?」


「そう……。あら? でもあなた、どうしてあの場にレモンが無いと知っていたの?」


「え? ……あ、ああ。偶然そこを通った時、目に入ったのかもしれません」


 ボーモン子爵は隣の灰色の髪の男に、なあ、というように同意を求めた。


「そうですな。毒はミルクに混入されたと聞きました」


 灰色の髪の男もグラスを持ったまま頷く。

 ところが、ベニータがしつこく食い下がる。


「ねぇ、あなた。ミルクに毒が入っていた事、どうして知っているの?」


「は? ええっと、確かどなたかに聞いた覚えがあって……」


「あら、そう。それより、使われた毒がどうしてヒ素だとわかったの? オーロフは、私達にしか教えなかったはずなのに」


 事件の後、誰にも言ってはいけないと口止めされた。

 毒の名前を知っているのは、あの場にいたルチア、ベニータ、セリーナの三人と調査にあたった係官、あとは犯人だけだ。


「えっ?」


ボーモン子爵が、目に見えてうろたえる。


「それに、王女の部屋の近くを用もない男性の貴方がうろつけたのはどうして? 誰に招かれたの?」


 ボーモン子爵と隣の男の目が泳ぐ。

 彼らはその時ようやく、自分達の失言に気がついた。ベニータに頭を下げ、慌てて立ち去ろうとする。


「待って! 答えられないなら、貴方達が毒を入れた犯人、という事で良いかしら?」


「ち……違う。そ、そうだ、確か秘書室にいた女から聞いた。エミリアという女だ!」


「そうだ、彼女が教えてくれた!」


「わかったわ」


 首肯するなりベニータは後ろを振り返り、大声を出す。


「ですってよ、みなさま。お聞きになりまして?」


「何だとっ!」


「なっ……」

 

 近衛騎士のジュールは、ベニータの側にいた。

 赤いかつらで変装していた彼の指示で、すぐに駆け寄った同僚の騎士が、ボーモン子爵と隣の男を拘束する。近くにいた給仕も彼の味方だ。

 茶色い髪のその給仕は……なんと、王太子本人だった! 

 ヴァンフリードが、茶色のかつらと口ひげをむしり取る。


 さらに、背の高い黒髪の人物が近づく。

 それは王弟のグイードで、薄青の瞳に酷薄な色を浮かべている。

 ボーモン子爵は顔をひきつらせ、最初から自分達が疑われ、逃がれられない運命にある事を悟った。


「き、貴様、私を()めたのか!」


 後ろ手に拘束されたまま、ボーモンが公爵令嬢のベニータを罵った。


「あら、嫌ですわ。そんな下品な言葉遣い。嵌めただなんてとんでもない! 最初からあなたに同情なんてしていませんことよ?」


「わしを誰だと思っている? 背後に誰がついているか、わかっているのか!」


 灰色の髪の男も抵抗しながら、必死に叫ぶ。


「もちろん。あなたは兄の腹心でしたね? オーウェン侯爵」


 王弟のグイードが、目を細めて彼を睨みつける。一方王太子は振り返り、ベニータをねぎらった。


「ベニータ、ご苦労だった。ここはいい、あとは任せてくれ」


「ええ、ヴァン兄様。こんな事でお義姉様が浮かばれるとは、思いませんけれど……」


 赤い瞳に悲痛な光を宿し、言われた通りに彼女は退がる。


「さて、ボーモン、オーウェン。語るに落ちたな。秘書室にいたエミリアは、罪をとっくに自白している」


 ヴァンフリードが低い声で断罪した。


「う、嘘だ! 彼女が裏切るはずがない!」


 灰色の髪のオーウェン侯爵が(わめ)く。


「嘘ではない。お前の姪だという前に、彼女も一人の女性だ。尊敬していた憧れの人に嫌疑がかかると知って、わからないように警告文を置いていた」


「何っ!」


「ボーモン、お前もだ。以前、特に罪には問わなかったはず。なのになぜ、オーロフを陥れようとしたんだ?」


 首を傾げ腕を組んだグイードが、不思議そうに尋ねた。


「私がオーロフを? ハッ、違うな。それに罪に問われずとも噂が広まり、我が家の名誉は地に堕ちた。あの方のお陰で私は復帰できたのだ。あなたこそ、あのお方に逆らうのか? それに私が殺さずとも、この家の娘は、あっさり死んでくれたというではないか」


 バキッッ

 突然殴られ床に倒れたボーモンは、何が起こったのかわけがわからないという表情で、身体を起こす。


「待て、オーロフ。早まるな! 彼にはまだ、聞きたいことがある」


 グイードや王太子が慌てて止めに入る。


「早まるとは、異な事を。たとえこの男をここで殺したとしても、あの日のリーナは戻りません。それに黒幕があの方だというのなら、彼が打撃を与えようとしたのは貴方でしょう? ヴァンフリード王太子殿下」


「私もそう思う。狙われた三人とも、ヴァンと縁が深い。兄がこんなに愚かだとは、考えもしなかったが……」


 グイードの声も沈んでいる。


「父上が私を? でも、どうして……」


ヴァンフリードが目を見開くと、オーロフが吐き捨てるように続けた。


「どうして? まだわからないのですか。あなたがあの方に逆らい、私のリーナに手を出そうとしたからです。あなたが寵姫の前で彼を(おとし)め、恥をかかせたから。能力もないくせに、プライドだけは高かったでしょう? あなたの父上(国王陛下)は」



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