76.糞の軌跡
サンドネシアの宮殿では、女王蜂ガブリエラの前にゲイルがひざまづき、報告を続けていた。
「それで大将と兵二万七千が討たれただと」
「はっ」
信じたくもなかった。まさかあのキャロルが戦死するとは。自分がトラブルを解決して帰ってきたら、このありさまだ。ゲイルは顔を上げず、ガブリエラの次の言葉を待った。
「お前達、私にあと一週間で決着がつくと言ったな」
「……はい」
「それを言ったのは四日前だな」
ゲイルが答える前に、ガブリエラは近くの蜂をいきなり食べ始めた。ゲイルの側近だ。
ゲイルは食われていく側近を見つめ、唇をかんだ。
一方、ヤバネスズメバチの大群を殺処分したスカイ達は、デルクク村の広場に集まり、夕食を囲んでいた。この日のメインディッシュは、ハトと焼石をバナナの葉で包んだ蒸し焼き料理だ。
「すごいよな。村の周りのジャングラスを引っこ抜いて、蜂を小さくして、さらにシュガーパイナップルの匂いで壺のなかに誘導して、毒殺するなんて」
ドミニクはロイの肩を叩き、拳を高く掲げた。それに村の男達は呼応する。
「サウン族がいればこの世は平和だ」
「イーヨは素晴らしい」
「ロイこそ救世主だ」
村人達は焼けたハト肉をほおばりながら、口々にロイを称賛した。すっかり気を良くして、ロイはイーヨを弾いた。スピリトーゴ男爵が作曲した楽曲だけでなく、さまざまな曲を弾いた。ロイは耳がいいので、村人達が酔って楽しそうに歌うさまにじっくり耳を傾け、上手く伴奏してみせた。それが大いにうけて、宴席は盛りあがった。
その喧騒のなか、スカイだけは一人、気持ちが浮かばれなかった。今回はロイが大いに活躍した。しいていえばオリバーの知識も貢献している。一方、自分という存在は何なんだろう。スカイは空を見あげた。天気がぐずつき、今にも泣き出しそうな空だった。
周囲の盛り上がりやロイの高揚ぶりと反比例して、スカイの気持ちは沈みこんだ。だけど、水をさすつもりはなかった。周りに合わせて、つくり笑いをしてみせた。
「僕、もう守りばかりに入るのは違うと思う」
ロイが急に強気な発言を始めた。スカイが引きつった表情で見ていると、村人達も注目する。ロイはマンゴージュースを飲みほすと、はつらつと笑った。
「巣をつきとめて、攻めに入った方がいいと思う。人間は弱くないってとこを見せつけるんだ」
「どうやってつきとめるっていうの」
スカイは顔から笑みを消す。
なんだかいきすぎてないか。ここにオリバーがいないのをいいことに、ロイこそ世界中の人類を救うつもりの、勇者気取りじゃないか。俺が全滅させるって言ったときはいい顔しなかったくせに。オリバーがいないとこうも調子に乗るのか。今更なんだよ。
スカイは黙って近くの草を次々に引っこぬいた。ロイはそれに気づかず、鼻息を荒くした。
「ウピウピ族の長老が言ってた。蜂の居場所は、糞を追えばいいって」
翌日、スカイとロイ、それに村の男達はデルクク村を出発することにした。スカイはオリバーも連れていきたかったが、体のしびれが治らないのでダメだと、ゾエが断った。
「俺の代わりに、これを」
オリバーが紫色のヌマグチをスカイにもたせた。
「拡声器の使い方は簡単だから、ほかの誰かにやらせて。中にいれてある」
「うん」
スカイはヌマグチを受け取る。
「スカイ。全部正面から受けて立とうとか思うなよ。危ないと思ったら逃げろ。逃げるのはカッコ悪いことじゃない。それで救える命もある」
スカイはオリバーを見ず、黙って頷くが、オリバーはしぶとく目を合わせようとする。スカイはもう出発したかったのに、オリバーが手を離さない。その手はやせ細り、しびれているのに、なぜだかとても強靭に思えた。
「お前がロイとみんなを守れ」
スカイはしぶしぶオリバーを見返す。オリバーの目は真剣だ。
スカイは困惑した。どうしてオリバーは俺やロイを引き留めない。無駄な戦いはさける方針じゃなかったのか。俺じゃなく、ロイがみんなのリーダーならいいのか。ロイはサウン族だし、イーヨが弾けるから?
だけど、どう言ったら伝わるのか、スカイには分からなかった。納得いってないことだけは確かだった。
「スカイ。いざというとき、お前だけが頼りだからな」
オリバーは目を離さず言う。
「別に。そんなことない」
スカイはオリバーから目をそらし、ドミニクの家を出た。
こうなったらなんでもやってやろうじゃないか。みんな勝手なことばかり言う。だったら俺だって思いのまま、蜂を殺してやる。村を出発してわずか三分で、スカイはヤバネスズメバチの糞を見つけた。
「本当にそれがデカ蜂の糞なのか?」
ドミニクは疑いをかける。
「ルビテナで散々見た。間違いない」スカイはその馬糞のように大きな糞を見て、顔をしかめる。「たぶん偵察蜂のだ」
「こっちにもあったぞ」
今度は村の男の一人が、数十メートル離れた茂みから大声をあげる。
「よし。これを追跡しよう」
糞を見つけているうち、まばらだったところから、集中して落ちているところがあった。群れがいた証拠だ。それに誘われるように、スカイ達は追跡を続けた。南部のほかの小国を抜け、一行はサンドネシア共和国へと突入した。平原と林が多いベカラグアと違い、完全なジャングル地帯だ。
「まだ蜂は出てこないのか」
男の一人が尋ねた。
「そうだな。あれだけ殺しちまったんだ。意外ともう絶滅したかもな」
「いや、あの糞はまだ新しいよ。生きてるのがいるはずだ」
ロイを介してスカイが言い返すと、村の男達は露骨に嫌な顔をした。
「ただの徒労じゃないといいけどな」
一行は三日かけて、ついにサンドネシアの宮殿に辿り着いた。もうそこに着く頃には足の踏み場もないほど大量の糞が落ちていて、悪臭を放っていた。宮殿を巣城にしているのは、火を見るよりも明らかだった。
「あのなかに多分いる」
目のいいスカイが、そばの茂みに隠れ、宮殿の様子を伺った。一匹のヤバネスズメバチがふらりと出てきた。さらにまた一匹でてきて、蜂人もでてきた。間違いない。
「ロイが演奏しただけじゃ音が小さい。誰かこれをイーヨの前であてて」
スカイが言うと、男の一人が引き受けた。
「じゃあ、これは俺が置いてくる」
ドミニクがコクジョウムガデの毒が入ったワニ皮の袋をかかげた。それを宮殿の入口前に置き、素早くもとの茂みに戻った。皆で固唾を飲んで見ていると、蜂が一匹、二匹と宮殿から出てきた。フラフラしながら袋に向かってくる。すかさず、ロイが「ドワーフの休日」を演奏した。男の一人が拡声器をあてた。二匹の蜂は小型化し、すぐさま袋のなかへと落ちた。
「楽勝だね。でもあれだけ? もっといそうなもんだけど」
スカイはそばに落ちてる糞を見る。まだ新しいものもかなりあり、二匹分の量ではない。
「シュガーパイナップルの匂いが巣のなかまで届いてないのかもな」
ドミニクも首をかしげる。
「なら、なかに突入しようよ」
ロイが勇ましく言ったので、皆は頷いた。




