77.報復
スカイ達が三日かけてサンドネシアの宮殿に到着した頃、オリバーはデルクク村で養生を続けていた。この一週間で急速に言語を習得したオリバーは、日常会話はほとんどできるようになった。自分の世話をされながら、ゾエのこれまでのことをたくさん聞いた。聞けば自分と同い年だということ、母はおらず、父のドミニクと二人暮らしというところまで分かった。
「今日もタパ川に洗濯にいくのか」
オリバーがゾエに尋ねると、ゾエは洗濯物を入れた籠を持ち、笑顔を浮かべた。
「うん」
「どれくらいで戻ってくる」
「すぐ戻ってくるよ」
そう言って出ていくゾエを見送り、オリバーは故郷を思い出した。ロクレンの町にいたとき、友達はいなかった。自分は人づきあいが苦手だし、大好きな父にくっついて時計をいじってられればよかった。それで満たされていた。その父が亡くなってから、一人でどうにかするしかなくなった。友達をつくる暇もなかった。その寂しさを埋めてくれたのがスカイとロイだった。だけどその二人とも、ゾエに対する気持ちは違った。
ゾエを待っている間、教わったベカラグア語の復習時間にあてた。さらに、これはベカラグア語で何と言うのかという、「聞きたいことリスト」もつくりあげた。オリバーはそのリストを上から下まで見直しして、思いきり赤面した。破ろうとするや否や、ゾエが戻ってきた。オリバーはあらためてゾエを見る。額を出し、長い黒髪を三つ編みにして、よく日に焼けたエキゾチックな顔に優しい笑みを浮かべている。
「おかえり」
「ただいま。今日は何を勉強する?」
オリバーは顔が上気し、メガネのレンズが真っ白にくもった。そのメガネの鼻あてを押しあげ、咳払いする。
「今日は君の趣味とか、特技の話を聞かせてくれ」
オリバーはリストを背中の後ろへ隠した。
「趣味や特技? いいよ」
ゾエは嬉しくなって目を細める。その仕草に、オリバーは変な汗が出てくるが、頑張ってメモをとった。さも真面目に聞いてるふうに、単語の質問もその都度する。ゾエはそれを身振り手振りをまじえて説明する。オリバーはそれもメモして、話を続けさせる。だけど全然集中できなかった。
体のしびれは早く治したい。でも、それ以上に今、このひとときを維持することを、オリバーは願うようになっていた。
その頃、村のはずれではゲイルと部下達が様子を伺っていた。
「この村にはまだ人間があります」
偵察を終えた部下が報告する。
「大将達がいなくなった場所もここらへんだったわね」
「はっ」
「オッケー。行くよ」
ゲイルは低い声で言い、顎をしゃくった。
同じ頃、スカイ達はワニ皮の袋にコクジョウムカデの神経毒を移しかえ、サンドネシアの宮殿に侵入した。
宮殿はヤシの葉をふいた屋根の、三階建てで高床式の建物だった。正面の階段を上ると、複雑な彫刻がほどこされた木製扉があった。開けはなたれていたため、そのまま入ってしまったが、ほかの蜂が出入りする様子はない。ロイは延々と「ドワーフの休日」を弾きつづけた。
屋内はスカイ達が住むグリフィダの家と異なり、細い竹を編んだ壁でしきられている。目をこらせば、その隙間から隣の部屋に蜂がいるか分かりそうなものだが、窓がほとんどなく、見通しは悪い。ときどき、小さな蜂を見かけた。ロイのイーヨで小さくなったヤバネスズメバチだが、よくいる蜂と大差ない。そのたび、村の男達が虫取り網で捕獲し、踏みつぶして殺した。
「これしかいないのかな」
スカイがひとつひとつの部屋を見てつぶやいた。
「分かんない」
ロイはそう言って弾きつづける。すると、正面奥にまた大きな木製扉が現れた。
「このドアを開けたら、いっせいに出てくるかもしれない」
スカイが警戒して、大広間の観音扉をにらんだ。
「というかさ。確実にいるよ」
ロイにはいやでも分かった。静かにしていても、ごく小さな羽音が聞こえる。それも、ものすごい数だ。皆で息をあわせ、いきおいよく開いた。その途端、いっせいにヤバネスズメバチの大群が飛び出してきた。
ロイは演奏を「アヌミラ人の踊り」に切りかえ、そばにいた村の男が拡声器を近づけた。スカイは先頭集団に向け、矢を構えた。集団は体の自由を奪われ、続々と床にたおれている。スカイは猛然と弓を構える。
「ラコロシュテ・プロロクテ・ピカ。ランダギア」
矢の雨が降り注いだ。先頭集団はまとめて射殺された。後続の蜂達、わずかに残る蜂人達も床に落ち、怖がって暴れた。村の男達はドミニクを筆頭にナイフを投げ、次々に殺した。スカイもひっきりなしに弓を引きつづけた。一行はじりじり大広間のなかへ侵入し、蜂の集団はじりじり後退した。スカイ達のわきをすり抜け、逃げ出そうとする個体もいた。だがイーヨの音色に反応し、バタバタと床に落ちた。
ほんの数分で、大広間で飛ぶ個体は一匹もいなくなった。わずかに動くものはすみやかに殺された。真っ黒な蜂が床を埋めつくしている。そのおぞましい光景に、スカイは息をはずませ、きょろきょろとあたりを見まわした。
「ハラパノにも蜂人の女王蜂がいたんだ。ここにもいると思う」
「建物内を調べよう」
ドミニクが言いながら、投げたナイフを回収した。
スカイ達が宮殿内を探索する間、デルクク村ではゾエがオリバーに向かって、特技について熱心に話してきかせていた。
「……だから私も投げナイフが得意なんだ。村のおばさん達にはやめなさいって言われるけど」
ゾエが誇らしくなって顔を輝かせた、そのときだった。外から痛烈な悲鳴が聞こえた。
「何?」
ゾエは不審に思ってタペストリーを開けた。背中に八枚の羽を生やした人間、それに巨大な蜂達が、次々に村の人間達を襲っていた。




