63.炎上する村
女王蜂の一人、ガブリエラは、新しい暮らしを大いに堪能していた。
生まれ故郷と違って、この地はとても温かい。暑すぎるくらいだ。働き蜂をたくさん産めたし、次々に育っている。十分な人間もある。
「女王陛下。お食事の時間でございます」
臣下の蜂人が肉団子を前に差し出した。
「それで、東部エリアはどうなった」
「はっ。ほぼ処理済みです」
「大陸制圧までどれくらいかかる」
ガブリエラの問いに、臣下は頭のなかで計算する。
「このペースですと、五十日もあれば十分かと」
ガブリエラは軽く頷き、肉団子を丸呑みした。
一方、スカイ達三人を乗せたジャッキーは、ハラパノ大陸の上空を滑空していた。
「イエーイ! 最高!」先頭に乗るスカイの後ろで、ロイが叫んだ。「アブブ密林より暑そうだな。それでさあ、エボニーを置いてきちゃってよかったの?」
「いいんだよ。あの宿の主人のところなら幸せにやれるさ」
スカイが振りかえって答える。
「そっか。そういや、ラファが帰る前に言ってたな。ジャッキーが『某は美味なる飯にありつけた』って言ってたんだって」
ロイはジャッキーの背を軽くこづき、それに呼応してジャッキーが軽く鳴く。
「大きく育つのに必要な餌だったのかもな」
最後尾にまたがるオリバーは生真面目に言い、眼下の海岸線を見おろした。
やがて海を渡り、ジャングリラ大陸の上空へ到達した。上空でもハラパノ大陸と違って気温が高く、陸地はジャングルが大半を占める。オリバーは地形に目を凝らし、着陸ポイントを探す。
「この大陸は、大きく分けて東部、西部、南部、北部、中央部のエリアがある。次の蜂蜜、フォールバナナは中央部の高地にあるらしい。ウピウピの滝っていうのがあって、その辺らしいけど…。まだまだ先だ。この辺は東部のフィリナム王国で…」
「ねえ、オリバー! 見て!」
スカイが指をさした。うっそうと生い茂る緑の中で、集落らしきところから煙があがっている。
「行こう」
オリバーは地図をたたんだ。
炎上地から少し離れた林に、ジャッキーは静かに着陸した。
「じゃあな。また後で遊んであげるからな」
スカイが言うと、ジャッキーはスカイに頬ずりして、バサバサと飛んでいった。
「おい、放っておいていいのか」
「大丈夫だよ。『また後で遊んであげる』って言葉は分かってるから」
「それより、この村は何があったんだ」
オリバーを先頭に、皆は集落に足を踏み入れる。高床式の木造家屋が並び、ほぼすべてが火だるまになっている。ひどい悪臭がして、三人は鼻を手で覆った。
「何。何なの」
「生き物の焼ける匂い」
オリバーはずんずん歩を進める。やがて、丸焦げになった何かがあちらこちらに見えた。体の一部が欠損した、人間の死体だった。
「もしかして…」
ロイは足がすくみ、スカイの後ろに隠れる。
「ヤバネの仕業だ。きっと村人がパニックを起こして、火事になったんだと思う」
スカイが冷静に言うと、オリバーが頷く。
「生き残りを探そう」
ほどなくして、小雨が降り始めた。火は徐々に小さくなり、やがて鎮火した。三人は濡れねずみになりながら、あたりを探索したが、生存者は見当たらなかった。
「僕、お腹すいたな」
「うん。雨が上がったら、俺が何か捕まえてくるよ」
スカイはロイとオリバーを民家の軒先に残し、一人で村の中心部へ向かった。
雨はしばらく降り続いた。ロイはイーヨで蓬莱を弾きながら、自分とオリバーの疲労回復に努めた。
「スカイ、雨の中、どこ行ったのかな」
「俺、様子見てくる」
「待って、ひとりにすんな」
ロイはへっぴり腰でオリバーの後を追いかける。二人が村の中心部へ行くと、スカイが一人で死体を一箇所に集めているところだった。
「スカイ、何やってんだよ」
「だって、放っておけないよ」
スカイは子どもの死体を抱き上げて運ぶ。すると、オリバーも黙ってそれにならった。ロイは死臭に耐えきれず、その場で吐いた。だが、自分だけ逃げだすのも癪で、いやいや死体運びに協力した。
雨が上がった。スカイは火打ち石を取り出し、まとめて火葬してやろうと思った。しかし、燃料になるものがない。周囲の木々は濡れているし、どうしたものか。
「そうだ」
スカイは指を鳴らす。それからオリバーのヌマグチから、小麦の藁でつくった巣籠を取り出した。
「ねえ、ちょっとこれバラすの手伝って」
「せっかく編んだのにいいのか?」
オリバーが尋ねると、スカイは首を縦に振る。
「いいさ」
三人は巣籠を解体し、死体に被せると、それに火をつけた。
死臭がする村から距離をとり、スカイは狩猟を始めた。そこには洞穴があり、三人はその入り口で火を起こした。ジャッキーも空から降りてきて、オリバーが採ってきた得体の知れない果物をつついた。
「見て。こんなにリスがいたんだ」
スカイはリスを十匹も仕留めてきた。それの皮を剥ぎ、血抜きして、丸焼きにする。
「スカイについてれば飢え死にすることはないな」
オリバーは感心しながら、果物をロイに差し出す。リスなど食べたくもないロイはおっかなびっくり、その不気味なツノだらけの果物を棒でつつく。
「そういうオリバーも十分、野生児だと僕は思うよ。シティボーイの僕にはちょっと、色々、無理だ」
ロイはすまして言う。すると先に果物を食べ終わったジャッキーが、おかわりが欲しくてロイの分までつつき出す。ロイはジャッキーのくちばしをぐいっと押しやるも、ジャッキーはしつこい。頭にきたロイがその鼻に棒を突っ込んだら、ジャッキーはブギーッと怒り、鼻から棒を吹き出した。
「大丈夫だよ、ロイ。何か出ても俺がやっつけてやる」
スカイは勇ましく言い、焼けたリス肉にかぶりついた。
「本当か。信じていいのか。さっきからそのへん、ガサガサいってるし、変な鳥がギャーギャー、変な虫がビービー鳴いてるし。あっ、ジャッキー、てめー!」
ロイは奪われた果物をとりかえそうと、ジャッキーの首を絞める。ジャッキーはククククと不敵に鳴き笑い、果物を咀嚼する。それに構わず、スカイはオリバーの方を見る。
「この後、どうする?」
「ひとまず、アレンチャーヤ王国に入る。そこの『シャベク林』に寄りたい。それからサンドネシア共和国に入って、タプアス川を越える。上流のウピウピの滝を目指そう」
完全に日が落ち、三人はスピリトーゴ男爵にもらったコートにくるまり、洞窟内に寝転がった。
オリバーは寝返りを打ったが、そのとき、コートがはだけるのを感じた。さらに、自分のズボンの、腰のあたりがソワソワする。誰だろう。スカイか。いや、ロイか。眠気がひどく、目を開けることはできなかった。




