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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
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7.神殿の図書館

 ルビテナ神殿は、築九百年の歴史を持つ古い建物だった。

 蜂蜜色の石灰岩を積んだ建物で、六角形の形をしていた。六面ある壁のうち、南側の一面に正面玄関を、対面の北側には小さな裏口が設けられていた。他面には六角形の格子窓が取り付けられ、いずれも美しい花々の絵画を模したステンドグラスがはめ込まれ、華やかさを演出していた。


 玄関扉の装飾も凝っていた。高さ三メートル以上、荘厳な扉にはオーク材が使用され、堅牢なつくりで永年の風雨に耐えてきた。両観音開きの木製ドアで、左右どちらの扉にも六角形の彫刻が施されている。さらに、六角形それぞれの角と中心に彫られているのは、それぞれ種類の異なる花の紋様だ。


 神殿内部は、裏口に通じる北側の小さな一角を除き、ほぼ六角形の空間になっている。その空間は礼拝室と呼ばれ、すり鉢状にひな壇椅子が並んでいる。中央には六角形の台座があり、祭壇が設置され、「ルビテナ神」がまつられている。「ルビテナ神」は白亜の大理石でつくられた女神像だ。頭上に蜂蜜をたたえた口の広い壺を抱え、起立している。


 台座を取り囲むようにビオトープが設けられ、睡蓮が天窓からの日光を浴びている。ビオトープには台座と他の領域を繋ぐ橋が渡され、橋の足元には地下へと続く階段がある。地下には図書館のほか、スカイの知らない「女神の間」「修練の間」など、一般非公開の部屋もあった。


 よそから訪れた人間は、この神殿をミツバチ御殿とか、トンデモ屋敷とか呼んで、不思議がったり、うさん臭がった。だが、アイリーンはそんなものは一蹴した。六角形というのはミツバチの巣の象徴だ、私達はミツバチに生かされていると言ってのけたのを、スカイは思い出す。


「こんにちは、スペンサーさん」

 スカイが挨拶すると、玄関のそばで箒を手に持ち、山吹色のロングドレスを着た男性が、返事もせずに顔を上げた。

「汚すなよ」

 スペンサーはぶっきらぼうに言い捨てる。汚すなというのは図書館の本のことだ。以前、スカイが返却した本にシミができていたと司書から苦情が上がっていた。貴重な本がたくさんあるので、スペンサーにはそれが許せなかった。


 スペンサーはこの神殿につとめる神官でありながら、図書館の管理も兼任する。三十代の男性で精悍な顔つきをした、なかなかの好男子だが、目つきと愛想が悪くて煙たがられている。


「ごめんなさい。気をつけます。ねえ、司書さん、いるかな」

「今日はいない。祭りの準備に出ている」

「なら、また本の場所、教えてよ」

「ついてこい」

 スカイはバイオレットをおいて、スペンサーと階段を降りた。


 バイオレットはスカイの後ろ姿を見送った後、天窓を見上げた。すると、奥の小部屋から一人の女性が出てきた。赤銅しゃくどう色のロングドレスを着た恰幅のいい四十代の女性で、バイオレットに笑いかけた。神殿の神官長をつとめる、ビショップだ。

「こんにちは、バイオレット」

「こんにちは、ビショップさん」

 春の花のように優しい笑顔を向けるビショップに、バイオレットも笑顔で応える。

「タペストリーを祭事用のものと交換するんですよ。手伝ってくれますか?」

 ビショップは金と黄土色、黄色のストライプ模様のタペストリーを見せた。祭事のときに飾られるもので、ルビテナ村の紋章だ。これが出てくるとバイオレットは気持ちが高鳴った。

「うん」

 バイオレットはビショップが大好きだ。母親のいないバイオレットにとって、ビショップくらいの年頃の女性は母親のように感じられる。ビショップさんの好きなものは私も好き、と皆に豪語するほどだ。

「どのタペストリーと交換するの」

 バイオレットが尋ねると、ビショップは天窓近くのタペストリーを指さした。バイオレットはよく見えなくて、メガネのレンズを顔に押しつけた。

「よく見えないときは、手のひらで目の周りを温めるのです」

 ビショップが教えると、バイオレットはメガネを外し、両目に両手のひらをあてた。

「明日のお祭りが楽しみです。こうして皆がすくすく育ってくれて、嬉しく思いますよ」

 タペストリーを交換するバイオレットを見て、ビショップが優しく言った。


 一方、スカイは図書館内の中央通路を、スペンサーについて歩いていた。

「スズメバチの本? 養蜂場にもう、蜂が出たのか」

 スペンサーが歩きながら、顔をしかめる。

「出てないよ。でも、ルークが読みたいんだって」

 スカイが言うと、スペンサーは急に立ち止まった。それから、おもむろにスカイの方を見た。ルークがスカイを通じてよく本を借りることは、スペンサーも知っている。

「ルークは元気か」

「うん……いつもと変わりないよ」スカイは朝にルークが咳き込んでいたことを思い出す。「あいつ、学校、行けないし。あの病気、治るかわかんないし……。でも、ルークは頭がいいし、いつかすごくいい養蜂家になれると思うんだ」

「ほお」

 スペンサーの相槌はそっけない。

「大変だったら、俺が助けてやるんだ。俺達きょうだいは、村一番の養蜂家になってみせる」

 スカイが溌剌はつらつと笑ってみせると、スペンサーはそれを黙って、しばらく見つめた。

「それは感心なことだ」

 スペンサーは、つかつかと歩みを再開した。


 やがて、一番奥のエリアに来た。そこは少し段を上ったところにあり、部屋全体が見渡せた。スカイが普段、こないエリアだ。村人が数人、立ち読みしたり、棚と棚の間をうろうろしているのが見えた。階段近くにカウンターがあるが、スペンサーの言う通り、司書の姿はなかった。


 カウンターの隣には「関係者立ち入り禁止」のドアがあった。そのドアの先に何があるのか、サム達とこっそり入ってみようとしては、毎回必ずとっ捕まり、こっぴどく叱られた。司書は普段は大人しくて存在感の薄い人で、名前すら覚えてない。なのに、そういうときだけガミガミ怒った。今回もそのドアを開けたい衝動に駆られたが、スペンサーがいるので諦めた。


「ここだ」

 スペンサーが指さす本棚は古く、装飾が凝っていて、他の棚よりサイズが他より大きい。他の棚に収まりきらないような大判の本が並び、スカイはそれらの背表紙をじっと見渡した。すると、スペンサーが最下段に手を伸ばす。最下段には一冊しか収容されておらず、見るからに重そうなそれをスペンサーが手に取る。革のカバーがついた立派な本で、革のベルトまでついている。

「多分これだが。ちょっと待て」

 スペンサーがベルトを外し、本をめくっている間、退屈したスカイは辺りを見回した。ふと、本棚の最下段にある、側板の様子に気がついた。


 ただの側板なのに、横幅四十センチ、高さ八十センチほどの四角い切り込みがあり、収納扉のようだ。その真ん中に小さな老人の絵が彫り込まれている。

「ねえ、スペンサーさん、これは?」

 スペンサーはハッとした顔をした後、目をつぶり、ため息をつき、額に手をあてた。スペンサーがこんなに困った顔をするのは滅多にないので、スカイは挙動不審になった。

「どうしたの」

「誰にも言うな」

 スペンサーの低い声に、スカイは急に怖くなった。

「な、何なの」

「ドワーフの住まいへ通じる扉」

「え?」

 スペンサーは何を言っている。スカイは意味が分からず、ポカンと口を開けたままその顔を見返す。スペンサーはいつもと同じ無表情に立ち返り、太い鼻息を漏らす。

「右、右、左、右だ。お前が誰にも秘密をもらさず、辿り着けたら、その秘密基地は開く。合言葉はルビー・ィェテナ」

「ルビテナ?」

 違う。ルビー・ィェ、テナ。ルビ、ではなく、ルビー。イエを小さく、テナにアクセントだ」

「ルビー・ィェテナ」

 スカイが言い直すと、スペンサーはそこで初めてかすかに笑い、頷いた。

「いいか。右、右、左、右。ルビー・ィェテナ」

 そう言って、重い本をスカイに持たせると、スペンサーは先に階段を上っていった。

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