65.森のガイド
ベロニカとの旅は、奇跡の連続だった。
八月に入ったというのに、熱帯に位置するジャングリラ大陸は寒暖差が小さい。広大な密林のおかげで日陰が多く、一行が暑さに悩まされることはなかった。それどころか見たこともない動植物に、スカイは魅せられた。細長い葉を三つ編みにしている木や、直径三メートルはある巨大な花の群生、スパイラル状の角をもつ水牛の群れを見た。さらに、七色に輝く蝶を体じゅうにとまらせたり、伸びちぢみする植物のつるにつかまってターザンしたり、クッションのように大きなキノコの上を飛びうつったりして、豊かな原生林を楽しんだ。ロイはつるからもキノコからもすべり落ちるし、スカイのことを妬ましく思ったが、オリバーに助けられ、頑張って後を追った。
途中、三人は汗だくになって石の上に座った。するとベロニカが木から降りてきて、スカイの隣にちょこんとこしかけ、問いかけた。
「腹でも減ったか」
「うん。喉もかわいたし」
「人間達は果実だけで生きていけないのだろ」
「うん。パンとか。獣も食べるよ。……サルは食べないけど」
スカイが気まずくなってベロニカを見ると、本人は白けた顔で見返し、長いまつ毛をゆっくり上下させる。
「パンとはどのようなものか」
「ライ麦とか小麦って知ってる?」
「知らない。お前達の土地のサルはそれを食べるのか」
「そもそもグリフィダにサルはいないよ。このへんの人間は何を主食にしてるの」
「地中にできる、タロイモを食べているのは知っている」
「へえ。それってどこに生えてるの」
木と木を飛び移るベロニカの後を、三人は再び追いかけた。木々におおわれたゆるやかな斜面を下り、ぬかるんだ湿地にたどり着くと、ベロニカは木から降りてきた。
「そこに小川がある。それから、あの植物を引っこぬくといい」
ベロニカが長い指でさした。湿地には地表から直接、茎を何本もだし、人間の顔より大きな葉をつけた植物がいくつも生えている。スカイ達は水をすくって飲んだ。それからスカイはぬかるみに足を踏み入れた。
「おい、気をつけろよ」
そう言ってロイはオリバーの後ろに隠れ、ぬかるみに入る気はない。
「大丈夫」
スカイは植物の根元をまとめてつかみ、勢いよく引っこぬいた。出てきた根っこが玉のようにふくらんでいて、ベロニカが指をさす。
「それがタロイモだ」
「こんな硬いの?」
「人間達は穴をほり、そこに焼いた石を入れて、芋を葉にくるんで入れて、温めて食べる。やりたければやれ」
スカイは面白くて笑った。ベロニカは投げやりだけど、親切だ。
「うん。やってみるよ」
ロイとオリバーが穴をほっている間、スカイは次々にタロイモをほりおこし、近くの小川で洗った。ベロニカとクレメントが物欲しそうにしているので、スカイはまた笑った。
「なんだよ。お前も結局、イモがほしいんじゃん。ほら」
「利用できるものを利用するべきだ」
そう言い訳してタロイモを受けとるベロニカを、オリバーは冷ややかな目で見た。
その後、スカイは小枝を集め、火を起こした。そこに石を投げ入れ、焼石をつくり始めた。
焼石ができるまでは時間がかかる。
「少しここで休め」
ベロニカがそう言って、クレメントを背中に乗せ、タロイモをくわえると、樹上に登っていった。三人は焼ける石のそばに寝転がった。サラサラという心地よい小川の音を聞きながら、スカイは目を閉じた。
スカイもオリバーも寝息を立てた。だが、相変わらず耳のいいロイだけは小さな物音に気づいた。樹上ではベロニカが絶えずいったりきたりしている。ロイは足元を見た。体長十メートルを超える巨大なワニが、小川から這いずりでてくる。今にも足を食われそうだ。
「うわ! 起きろ」
ワニを見たことがないロイは仰天して、スカイとオリバーを叩きおこす。二人ともとっさに足を引っ込め、すぐさま立ち上がった。
「殺せ! 殺せ!」
頭上からベロニカが叫ぶ。スカイは走りながら矢筒から矢を抜き取り、弓につがえた。ジャッキーに乗りながら射撃したのを思い出す。走りながらでもできるはずだ。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ」矢を、迫りくるワニに向ける。「レクシア」
光り輝く矢が空を突きぬける。そのまま殺せると思いきや、ワニの硬いウロコがそれをブロックした。
「ひえっ」
ロイは悲鳴をあげた。
「ロイ! あれだ! 弾け!」
オリバーがどやしつけた。ロイは卒倒しかけていたが、どうにか正気を保つ。それから一か八かで、「ドワーフの休日」を弾いた。
ワニはみるみるうちに小さくなった。鮭ほどの大きさになったとき、スカイは弓をじかに持ち、渾身の力を込めてワニの脳天を叩いた。ワニは目を回し、そのまま動かなくなった。
「すげえぞ! ロイ!」
オリバーがバンバン背を叩いた。ベロニカも木から降りてきて、勝利の咆哮をあげた。
「ははは……。蜂以外にも効いてよかった」
ロイは腰が抜けて、その場で膝を折った。
ベロニカに勧められて、スカイはワニの皮をはぎ取り、肉を切り分けた。それをタロイモの葉に包み、タロイモと一緒に焼石の穴に入れた。さらにベロニカは近くの若竹を折って、器用に裂き、竹串を工作してみせた。
「我々はそのような生き物は食べないが、人間達はそれを好んで食う」
ベロニカはできた竹串をスカイの手に持たせる。
「そうなんだ。美味しいの? これ」
「知るよしもない」
ベロニカのつっけんどんな言い方に、スカイは声を立てて笑った。だが、実際に焼きあがったものを竹串に刺して食べて、舌鼓を打った。
「うまい。これ、なんていうの」
「ワニだ」
ベロニカは無表情で返す。
「鶏肉みたいな味だね」
「鶏肉とは何か」
「鶏だよ。うーんと。飛ばない鳥」
「鳥のくせに飛ばないとは、まったく怠けた生き物だ」
スカイはベロニカの言い草がおかしくて笑う。だが、そのわきでロイはタロイモだけを食べつづける。
「スカイはよくそんなゲテモノ食えるよな」
「栄養がありそうだ。ロイも食べろ」
オリバーがタロイモの葉を皿代わりにし、ワニ肉を乗せてやったが、ロイは手をつけなかった。
やがて日が暮れた。ヤバネスズメバチの働き蜂達は、人間の肉団子を巣へ持ち帰った。幼虫達に食わせる様子を見ながら、蜂人はガブリエラの前にひざまづいた。
「報告によりますと、大陸の東部と北部の人間はおおかた食いつくしました。西部は抵抗勢力が強く、難航しています。ここ、中央のサンドネシア共和国ですが、ちょっと気になる報告がありまして」
「なんだ」
「山あいに、美味そうな蜜蜂がいると。ただ、水辺にいる品種で、手を出すのが難しいと」
「ほお。なら下級兵士にやらせろ。二千もあれば足りるか?」
「充分でございます」
「では行け」




