78.触角
サンドネシアの宮殿の三階、かつて人間の元首が使っていた執務室では、ガブリエラが椅子に座り、その長い髪をいじっていた。
「どうやら人間達が一階を占拠したようです。おかしな音色で体の自由を奪っています」
「残っている兵力は」
ガブリエラは髪から目を離さない。
「百ほどです」
「すべて、この部屋に通せ」
ガブリエラが命じるままに、残った蜂人と蜂達が部屋に入った。百個体もいると、部屋はぎゅう詰めだ。ガブリエラは全体を俯瞰してから、最前列の蜂の前に立った。それから頭上の触角をつかむと、勢いよくひきちぎった。
同じ頃、オリバーとゾエは災禍のなかにいた。村中で殺戮がおこなわれ、火が放たれ、悲鳴があがっていた。白い巨鳥が蜂と戦っているのをゾエは見た。オリバー達がつれてきた鳥だ。
「どうしよう。蜂がくる」
ゾエはタペストリーをしめ、オリバーと顔を見合わす。オリバーは急いで起きあがろうとした。だが、体がしびれ、ハンモックから転げ落ちてしまった。ゾエが駆けつけてしゃがみこみ、オリバーに後ろ手を向けた。
「私が背負ってく」
その頃、宮殿の一階に仲間達といたスカイは、階段をゆっくりのぼり始めた。一段、一段、いつ蜂が出てきてもいいように弓を構えた。ロイはその後ろで、イーヨを弾き続けた。二階までのぼったが、蜂の姿はなかった。
「どこだ」
「分からん」
「端から見ていこう」
皆は小さな声で言い合い、スカイを先頭に、固まってゆっくり歩き出す。
「あっちの方で物音がしたぞ」
太った男が指をさした。ドミニクが顎でしゃくったので、太った男は中腰になり、足音をたてないようにして、少し先の部屋に入った。それからすぐに顔を出し、こちらに向かってうなずき、また部屋に入った。
二階と三階の間、踊り場の暗がりではガブリエラが一人、二階の様子を見下ろしていた。そこから、スカイ達の様子が見えた。
どうやら今まで食い殺してきた人間とは毛色が違うようだ。かつて連れてきた従者が言っていたように、人間のなかにも戦闘タイプがいるらしい。あの、四角い箱のようなものを抱えて、棒をあてているガキが、奇妙な音を出す担当なるのだろう。
ガブリエラは部下達にもそうさせたように、自分の耳と鼻ももいである。出血はしたが大したことはない。そんなことよりも興奮が勝つ。じわじわ追いつめられるのは思いのほか楽しい。だが、それをじわじわ巻き返すのはなおのこと、楽しい。
ガブリエラは音もなく歩くのが得意だ。編み竹の仕切りに隠れては進み、進んでは隠れて、徐々に距離を詰めた。注意深く見ていると、人間達がしだいにばらけていく。分かれて自分達、ヤバネスズメバチを探しているようだ。人間達を挟んで、奥に部下がいるのは分かっている。いきなり挟みうちしても面白くない。一人ずつ、ゆっくり追いつめるべきだ。ガブリエラはとろそうな、一番後ろを歩く人間に狙いをつける。その顎を自分の肘でフックをかけ、すぐさま仕切りの内側に引きずりこんだ。声を上げられるよりも早く、首の骨を折った。
ロイのイーヨだけが鳴り響くなか、皆も静かに歩き、それに続いた。数十秒遅れてその部屋に入ると、太った男は忽然と消えていた。
「あいつ。どこ行ったんだ?」
「分からん」
「蜂もいないし、どうした」
皆は少々パニックになる。ドミニクが制して、部屋のなかをチェックした。
薄暗い部屋のなかは籐製の敷物がしかれ、その上に短い足がついたテーブルが置かれている。スカイは、壁のほうに目を配った。壁は編み竹でできていて、入口のほかにドアはない。ドミニクは皆を見渡して、はっとした。さらにもう二人、いなくなっている。
「おい。ホセとカルロスはどうした」
「分からない。さっきまで後ろにいたのに」
若い男が自信のない声で返す。
「蜂に襲われたのか」
「でも、おかしいよ。ロイがずっと『アヌミラ人の踊り』を弾いてるんだ。金縛りになるはず──」
スカイが言った矢先、四つん這いになったヤバネスズメバチが現れた。スカイは何かがおかしいと気づいた。ロイがイーヨを弾いているのに、この蜂は無反応だ。それどころか平然と突進してくる。だが、ドミニクがすぐさまナイフを投げた。額に命中し、蜂は倒れた。スカイはすぐに駆けつけ、その顔をまじまじと見つめた。
「ねえ……触角がないよ、こいつ」
スカイは頭のてっぺんを指さす。
「本当だ」
イーヨを弾くのをやめ、ロイもつぶやく。
「そうか……だからだ」
「だからって、何が」
「触角がないから、聞こえないんだ」
「え? マジか」
ロイは目を見開く。
「そうだよ。だからイーヨが効かないんだ。甘い匂いも分からない」
「えええ。でも、じゃあ何でこいつら、俺らの居場所がわかるんだよ」
「たぶん……足だ」
スカイは六本足を指さした。
その頃、ゾエはツリーハウスの窓から植物のつるを放った。オリバーを背負ったまま、慎重につるをつかんだ。二人の体重で勢いよくすべり落ち、最後はつるが切れ、二人は地面にどさりと落ちた。ゾエはあたりを見まわした。裏手にはまだ蜂はいない。急いでオリバーを抱き起こし、再び背負い、ほんの数メートルさきの茂みに逃げ込んだ。間一髪だった。蜂が家ごと襲いかかり、屋根や柱を食い破った。
茂みに隠れて様子をうかがいつつ、オリバーはスカイ達が置いていった竹筒を見ていた。
「なあ、ゾエ。スカイ達がジャカシアから毒と一緒に持ち出してきたこの、緑のパイプは何だ?」
「それは竹という植物だよ。水筒にもなる」
ゾエはそれを手に取った。竹は中が空洞で、それに綺麗に収まるよう、ハンマーのようなものがついている。
「このハンマーみたいなのは?」
オリバーが声をひそめる。
「これはハンマーじゃないよ。取っ手みたい。貸して」
ゾエはそれをまじまじと見つめた。同じく竹製の細い棒だが、T字型で、棒の先端に布がたっぷり縛りつけられている。さらに、竹筒のほうも見た。一方は節が取り除かれ、他方は節が残っているものの、中央に小さな穴が空いている。
ゾエは取っ手を竹筒に入れてみた。すんなり収容できた。ゾエはそれでピストン運動させる。その動きを見ながら、オリバーは急に合点がいった。
「分かった。これ。きっと、毒を噴射する装置だ」
「毒を噴射?」
「ああ。そうか。そうやってジャカシアの軍人達は蜂を殺していたんだ」
「でも、毒はあなたの友達がみんな持っていってしまった。どうする?」
言われて、オリバーは目をつぶった。軽く額を指で叩きながら考え、ひらめいた。
「ゾエ。タパ川はどっちの方角だ」
サンドネシアの宮殿では、オリバーがスカイの言葉を解せず、眉間にしわを寄せていた。
「足?」
「ヤバネがどうかは分からないけど、ルビテナにいるオオルリミツバチの場合は、足で熱を感じてる。あいつらも俺らの体温を、キャッチしてるんだ」
スカイはさらに説明する。
「でも、あいつら宙に浮いて──」
「こいつ、歩いてきただろ」
スカイがさえぎると、ロイは口をつぐんだ。
「確かに。じゃあ、他のも?」
入口を背にして立つロイを見ながら、スカイはその背後を見た。すぐに弓を構え、矢を放った。歩いてきた蜂をすぐに射殺した。
「あと何匹いんだよ」
ロイはヒステリーを起こしかけ、頭を小刻みに震わせる。すると、また新たな個体が歩いてきた。
今度はドミニクがナイフを放ち、それを殺した。まだまだ別個体が接近してくる。スカイは脱出経路がほかにないか、編み竹の壁をゆさぶった。すると、それはそのまま持ちあがった。壁に見えたそれは、ついたてだった。
「みんなこっちへ」
スカイは隣の部屋へ駆けた。ロイ以外の皆はナイフを投げながら、それに続く。スカイは連続する編み竹のついたてをどかし、建物の東側へとつきすすんだ。そしてそれは突然、終わりを告げた。建物の東端、つまり行きどまりまでたどり着いてしまった。窓から逃げるか。戦うか。せめて蜂の数が把握できればいいのに。じわじわ蜂が歩いてくるのが音でわかる。どこかに隠し部屋でもあったら。スカイは紫色のヌマグチをぎゅっと握りしめた。それからふと、それを見た。
どうしてこれに気づかなかったのだろう。そうだ。これがあったじゃないか。
「みんな。このなかだ」
スカイはヌマグチを全開すると、体をすべり込ませた。




