64.人語を話す獣
翌朝、オリバーが目を覚ますと、そばにはロイしかいなかった。どこからか、ピイィと高い鳴き声が聞こえてくる。ジャッキーの鳴き声だ。オリバーは空を見あげた。スカイを乗せたジャッキーが、背の高い樹木を縫うように降りてくる。
「俺、ジャッキーに乗りながら弓を引けるようになったんだよ」
スカイがほおを紅潮させ、ジャッキーの背中を降りた。立派な雄のクジャクを手に持っている。まだ生きていて、バタバタと暴れた。
「そんな綺麗な鳥なのに、食うのか」
ロイが極彩色のつばさに見とれながら、殺すのが惜しくて言う。
「食べないなら果物でもいいけど。昨日、オリバーがとってきたやつ」
「ああ、あれ。なくなった」
言いながら、オリバーは首をかしげた。昨日、確かにあまった実を布袋にしまって、腰に下げておいたはずだ。
「まあいいや、こいつは逃そう。美味そうなのを見つけた」
スカイはクジャクを放して靴を脱ぎ、近くの大木をするすると登りはじめた。ロイとオリバーが見あげていると、スカイは樹上に実るココナツをもぎとった。
「一個ずつ落とすから、受けとって」
スカイは地上に向かって、元気よく叫んだ。
ココナツの果肉とジュースをたっぷり腹に押しこみ、三人はジャングルの奥を進んだ。
相変わらず森の中は賑やかだった。視界には常になんらかの生き物がいて、鳴きわめいていた。耳のいいロイにはその騒音が気味悪く、ずっとスカイにへばりついた。
「なんでジャッキーを使わないんだよ」
「ジャッキーは上空を見渡せても、密林の内部までは見通せない。スカイ、少し東にそれてる。二時の方向だ」
オリバーが方位磁針を見ながら言うと、ロイはため息をついた。
「ふうん。ところで、シャベク林ってどんなとこなんだ」
「エベスタン人から聞いた話だと、言葉を発する生き物達が暮らしてるらしい。だが、現地人にも解読できない言語だって。ロイなら分かるかもな」
「うーん。哺乳類なら多分……」
ロイはそう言って、すぐそばを通りすぎた大きなヤモリに卒倒しかけた。
一方、スカイはずっと違和感を感じていた。空気の動きがおかしいのだ。
「ねえ。誰かにつけられてない?」
「さあ」
スカイの問いかけにオリバーは気のない返事をして、草むらをナイフで切る。
「誰かっていうのは単体だと思ってんのか? この大陸についたときから複数形だよ。変な鳴き声の鳥と虫はわんさかいるし。あと、変な……何だろ……モシャモシャしたのも」
ロイがだんだんテンポを落として言うと、スカイが足を止めた。
「モシャモシャ?」
「なんかそういう、こすれる音がする。毛だまりみたいなやつ……」
「肉食獣じゃないのか」
青ざめたオリバーが言葉を漏らすと、他の二人は身を固くした。
「いや、そういう危ないのと違う。なんだかストーカーみたいなの……」
ロイの言葉にスカイは弓を構え、あたりを見回した。構えたまま三百六十度、その場を一周した。
いる。一匹か。いや、二匹いる。ロイみたいに音までキャッチできないが、何かの気配がする。どこだ。木の上か。いや、気配がするのは地上だ。
スカイは目線をそばの茂みに落とした。目に見えない「それ」は、右から左へ移動していく。事情は分からないが、不安定な動きを肌で感じる。
スカイは弓を下ろし、矢を矢筒に戻した。そろそろと茂みに近寄り、勢いよくダイブした。
ロイがハラハラしながら見ていると、ズギーヤ、ズギーヤと鋭い鳴き声が返ってきた。スカイは何かをはがいじめにしていて、足をばたつかせている。ロイはオリバーにしがみついた。
「オリバー、なんとかして」
「なんとかって言っても」
オリバーが慌てふためいていると、スカイが茂みから顔を出した。とっ捕まえたのは、オレンジ色の長い毛をまとい、手足ばかりが細長い、恰幅のいいサルだった。
「何だこいつ?」
ロイはそのサルを凝視する。サルは怒って歯をむき、今にも噛みつきそうだ。
「分かんないけどこいつ、足、ケガしてるよ」
スカイはまるで太りすぎた子どもを高い高いするように、サルを高く抱き上げた。右足首に切り傷ができ、真っ赤に化膿している。さらに小さなサルがしがみつき、キーキー鳴く。
「我が子だけは助けてくれ」
スカイは、目をぱちくりさせた。
「何か言った、オリバー?」
「何も言ってない」
「僕も」
三人はキツネにつままれたような顔をして、互いを見合う。それから、そのサルを見る。サルは長いまつ毛をしばたき、唇を突きだした。
「お前達は慈悲深い。頼む。子どもだけは……」
「え?」
「喋った。こいつ、喋ったぞ」
ロイが後ずさりして、サルを指をさす。オリバーはナイフを突きつけた。
「しかもグリフィダ語だ。お前、何者だ」
サルはスカイに拘束されたまま、震えながら言葉を発する。
「人間は我らをシャベルータンと呼ぶ。我が名はベロニカ。ドンガロンの村で、お前達が人間を埋葬するのを見た。私と同じ言葉を喋っているから、驚いて後をつけた」
「ベロニカだと? それだけか?」
オリバーは目をむき、ナイフを喉元にぴったりつけた。ベロニカはナイフの刃先に怯えながら、オリバーを見上げる。
「ケガをして、木に登れない。シャベルータンは樹上で暮らす。地上は危険で食べ物もない。だからお前から木の実を奪った」
ベロニカが白状すると、オリバーは軽く頷き、ナイフを下げた。スカイもベロニカを放した。ベロニカは我が子を抱きあげ、その長い手指で自分の右足をさす。
「我が子、クレメントを養うためだ。許せ」
「わかったよ。ねえ、ロイ。蓬莱、弾いてあげてよ」
スカイが言うと、ロイもおっかなびっくり、イーヨを構えた。ベロニカも息子のクレメントもじっとして、その音色に耳を澄ました。やがて化膿した部分は赤色が薄まり、健康な地肌へと回復した。
「ありがとう。礼がしたい」
ベロニカはロイに手を差しだした。ロイが怖がって身をすくめたので、代わりにオリバーがその手をむんずとつかむ。
「なら、道案内しろ。シャベク林に行きたい」
「ここがもう、シャベク林だ」
ベロニカが答えると、オリバーはあたりを見回す。
「じゃあ、コクジョウムカデはどこだ」
オリバーの問いかけに、ベロニカは少し沈黙する。
「あのムカデは別のところにいる」
「どこだ」
「お前達はそのムカデを探しにきたのか」
「ううん、それだけじゃないよ。フォールバナナの蜂蜜が欲しいんだ」
今度はスカイが答えた。
「『黄金のしずく』か」
するとベロニカはクレメントを背中に乗せ、てててと木を垂直に登った。それから木から木へと飛び移った。
「ついてきなさい」
樹上からベロニカが叫んだ。
その頃、隣国のサンドネシア共和国の首都では、宮殿で元首とその部下達が固まり、命ごいをしていた。
「頼む。命だけは──」
「助けたら我らに利益があるのか」
蜂人が元首に向かい、残忍な笑みを浮かべる。すでに周囲には死体が山と積まれている。
「わっ、私と手を組めば、もっといいとこの人間を食わせてやろう」
「ほう。どこの?」
「あ、えーと。た、タリブ大陸の……」
「いや。お前らでいい」
蜂人は元首の頭を食いちぎった。




