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狙われたヒロイン

「これって……」


 銀のスプーンが一気に()びちゃったとか、そんな感じでは無いような。


 オーロフが周囲に次々と指示を出す。

 カップは全て回収され、それぞれの銀のスプーンや紅茶のポット、ミルクの入った容器も調べられる事となった。給仕やこの部屋に出入りした使用人が全員集められ、別室で取り調べを受けるのだという。

 当然お茶会は強制終了。

 私達三人は、その場に茫然と立ち尽くしていた。




 検出されたのは無味無臭の毒だった。


「おそらく『ヒ素』の類だ」


 オーロフの言葉に私は震える。

 知らずに飲めば毒が回って苦しんで、半日~一日で死に至るらしい。

 だけど、なんで私が狙われたの?

 オーロフが駆け込んできたのはどうして?

 

 問うような視線を向けると、彼が紙を一枚差し出した。

 

「私のデスクの上に置かれていたんだ。慌てて来てみれば、こんな事になっていた」


 受け取り確認してみると、小さな子供が書いたような乱れた文字が並んでいる。


『だいじなひとにきをつけろ』


「まあ!」


「そんな!」


 覗き込んだ二人――ルチアちゃんとベニータ様もビックリして声を上げる。

 私は声すら出なかった。いつもなら『オーロフの大事な人って、やっぱり私だったのね~』って浮かれまくるが、毒を盛られた場合はそうもいかない。


 金色の瞳が私達の反応を冷静に観察していた。

 もしやオーロフ、彼女達を疑っているの?

 当事者だという事で、私達三人と部屋にいた護衛もその場で事情を聴かれる。


 いち早く応じたのは、ベニータ様だ。


「もちろんわたくしじゃないわよ! だってこれ以上貴方に睨まれたら、我が家存続の危機だもの。それに、わたくしが好きなのはヴァン兄様よ」


「私も。お兄様とくっついて欲しかったからって、お姉様を恨むなどあり得ないわ!」


 ルチアちゃんも声を上げる。

 くっついて欲しいって、磁石じゃないのでお互いに好きじゃないと無理でしょ。


「わ、私もやってない」


 一応私も弁解しておく。

 うっかり自分のカップに毒を入れたと思われたら……無いな。

 でも待てよ?

 義兄のデスクの上に紙があったのなら、私が狙われたのって彼のせい? 知らなかっただけで実はあちこちに恋人がいて、私相当恨まれている? 

 私はジトッと彼を見つめた。


「オーロフ……」


「待て。お前の考えそうな事はわかるが、断じて違う」


「だってこれって子供の字だよね? まさか隠し子? 『ちじょーのもつれ』だったりして……」


「勘弁してくれ。それにこの程度の文字なら誰でも書ける。利き手以外で書けばいい」


 オーロフは困った顔だ。

 なるほど、言われてみればそうかもしれない。

 だけど義兄の隠し子&元カノ疑惑が晴れたわけではなかった。

 私とオーロフが義理の兄妹でなくなると知って、焦った誰かが私を消しにかかった……とか?


 紅茶を淹れた人ははっきりしているし、義兄の仕事場にメモを置ける人も限られているよね? だったら犯人はすぐに見つかるはずだ。判明したら何で私を殺そうとしたのか理由を聞いて、あと、隠し子がいないか確認しなくっちゃ。


「リーナ、さっきから変な顔で私を見るのはやめてくれ。誓ってやましい事はしていない」


ありゃ、なぜバレた?


「念の為、今日は一緒に戻ろう。それまでお前は、この部屋から出ないように。毒味が済んだものしか口にしてはダメだし、つまみ食いも止めてくれ」


 それだと恋人同士というより、小さい子に注意をしているみたいだよ? それにつまみ食いとは失礼な。我が家でしかしていないのに!


「ルチア王女、セリーナをよろしくお願いします」


「ええ。お姉様の事は私が守ります!」


「オーロフ……」


「大丈夫だ」


 彼はそう言うと私の頭をポンポンと撫でて、すぐに部屋を出て行く。


「愛されてるわね~~」


「ごちそうさま。こっちが照れてしまうわ!」


ルチア王女とベニータ様にはこの後散々からかわれた。

でもオーロフ、脅迫状が届くような、恨みを買う仕事をしているの? それともやっぱり愛人絡み!?




 ――残念ながら、その日のうちに犯人が見つかる事はなかった。


 城の女官はある程度身分がある者だし、王族や高位貴族、来客を毒殺しようものなら家名を剥奪の上極刑に処される。そのことがわかっていながら、毒に手を出すバカはいない。

 しかも重要人物ならいざ知らず、私はただの伯爵令嬢だ。

 王女のルチアちゃんだとか王太子妃に一番近いベニータ様ならわかるけど、私が死んで得をする人は誰もいない。


 毒はミルクに仕込まれていた。

 この中で、紅茶にミルクを入れたのは私だけ。王女の毒味役が気づかなかったのも無理はない。

 犯人は、どうして私がミルクを使うと知っていたのだろう? 


 疑われた給仕係の娘さんとは今日初めて会ったから、彼女は当然私の好みを知らないはずだ。

 勤務態度も真面目で身元もしっかりしていたため、厳重な取り調べの上、不問となった。ちなみに、義兄の元カノでも無い。

 ワゴンに用意されたミルクの容器には誰もが触れる機会があった。部屋に入る前から準備されていたため、特定するのは難しい。監視カメラがあるならすぐなんだけど、この世界にそんなものは無かった。


 義兄もあの後、自分のデスクに寄った人物を探し出そうとしたみたい。けれど、ただでさえ仕事が立て込んでいたため、しょっちゅう席を外していた。

 秘書官や助手のみんなも他人に構う暇はなく、不審人物を目撃した者もいないとの事。部屋にも大勢出入りがあり「該当者を絞るのは難しい」と結論付けた。


 それにしても、私やオーロフはいったい誰の恨みを買ったのだろう? 私はまだしも、義兄は怒らせるとしつこ……後が怖いのに。


 秘書室に顔を出した私は、彼の部下である秘書官や助手の皆様方に挨拶をしておいた。


「お忙しいのにご迷惑をおかけして、すみません。ですが、義兄の愛人か元恋人が来たらお知らせ下さい」


 犯人は現場に戻るって刑事ドラマではよく言うでしょ? さっきのも隠し子の字じゃない、とは言い切れない。みんなにぎょっとした顔をされ、背後に立つオーロフからはビリビリした空気が感じられる。


「『お仕置き』が必要だな。どんなにお前を想っているか、じっくりわからせないとダメなようだ」


 帰りの馬車で彼の言葉を聞き、私は自分が失敗した事を悟った。今日は部屋にカギをかけて、早めに寝ることにしよう!



 *****



 真夜中――


「いやーー!!」


 私は自分の叫び声で目が覚めた。

 命を狙われたダメージは思っていたよりも大きくて、悪夢を見てしまったようだ。身体を起こしてどうにか呼吸を整える。この世界に来る前に一度死んでいるけど、死はやっぱり怖い。若くして一度亡くなったからこそ、ここでは長生きしようと考えているのに。

 

 ふいに思い出す。

 コレットさんが、『ヒロインは攻略者の誰かと恋愛しないと殺される』って言っていた。攻略対象の一人であるオーロフと想いが通じ合ったので、私はもう大丈夫だと安心していたのだ。

 もし、まだ『恋愛』の段階ではないとしたら? 

 私は何者かに、殺されてしまうのだろうか?


 そもそも恋愛って、何だろう?

 好きっていうだけじゃダメなのかな。

 手をつないだりキスしたりするだけじゃ……ダメ?

 婚約とか結婚すればいいんだろうけど、すぐには無理だし……

 ハッ、それともまさか大人の関係?

 ルチアちゃんやベニータ様が言ってた通り、(ねんご)ろにならないといけないの?


「どっわあぁぁぁ~!」


 恥ずかしくって思わず叫ぶ。

 顔から火が出そう。

 結婚前にそれはちょっと……考えただけで鼻血が出そうだ。


「リーナ、大丈夫か? 声が聞こえたような気がしたが」


 うるさかったのだろうか?

 廊下からオーロフの声が聞こえた。


「な、なな、何でもないから。変な事考えてないから!」


 答えながら心臓バクバク、汗がダラダラ。

 私の考えていた事を知ったら、オーロフはきっと、私を軽蔑する!

 それなのに――


 オーロフはあっさり鍵を開けると、私の部屋に入ってきた。

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