66.罠
ジャングリラ大陸から遠く離れたヨルシア大陸、グリフィダ王国のルビテナ村では、領主のナッシュビルが神殿の祭壇に座り、祈りを捧げているところだった。
「こりゃなんでしょうね?」
村人が礼拝室を掃除しながら、イボイボした袋を手にとり、不審がる。
「ああ、それはオリバーがつくったヌマグチの、あまりだ」
ナッシュビルが教えると、外から声がした。サムの声だ。
「ロイのハネコが飛んできました。手紙がついてます。なになに……。『私はロイの伯父、タッド・ハーパーと申す。このミケールは長旅で疲れているので、食事と休息を与えてやってほしい。その後、ロイ達に手紙や送りたいものがあったら、託すといい』だそうです」
サムがミケールを抱っこし、首についていた手紙を開き、読みあげた。ちょうどガルシアがやってきて、指を鳴らした。
「少し待ってろ」
サムがミケールにカゴいっぱいの魚を与えていると、しばらくして、ガルシアが手紙を二通と本を一冊抱え、玄関を入ってきた。ナッシュビルもまた、瓶やらバスケットやらを持ってきた。さらに村の女達も、カゴや布袋を抱え、ぞろぞろ入ってきた。
「それを全部、ミケールに運ばせるんですか?」
サムが目を丸くする。
「そのためにこれがある」
ナッシュビルはヌマグチを手に取り、にんまり笑った。
一方、スカイ達がサンドネシア共和国の北部、密林地帯を移動していると、ベロニカが尋ねた。
「お前達はなぜ、『黄金のしずく』をとろうとする」
「ヤバネスズメバチって知ってるか」
「知らない」
スカイがこれまでのことを話して聞かせると、ベロニカは特に感心するでもなく、スカイを横目に見た。
「お前の考えていることは理解不能だ」
「どうして?」
「天敵をすべて殺すなど不可能だ」
「やってみなきゃわかんないじゃん」
「なら、そのためにお前は何を犠牲にする」
ベロニカの問いに、スカイは口ごもった。
「こいつは十分、犠牲を払ってる」
オリバーが代わって言いかえすと、ベロニカはそれ以上の追及はやめた。スカイはオリバーの顔を見る。怖い顔でにらまれた。
やがて一行は巨大な川に行きあたった。ジャングリラ大陸最大の川、タプアス川だ。
「乾季のときなら渡れるが、今は無理だ」
季節は雨季だ。ベロニカはすぐに諦め、ひき返そうとする。だが、スカイは指笛を吹いた。するとジャッキーが空から舞いおりた。その巨体を怖がり、ベロニカはたちまち木に登って威嚇した。
「大丈夫だよ。俺のペットだ」
スカイはベロニカに手まねきした。
ところが、一行はジャッキーに乗っても、川を渡れなかった。対岸には、ヤバネスズメバチの大群が飛びまわっていた。
「嘘だろ」
スカイは思わず言葉をもらすと、ベロニカが全身の毛を逆立てる。
「なんだ、あの生き物は」
「言っただろ。あれが俺らの村を襲った虫だ」
ジャッキーの背で、スカイが憎しみを込めてベロニカに言うと、ロイがイーヨを手にとった。
「よ、よし。僕がアヌミラ人の踊りを弾けば……」
「ちょっと待て」オリバーが引きとめる。「今まで見たこともない、ものすごい数だ。イーヨに石を投げてくるやつもいるかもしれない。さけられるなら、さけよう」
「お前は賢い。私もそれに賛成だ」
ベロニカはオリバーの意見に賛成するも、オリバーは冷たい目でベロニカを見返す。ベロニカはそれに構わず、西の方角を見た。
「アグンチャック山までいってまわり込んでいけば、川を渡らずに済む」
「それ、どこ」
スカイが尋ねる。
「ずっと西だ」
ジャッキーに乗って数日間、ときどき休憩を入れながら、一行は空を飛んで移動した。その間、スカイとロイ、ベロニカはほぼ、喋りつづけていた。だが、オリバーだけは黙していた。
やがて一行は大陸を横断し、大きなこぶの塊のような、アグンチャック山のふもとへ降りたった。大陸西岸にあたるジャカシア首長国の領地で、付近は密林ではなく、平原が広がっていた。
「この平原を南にくだっていけばいい……多分」
ベロニカがあいまいに言うと、オリバーが厳しく突っこむ。
「こんなところまで来てちゃんと道順、覚えてないのか」
「うろ覚えだ」
ベロニカが開きなおってあさっての方を向くと、オリバーは怒り、クレメントがキキキと笑う。
「シー。あっちに人がいるよ」
ロイは長い草のなかに身をかがめ、山側を指をさした。スカイがそちらの方を見ると、頭と腰から下に布をまいた男達がたむろしている。おそらくジャカシア人の軍人らしい。ハンマーがついた竹筒のようなものを掲げ、何かの訓練をしている。
「あの人達に話しかけてみよう。行くぞ、ロイ」
「えー?」
スカイがロイづてに軍人達に話しかけると、意外にもすんなり聞き入れてくれた。
「ああ、あのデカ蜂のせいでサンドネシアもフィリナムもアレンチャーヤも、壊滅状態だと聞いている。その点、我が国は徹底的に防衛戦線を張っている。奴らに負けることはない」
一人だけ金ピカのネックレスをつけたヒゲ男が、ふんぞりかえって言う。
「すごい。民間人は大丈夫なのか」
オリバーが思わず話に割ってはいる。
「そうだ。我が国に死者は一人も出ていない」
「どうやって守ってる」
「悪いが、それはトップシークレットだ。ところで、お前ら外国人は、通行料は払ったか?」
ヒゲ男は意地悪く笑い、オリバーを見おろした。
スカイ達はその後、ジャッキーに乗って南にくだった。
「なんで通行料なんか払ったんだよ」
ロイが抗議すると、オリバーは鼻歌をうたう。
「いいんだよ。おかげであいつら、このへんの地理のこともペラペラ喋ってくれただろ」
「そうだよね。ウピウピの滝までの細かいルートまで詳しく教えてくれたし、途中でまた尋問されてもお金払わなくて済んだし、いいかも」
軍人にもらった即席の通行許可証を見て、しきりに頷くスカイに、ロイは開いた口がふさがらない。
「これだから田舎者は。カモられただけに決まってんだろ」
やがて、一行は密林地帯の前でジャッキーから降りた。
「こっからまた徒歩でジャングルか」
ロイがうんざり顔でうめいた。
「ああ、でもウピウピの滝がすぐそばだ。ちょうど、国境ぞいなんだな」
オリバーは地図を見て言う。
「滝までジャッキーで行ければいいのに。僕にはやっぱり、ジャングルは向いてないな。都会生活が恋しいよ」
ロイははかなく笑った。だけど誰も突っ込まない。
「何だよ。何か言えよ」
不快になってあたりを見回す。何の前触れもなく、スカイ達がこつぜんと姿を消した。
「おーい! スカイ! オリバー! ベロニカ!」
ロイは焦って小走りになる。木の枝をよけ、丈の長い草むらを乗りこえ、苔に足を取られそうになりながら、前へ前へと進む。
「嘘だろ。はぐれた?」返事はない。「どうしたんだよ。どこだよ、みんな」
唐突に足元の土が崩落した。多量の木の葉とともに、ロイは地面の穴へ転落していった。




