75.誘導作戦
ジャッキーの背に乗り、スカイとロイ、ドミニクの三人は帰路についた。
「ハーパー商会? そんな嘘ついたの?」
先頭に乗り、ジャッキーの首につかまるスカイは素っ頓狂な声を出した。
「うん。それも世界一のハーパー商会だ。僕って金髪だし、金持ちそうな雰囲気あるだろ」
ロイはふんぞりかえり、自慢の金髪を振りはらう。
「うん。うさん臭いし、軍人とわいろでつながってそう」
「何だと」
スカイとロイがギャーギャー言い合っていると、最後尾のドミニクが話しかけた。
「お前達には感謝する」
「何だよドミニク、改まって」
ロイが笑いを引きずりながら言う。
「ねえ、さっき、あのコソ泥に渡してた袋は何?」
スカイも振り向いて尋ねる。
「ジャングラスというハーブの種だ」
「何でそんなものを?」
今度はロイが聞く。
「そのハーブだけを食べるカブトムシがいて、ジャングラスカブトという。そのカブトがいると、コクジョウムカデが寄ってくる。この頃、ジャングラスの群生地が減少していると聞く」
「そういうことか。じゃあ、あいつらんとこにも戦力を残してあげたんだ」
スカイは感心して頷くが、ロイは気に入らなかった。
「なんで敵国にそんな情けをかけるんだよ」
「ジャカシアを敵と思ったことはない。お前達がいたあのマンゴーの木も、我々の先祖が飢えたとき、ジャカシアの民が苗をゆずってくれたものだ。軍人はともかく、民間人に罪はない」
ドミニクの暗い声に、ロイは押し黙った。だが、スカイのために頑張って通訳した。するとスカイはドミニクを振りかえり、そのまっすぐな黒い瞳をむけた。
「俺達は、オリバーの恩人を優先して守るよ」
一方、そのオリバーの世話をするゾエは、川で洗濯をして、帰宅したところだった。ハンモックで寝ていたオリバーが、体を起こした。まだ毒のせいでしびれがあり、本人は体が不自由だ。
ゾエはオリバーに対する警戒心を解いていた。まだまともな会話は成立していないが、オリバーの必死さは伝わってきた。オリバーは目がさめてからというもの、ゾエの言うことを復唱して、その都度、薄い布切れのようなものに何かを書いて、ベカラグア語を覚えようとしている。しかも、紫色のイボイボした変な袋から、次々にいろんなものを出してきて、身振り手振りで教えてくるのが面白かった。オリバーの存在が、ゾエの知的好奇心を大いに刺激した。
オリバーがゾエの前でその袋に手を突っこみ、地図をとりだした。ゾエは初めて見る地図を不思議に思いながら、熱心にのぞきこむ。オリバーが次々に指差し、何か言っている。まんなかにある図、鳥みたいな形をした図の下の方をさし、オリバーが何度もデルクク、デルククと言ってゾエの方を指さす。さらにその周囲を丸く囲み、ベカラグア、ベカラグアと連呼する。次に左上の、細長い魚みたいな形をした図の下方をさし、ロクレン、ロクレンと繰りかえし、オリバー自身を指さす。だんだん、地図というものがどんなものか認知できたゾエは、目を輝かせた。
「あなたの故郷?」
ゾエも地図の左上を指さしてから、オリバーを指差した。するとオリバーが笑顔で頷いた。
そこへ、スカイ達が帰ってきた。
「オリバー、もう大丈夫なの?」スカイの第一声だった。「よかった。よかったよ、本当に」
スカイに泣きながら抱きつかれ、さらにロイも追従するので、オリバーは盛大に咳きこんだ。
翌朝、スカイとロイは、ドミニクと村の男達とともに村を留守にした。スカイとロイはドミニクの両脇を並んで歩いた。
「昨日、オリバーと作戦会議したとおりだよ。甘い匂いがするものがほしいんだ」
スカイが言うと、ドミニクはきょろきょろした。それから林のなかへずんずん進んでいった。スカイはその後を追いかけた。五分もしないうちに、気分が悪くなってきた。現物は見ていないのに、何があるのか見当がついた。
ドミニクが歩みをとめた。そこには高さ五十センチもない、背の低い木が生えていた。その頭上に赤紫色で楕円形の、トゲのついた果物が実っている。その果物から、猛烈に甘い匂いが漂っていた。
「おええ。すっごい甘ったるい匂い」
ロイが鼻をつまんでうめくと、ドミニクは真っ白な歯を見せ、豪快に笑う。
「世界一甘いシュガーパイナップルだ」
それから二日が経った。ヤバネスズメバチの軍隊は、サンドネシアの宮殿に戻り、休息をとっていた。この日は女王のガブリエラが食事をしないというので、出陣の予定はなく、宮殿の警護だけでよいという話だった。早い話が休日だ。
「ねえ、この前言ってたK地点だけどさ。あの匂い、もうなくなったらしいよ」
寝そべっていたキャロルが言うと、ゲイルが身を起こした。
「へえ。何で?」
「分かんないけど。今度はすんごく甘くていい匂いがするんだって」
「えー。何なのそれ」
ゲイルは顔に困惑と期待をないまぜにする。
「季節の変わり目なんだよ。何か美味しい果物でもなったのかも。お休みだし、みんなを連れて、遊びにいってみない?」
キャロルが複眼を輝かせるので、ゲイルはうなずいた。が、そこへ、部下がやってきた。他地点でトラブルが起きていて、指揮をとってほしいとのことだった。
「ごめん。私、ちょっと見てくる。兵は二千、連れてくね」
「えー。うん……ありがとう。分かった」
キャロルはゲイルと一緒に出かけられないのが不満だったが、面倒ごとをかって出てくれるゲイルには感謝しかなかった。ゲイルを見送ったあと、千の兵だけ護衛用に置いて、二万七千の兵を引き連れ、K地点へと飛んだ。
キャロルは期待に胸を膨らませた。気分は完全に遠足だ。毎日毎日、人間ばかりを食べ飽きた。今日のはきっと美味しい果物か樹液に違いない。目的地に近づくと、ふいに鼻が刺激された。甘い匂いだ。それもちょっとやそっとの甘さではない。ものすごく濃厚で、脳天が痺れるほどの甘ったるさだ。
キャロルは周りを見た。自制が効かなくなった兵士達が、いっせいにスピードを上げる。
「こらこら」
キャロルはくすくす笑いながら、わざとゆっくり飛び、先に行かせた。
だが、奇妙なことが起きた。周りの景色が、だんだん巨大化していった。木も草も花も、近くを飛ぶ蝶も、何もかもがだ。キャロルは不思議に思ってそれらを眺める。さらに、前を飛ぶ兵士達を見る。彼らはなぜそれに気づかないのか。しだいに濃くなる甘い匂いに、あらがえずにいるようだ。
前方に奇妙な洞窟が見えた。茶色くて、やけにまん丸な入口をした地下洞だ。その入口は複数あり、そのすべてから甘い匂いが溢れている。兵士達は飛ぶ速度をあげ、勢いをつけて突進していく。自分も急がないと食いっぱぐれるかもしれない。少々あせって、キャロルもスピードをあげた。
それが間違いだった。
洞窟のなかは地獄絵図だった。真っ黒な毒液に浸かる大量の兵士達が、頭や足を不自然に折り曲げ、死んでいる。キャロルは戦慄した。ここはどこだ。何があった。キャロルは慌てて出口に引きかえす。だが、まだ生きている兵士達が我先にと自分につかまり、脱出を試みる。
「やめろ! はなせ!」
キャロルが叫んでも、兵士達はパニックを起こし、聞く耳をもたない。そして、急に視界を奪われた。洞窟の入口が突然、何かで閉ざされてしまった。
完全に真っ暗になった。キャロルは兵士達にのしかかられ、毒液の海へと沈んだ。




