69.利用できるものは利用しろ
「え?」
聞き間違ったのかと思った。スカイは息をはずませ、ベロニカをまっすぐ見つめる。
「知ってるか。ヤバネスズメバチは、仲間が死ぬと寄ってくる」
ベロニカはあざわらい、フォールバナナの根元を指さす。それはヤバネスズメバチの頭だ。
「お前、何言ってんだよ」
スカイが当惑して言い返したとき、遠くから重低音がした。それはだんだんと近づいてくる。
「ありがとう。『黄金のしずく』はご馳走だ」
「ベロニカ、やめて──」
「そしてお前らもまた、ヤバネのご馳走だ」
「ベロニカ──」
ベロニカはそう蔑み、ネバグモの糸を噛みきろうとした。
ヒュッと何かが横切った。スカイは一寸遅れてそれに反応する。間一髪、オリバーが新たにネバグモの糸を放ち、それがベロニカの体に巻きついた。ベロニカは体の自由を奪われ、ギャーギャー鳴いた。
「こうなると思ってた。油断ならない奴だ」
オリバーはさらに糸を出し、フォールバナナとのロープを補強すると、スカイとロイを先に渡らせた。
「やめろ! やめろ!」
ベロニカは鳴きわめき、地面にずり落ちた。それから、三人とも滝壺を越え、陸地に降りたった。
「おい。どうしてゆうべ、俺らを助けにこなかった」
オリバーが低い声で問いつめる。スカイは、巣板が入っている布袋を手に取り、黙ってベロニカを見つめる。
「それは、私の力でどうすることもできなかったからだ」
ベロニカは言い訳をするが、オリバーは聞く耳を持たない。背中でクレメントもキーキーと抗議する。
「でもお前はウピウピ族の村に来てたよな。夜に見たぞ」
オリバーの言葉に、スカイとロイは顔を見合わす。
「それは──」
「今更、俺らの前に現れたわけか。蜂蜜だけ盗むつもりで。しらじらしい奴だ」
オリバーはネバグモの糸をこれでもかと、ぎゅっと締めた。
「グエエエ。やめろ」
「ワニが襲ってきたときも、お前は知らせなかったしな。お前はハナから俺らを騙すつもりで──」
「オリバー、やめて」
スカイが糸をひったくると、オリバーは鬼の形相でスカイをにらんだ。
「スカイ。お前、バカか? たった今、殺されかけたんだぞ」
「でも……。蜂蜜が欲しかったんだろ。分けてやればいいじゃん。な、それでいいだろ」
スカイは必死だ。こんなこと、あるはずがない。ベロニカはサルで、俺は人間だ。それでも友達になれたと思ってた。
ベロニカは首を縦に振りまくる。
「なら。コクジョウムカデはどこにいる」
オリバーは詰問を続ける。ベロニカは毛を逆立て、ウウウと唸る。
「そんな生き物は知らない」
オリバーはスカイから糸を奪いかえし、さらにきつく締めあげた。ベロニカは断末魔の叫びをあげる。
「もういい。分かった。逃がしてやろうよ」
スカイが目で強く訴えるので、オリバーは目をむいた。やがて、張りつめていた顔中の筋肉がゆるむと、口を台形に開き、強く、深いため息をついた。どうして。どうしてこいつはこんなにお人好しなんだ。バカなのか。学校に通っていたくせに。そうか、死んでも直らないバカなんだな。それでも、こいつの本質を貶めたいとは思わない。オリバーは歯ぎしりして、ナイフで糸を切ろうとした。
それが間違いだった。突如、ベロニカが鋭い犬歯をむき、その手首を咬んだ。
オリバーは絶叫し、その場にうずくまった。スカイがとっさに上着を脱ぎ、血まみれの手首にそれを巻きつけた。オリバーは青ざめ、体を不自然に痙攣させている。ベロニカとクレメントは逃亡しようとするも、完全に糸から抜け出せておらず、ジタバタしながらあたりを転げまわっている。
「ああ、なんで。なんで。オリバー、ごめん。……本当にごめん」
スカイは我を失い、オリバーを必死で介抱しつづける。
一方、ロイは衝撃を受けて地面に座し、一部始終を傍観していた。
ヤバネはもうすぐそこまできている。羽音からいって、千。いや、二千はいる。「アヌミラ人の踊り」を弾くか? それとも「ドワーフの休日」か? いや、オリバーの拡声器がないと、あの数は無理だ。ロイはあたりを見回す。スカイがしょってる矢筒が目にとまった。何も考えず、ほぼ衝動的にそこから矢を二本抜きとった。それからベロニカに突進し、馬乗りになり、両の手首に突きさした。
強烈なうめき声をあげ、ベロニカは苦しみもだえた。ロイは空を見上げ、スカイの真似して指笛を吹いた。
空から素早く、ジャッキーが降りてくる。だが、様子が変だ。複数のヤバネスズメバチに襲われ、羽根を散らしている。どうにか振りきり、三人の前に着陸した。間髪を入れず、スカイとロイがオリバーを抱き抱えるようにしてジャッキーの背に乗った。蜂がくる。三人がしがみつくと、ジャッキーは飛翔した。
滝から少し離れ、スカイは背後をふりかえった。置き去りにしたベロニカ親子に、ヤバネスズメバチの大群が群がる。スカイは震撼した。ものの数秒で、親子は白骨と化した。




