70.闘病
雲の上で、ジャッキーは飛行を続けた。そのジャッキーもヤバネスズメバチに攻撃されたせいで、一部の羽根が抜け落ち、むきだしになった皮膚から出血していた。
「ロイのおかげで助かった。でも……これからどうしよう」
スカイが問いかけるも、二人からの返事はない。オリバーは意識がもうろうとしているし、ロイはロイで「蓬莱」を演奏するのに必死だ。
スカイは眼下を見おろす。ジャングルのなかに、小川を見つけた。そのすぐそばに着陸し、あたりに何もいないのを確認した。それから革製の水筒を取り出すと、川の水をくんだ。オリバーは自分で飲めそうにないので、スカイが上体を支え、飲ませてやった。
そのままそこで身をひそめ、朝を迎えるつもりだった。ところが夜になり、そばの茂みがガサガサ鳴った。スカイとロイは息をひそめ、目をこらしていると、茂みから出てきたのは大きな虎だった。虎はこちらに気づいていたが、無視して沐浴を始めた。スカイはそれが終わるまで、油断せず、弓を構えて見はり続けた。
虎が立ちさり、ロイが横になった。スカイはしばらく様子をうかがってから、ジャッキーに寄りかかった。いつでも臨戦体勢をとれるようにするため、弓は離さなかった。
眠気に誘われ、スカイはうたた寝を続けた。星がまたたき、夜風がふわりと顔をなでた。このまま何もないかのように思われた。
唐突にロイが飛び起きた。スカイもつられて目を覚ますと、そばで大蛇がとぐろを巻いていた。ジャッキーが激しく鳴き、それを追っ払った。
もう、ジャングルは無理だ。だが、どこなら安全なのか。ふと、スカイはジャカシア首長国を思い出した。夜明けが近づき、一行はジャッキーに乗り、西の空めがけて飛び立った。
一昼夜かけて、ジャッキーは平原にたどりついた。スカイが眼下を見おろすと、ジャカシアの軍隊らしきものが見えた。
「あいつらは避けよう。もう少し南に行くぞ」
スカイはそういって、ジャッキーの右肩あたりをポンポン叩き、方向転換させた。
日が傾くなか、一本の大木のそばに降りたった。ハート型の青い実がなる奇妙な木で、日よけや雨よけにはなりそうだ。スカイも休みたかったが、皆を先に休ませた。弓を構えてあたりを警戒する。蜂はいない。ジャカシア軍もいない。だが、民間人はいるかもしれない。今はもう、何も信用できないのだ。
信用──。その言葉が、スカイの胸を深くえぐった。自分はオリバーの忠告を無視した。そのせいで今、オリバーは重体になっている。
後悔するくらいなら今、できることをやるしかない。それもただやるだけじゃダメだ。全力でやるんだ。とにかく、自分だけでも起きて警護を続けないと。だけど、ほんの少し。ほんの少しだけ。まぶたが、重たい。スカイは膝を折り、ジャッキーの脇腹に頭をのせると、泥のように寝入った。
はっと気づいたときには朝だった。スカイは弓をたぐり寄せると、起きあがって周囲を見渡した。何もいない。何も起きてない。肩の力が抜けて、今度は皆を見る。ロイもジャッキーもすやすや寝ているが、オリバーは息をあらげ、苦しそうにしている。スカイは水筒を取りだし、オリバーの頭を自分の膝に乗せた。
「オリバー、水だよ。飲んで」
オリバーは目を閉じたまま、その水をゆっくり飲んだ。
その後しばらくしてからロイが目を覚まし、イーヨで蓬莱を弾いた。少しはオリバーの呼吸が楽になったように思われた。ジャッキーも一緒に聴きながら、傷ついた体をいたわり、じっとしていた。皆が空腹なのは分かっている。だけど自分一人で食べ物探しにいくのは心配だ。スカイはオリバーのヌマグチから、これまで集めた巣板を少しだけ切りだし、皆で分けあった。
翌日も晴れた。スカイは水筒を開けて顔をしかめる。もう水がほとんど残っていない。どこかにくみにいかないと。ジャッキーで飛べれば早いが、ジャッキーのケガもまだ完治していない。そもそも、ロイも体力が落ちているからか、蓬莱を弾いてもあまり効き目がないのだ。どうする。スカイはオリバーの額に手をあてる。熱が少しあるように思われた。スカイは何か手段はないか、頭をひねった。
「……ねえ。そういえばオリバーって、ハラパノで何か草とか、集めてたよね」
スカイは紫のヌマグチを開いてみる。
「それだ!」
ロイはイーヨを放り出し、ヌマグチに手を突っこむ。
「何だろ。どのハーブだろ」
「……薬草は、その……、ハラパノタンポポ……葉がギザギザしてるやつ」
オリバーが震える指でさす。
「これを、どうすればいい?」
スカイはオリバーの肩を支える。
「乳鉢に入れて……乳棒でつぶして……飲む」
「分かった。もう喋んなくていいよ。ロイはイーヨ、再開して」
「うん」
今度はスカイがヌマグチを漁り、乳鉢と乳棒を取りだした。そこにハラパノタンポポをちぎって入れ、ゴリゴリとすりつぶした。ペースト状になったそれを、スカイはオリバーの口に含ませた。オリバーの呼吸はほんの少し、穏やかになった。
翌日も晴れたが、少し曇っていた。スカイがオリバーの寝顔を見ると、前日よりは顔色がよくなったように見えた。だが、それでも額を触るとまだ熱かった。
もう少し寝ればよくなるはずだ。スカイは祈りを込めて、オリバーの片手を握りしめた。そんなスカイの気持ちを察して、ロイは下手くそな笑顔をつくってみせた。
「ねえねえスカイ。上、見ろよ。熟したみたいだよ」
スカイも見上げる。この大きな木の幹は太く、低い位置で枝分かれし、太い枝が四方八方に伸びている。葉は細長く、そこに昨日までは青かったハート型の実が、オレンジ色に色づいている。
「待ってて」
そう言ってスカイは靴を脱ぎ、鶯色の方のヌマグチを取ると、木によじ登った。果実に鼻を近づけてみる。甘くていい匂いがする。一個もいで、かぶりついた。
美味い。甘いし水気もたっぷりだ。変な味もしないし、みんなに食わせても問題ないだろう。スカイはあっという間に平らげ、手当たり次第にもぎとった。それをヌマグチに押しこみ、木を降りた。
スカイとロイ、ジャッキーが果実をもりもり食べていると、オリバーが薄目を開けた。
「ジャカシアマンゴー。ジャングリラ大陸の平野部に自生。樹高四十メートル。ハート型の果実がなる」
「オリバー、食べる?」
スカイが差しだすと、オリバーは弱々しく頷き、少しだけかじった。ヌマグチからもっとマンゴーを取り出そうとしたら、先住のネバグモの子どもたちがマンゴーにしがみつき、その汁を吸っていた。
翌日は小雨だった。ロイは自分のコートをオリバーにかけてやりながら、その額に手をあてた。
「まずい。昨日より熱があるぞ」
「えっ」
スカイは水筒に雨水をためるのをやめ、自分もオリバーに触れた。ジャッキーも弱っているし、周辺に雨宿りできる場所はない。雨はしだいに強まってくるし、この木でしのぐにも限界がある。
ふと、先ほどのヌマグチに目がとまった。
「そうだ」
スカイはいつもオリバーがしているのを真似して、ヌマグチを木の枝に向かって目一杯、開けた。すると子グモ達がいっせいに糸を出した。スカイはそのまま木の周りをぐるぐる回った。子グモ達はマンゴーで力を得て、延々と糸を出しつづけた。糸の密度は高くなり、やがて木の幹と枝を骨組みにした、巨大な円盤状の屋根が完成した。
「すごい、スカイ!」
ロイが歓声を上げる。
「ネバグモに、もっとご褒美、やんなきゃな」
スカイは汗をぬぐい、爽快に笑った。
屋根の下で、一行は一夜を明かした。朝には気温が上がり、オリバーの熱もさらに上がっていた。




