71.オリバーを助けて
スカイはひざまづき、伏しているオリバーの手を握りしめた。
「どうしよう。咳も出はじめたぞ」
ロイは必死で「蓬莱」を弾きつづける。
「ねえ。どうして蓬莱でも治らないの」
スカイがずっと聞きたかったことをついに聞くと、ロイは弾くのをやめた。
「この曲は正確にいうと、治療するものじゃない。体力を回復させるものなんだ。だから、風邪とか、ケガとか……。自分の体力さえつけば治るものなら効果はある。だけど……これは多分、違うんだ」
ロイは顔をくもらせると、スカイは唇をかむ。
「どう違うの」
「動物に咬まれてるし、感染症なのかも。それか別の病気。今はとにかく、体力だけでも維持するしか、思いつかない」
ロイは再び弾きだす。
「ねえ、オリバー。別の薬草はないの……?」
スカイはオリバーの耳元でささやいた。返事はなかった。スカイは貯めておいた雨水をオリバーに飲ませ、さらにその雨水に布をひたし、絞って額に乗せた。少しだけ咳は落ちつき、オリバーは静かに眠りはじめた。
翌日は強烈に晴れた。気温がぐんと上がり、オリバーはこれ以上ないほどに熱が上がった。暴力的に咳きこみ、呼吸はさらに弱まっている。胸に耳をあててみた。心臓の音も弱々しかった。
薬草が効いてる気配はない。まだ生きているのが奇跡だと、スカイは思った。オリバーの額を布でぬぐい、その青白い顔を見つめた。水ももうない。ジャッキーを見た。ケガしたところが紫色に腫れたままだ。イーヨを弾くロイも、もうとっくに限界を超えているだろう。万事休すだ。オリバーの命がいつ尽きてもおかしくない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
「み……ず……」
オリバーが、蚊の鳴くような声で言う。スカイは近くの緩やかな丘を駆けのぼり、あたりを見渡した。川はない。池もない。だが、遠い林のなかに集落のようなものが見えた。
「何キロか先に村があるみたいだ。水、とってくる。ジャッキー、みんなのこと、頼んだぞ」
スカイが言うと、ジャッキーはひと鳴きした。
急げ。急げ。スカイは冷静さを失っていた。オリバーは……その先を言葉にするのが怖かった。とにかく走れ。走れ。もっと速く。
脇目も振らず走り、スカイがその村の入口に駆け込むと、男達に囲まれた。男達は皆、ヤシの繊維でできた帽子をかぶり、白いシャツと白いズボンを履いている。外国語で、何を言われているかは分からない。だが、よそ者を警戒しているのは伝わってきた。
「急いでる。水をくれ」
スカイが叫ぶと、腕っぷしのいい男達に拘束された。皆はスカイを指さし、激しく笑った。騒ぎを聞きつけ、ほかの村人達も集まってきた。スカイが足を浮かせ、ジタバタ暴れると、正面に立つリーダー格の大男が目を細めた。ガルシアよりも背が高く、暗い目をした男だ。その大男の隣で、水がめを頭に乗せた少女が立っている。男達の一人が、スカイの布袋を奪いとった。その男は乱暴に手を突っこみ、ラピスラズリを取りだした。それにひどく興奮して、大男に見せた。
「返せ」
スカイが叫ぶと、大男は石に退屈な目を向けた。が、急に瞳に力がこめた。
大男が何ごとか言いつけると、仲間達は文句を言ったり笑ったりしながら、スカイを放した。さらに大男が、石をスカイに返した。スカイはいったん握りしめた後、少女のもとへずんずん歩み寄り、憤怒の形相をむけた。
「こんなものが欲しけりゃくれてやる。だからそれをくれ。水。分かる? 水!」
スカイはグリフィダ語で怒鳴りちらし、水がめを指さした。少女はおびえ、何も言えずにいる。スカイは足元にラピスラズリを叩きつけ、水がめを奪いとって回れ右した。水は重たく、しかもこぼさず走るのは一苦労だった。すると誰かが追いかけてきた。あの大男だ。
特に殺意は感じられない。スカイは前を向き、ジャカシアマンゴーの大木めがけて走り抜いた。
スカイが息を切らしてたどり着くと、オリバーはもう虫の息で、さらに熱が上がっているようだった。スカイが水がめから水を手ですくい、オリバーに飲ませた。すると、スカイの背後から大男が話しかけた。ロイは大男の正体が分からず、ためらっている。スカイはロイと大男の間に入り、互いの手を触れさせた。
スカイの喉はカラカラだ。両目には涙が浮かんだ。もう涙なんて、とっくに枯れ果てたと思っていた。大粒のしずくが頬をつたい、ぼたぼたと落ちていく。やがてロイと大男の顔がぼやけ、何も見えない。スカイはしゃくりあげた。
「お、お、お願い。オリバーを。おおおオリバーを、た、助けて」




