62.帰還
《あらすじ》
バタバタバッタを利用し、高速動作できるようになったロイ。イーヨを演奏して女王蜂ドーラの体の自由を奪い、スカイが弓矢で撃破。キャンディローズマリーの蜂蜜を入手後、三人は次の蜂蜜を求めてジャングリラ大陸出発に向け、準備を始める。
フィリナム王国はジャングリラ大陸の東部に位置する国だ。周囲を背の高いヤシやゴムノキに取りかこまれている、高床式で木造の宮殿のなかでは、国王と臣下が額を突きあわせていた。
「陛下。今度こそ貿易条約を結ばなければ、ゲルニエに攻め込まれてしまいます」
「だが、大臣。それではこちらが不利──」
国王は喋るのをやめた。外から妙な音がする。
「何だ、あの音は」
「さあ…」
その重低音は音量を急激に増した。建物全体が上下左右に揺れる。すさまじい衝撃音とともに屋根が崩落した。国王と臣下達の悲鳴は飲み込まれ、全員が即死した。
それから三日経った。ハラパノ大陸のゲルニエ連邦内の都、市場で働く物売り達は、噂話に花を咲かせていた。
「聞いたかい? 蜂の化け物が出たって話」
太った中年女が、売り物の衣料品の合間から顔を突き出す。
「うん、外国人が弓でやっつけたんだってね。ヨルシアの」
やせた若い女が頷き、売り場に桃を並べる。
「ヨルシアの蛮族か」
今度は葉巻をくわえた初老の男が突っ込んだ。
「ああ。蜂と一緒に乗り込んできた原始人だよ。でもさ、エベスタンのテロ野郎もまとめてやっつけたんだって。あの薬物畑も焼き払ってくれたらしいよ」
中年女が片手で顔を仰ぐと、初老男が感心して頷く。
「ははあ、原始人は勇敢なこった」
物売り達はバカ笑いし合った。
一方、グリングリン大平原の南部の町では、かのテント宿の主とスカイ達が話し込んでいた。
「助けられなかった」
スカイはピアス男のピアスを、宿主に手渡した。宿主はひざまづき、その場でおいおいと泣き出した。
「化け物蜂の噂は聞いた。私もエベスタン人だ。だが連邦に服従し、ここでカンチェスタン人として生きてきたのだ。武器をつくり、同胞を助けながら」
ロイが通訳すると、スカイは宿主の前に樽をつきだす。
「ヤバネは全部殺したし、巣の中の卵も全部焼いた。でも、ゲルニエの軍人がきて、キャンディローズマリーの畑も焼いちゃった。キャンディビーの生き残りだけは連れてきたよ」
宿主はロイの通訳を聞いて樽を受け取り、さめざめと泣く。
「ありがとう。キャンディローズマリーならこの近くにも生えているから…」
「うん。ねえ、この蜂蜜、少しくれない?」
「あるだけ持ってけ。これも」
宿主が瑠璃色の石をスカイの手に握らせた。それはルビテナ村のエマや、ピアス男がつけていたのと同じ、ラピスラズリだ。よく見ると、何か植物の図柄が石に彫りこまれている。
「キャンディローズマリーだ」
オリバーが彫刻に目を釘付けにし、つぶやいた。
三人はテント宿に再び泊まり、ベッドに寝転んだ。
「何で『サイラスの刻』と同じ紋様が彫られてるんだろう」
オリバーがラピスラズリを手に取ってつぶやくと、スカイが身を起こした。
「ねえ。明日、はやく出発しよう」
「何」
「だって。きっとヤバネがどんどん増えてる」
「あのな。確認しとくぞ」
オリバーも体を起こした。ロイもつられて起きあがる。
「俺、スカイの言う、蜂を全滅させたいっていうのには賛成することにした。これからも協力する。お前は命の恩人だし、すげえかっこいいって思う」
「うん……」
不安なりにも同調するのはロイだ。そんなロイを見て、さらにオリバーの方も見て、スカイは少しはにかんだ。
「けど、全人類を救うのは無理だ。俺達子どもの出る幕じゃない。ゲルニエの奴を見たろ。エベスタン人の死体を蹴って笑ってた。人間同士が争ってんだぞ」
「うん……」
今度はスカイが深刻な顔で、オリバーに向かって頷く。
「お前はエベスタンが可哀想、ゲルニエが悪いとか思ってんだろ。でも、俺らは片方の言い分しか聞いてない。領土奪還をもくろむテロリストで、お互い様なんだ。だから今回のことは忘れろ。お前にも俺にも関係ない」
「うん……」
「簡単に人を信用するな。お前は素直すぎる」
熱心に言うオリバーに、スカイが言い返せるわけもない。それに、二歳年上のオリバーの言うことはときどき難しくて、ついていけない。一方、オリバーはスカイが理解しているのか疑わしくて、ますます目を鋭くする。
「今回も危なかった。バタバタバッタで助かっただけだ。だからとにかく、俺らはもっと力をつけるべきだ。それから、蜂蜜をとりにいく。その間、襲ってくる蜂は殺す。救えるものは救う。旅が終わって『七薬』がつくれたら、それを各国に融通する。それで初めて、蜂を全滅できると思う」
言いきったオリバーの、深い緑の目をスカイは見つめかえす。薄暗い部屋のなかで、その瞳だけが確かな信念を持ち、輝いていた。その輝きが、スカイには辛かった。
「わかったよ」
スカイは目をそらした。
翌朝、テントの前にハネコのラファドールが飛んできた。
「ラファ、どうした。ミケールは?」
ロイが両手で抱きとめると、ラファドールがニャゴニャゴ答える。
「何だって?」
スカイがラファドールの喉を撫でながら伺う。ロイは、ラファドールの背負っている小さなリュックサックを漁る。巻紙と大きさの違う砂時計が三つ、出てきた。
「ラファはミケールに会ったけど、楽譜を運ぶのは俺の仕事だから、お前はルビテナにいって、他の仕事してこいって、追っ払ったらしい」
「なんだそりゃ。じゃあルビテナに行ってるのかな」
「多分」
「で、それ、なんなの」
スカイはロイが手にする巻紙を指さす。ロイが広げると、それは楽譜だった。スピリトーゴ男爵からの手紙も添えられている。
「『親愛なるロイ 元気にしているか。私も城の皆も元気だ。ツェルビアは夏真っ盛り、城の周りにはライラックが咲いているよ。お前に新しい楽譜を送る。蜂を瞬殺できる曲が作れればいいのだが、これが難しい。精進して、いずれ作ってみせよう。ちなみに今回の楽曲『ドワーフの休日』は前と同じく蜂向けに作り、人間や哺乳類には作用しないと実証済みだ。だが、他の生物には作用するかもしれない。これは対象の体を小さくする楽曲だ』」
「小さく?」
スカイがすかさず突っこむと、ロイは続きを追いかける。
「『曲の速さによってその作用が変わる。一緒に入っている砂時計を活用しなさい。一番大きい砂時計があるだろう。それは約三分間で砂が落ちる。落ちるまでに弾き終わるくらいの速さで弾くと、蜂は十分の一のサイズになる。二番目に大きいのは、二分間。百分の一のサイズ。一番小さいのは一分間。千分の一』」
「速く弾くほど小さくできるんだな」
オリバーが要約すると、ロイは頷く。
「『イーヨだと運指が難しい。体力も消耗する。体が耐えられるよう、毎日練習しなさい。『アヌミラ人の踊り』とうまく使い分けて、駆逐に精を出してくれ。何か必要なものがあればラファに伝言しなさい。お前のことを誇りに思う。タッドより』」
読み終えると、ロイは楽譜を草地の上においた。イーヨを構え、ゆっくり試し弾きする。
「おお、なんか今度のは楽しい感じのやつだね」
明るい曲調を聞きながら、スカイは笑顔を浮かべる。そばを飛んでいるモンシロチョウを見た。みるみる小さくなり、スカイの爪くらいの大きさになった。
「これを速く弾けるようになればいいわけだ」
ロイはにんまりした。
テントに延泊しながら、ロイはイーヨの練習を、オリバーは薬草や毒草の調薬にはげんだ。一方、スカイはエボニーに乗りながら弓の練習をしたかったが、先日の一件で戦意喪失したのか、エボニーはすっかり訓練に応じなくなってしまった。仕方なく、一人で弓の訓練をしたり、麦藁で巣籠をたくさん編んだ。ヨルシアのライ麦の藁と違い、ハラパノの小麦の藁は柔らかく、あまり頑丈にならないが、形にはなった。
七月も終わりに近づいたある日、イーヨの練習をしていたロイが見事、『ドワーフの休日』をマスターした。スカイが砂時計をひっくり返すたび、ロイはその時間を逆算し、正確な速さで弾いてみせた。そこへ、オリバーが頭をぼりぼり掻きながらテントの方から歩いてきた。
「あー、困ったな。船が出ないぞ」
「どうしたの、オリバー」
スカイはオリバーの方を見る。
「ヤバネのせいで、ヨルシア大陸には渡航禁止令が出てる。最近、ジャングリラ大陸にもヤバネが出たみたいで、そっちも渡航禁止だ」
「じゃあ、他の大陸は?」
「言っちゃうと、全大陸NGだ」
「えー。どうすんのさ」
「困ったな」
スカイは空を見あげた。自分たちはここにとどまるしかないのか。ヤバネはやっつけたいが、村にも帰りたい。今頃ジャッキーはどうしてるのか。切なくなり、エボニーのたてがみを撫でた。すると急にいななき、駆け出していった。
「何だよ」
スカイはエボニーの後ろ姿を見て、舌打ちをする。ふと、周りが暗くなった。不思議に思って頭上を見あげる。
全長およそ五メートル、両翼の長さが十メートルはある巨鳥が、真上を旋回している。攻撃をしかけるでもなく、悠然と飛びまわっている。
「何なの、あの鳥」
スカイは少し動揺してオリバーの二の腕を掴む。一方のオリバーは、鳥の動きを観察する。間違いない。鳥は自分達を見ている。
「スカイ。もしかして…」
「ジャッキーだ!」
演奏をやめたロイが鳥を指さし、興奮している。
「ほら、スカイ! よく見ろ。あの羽音、あの飛び方、あの鳴き方。ジャッキーだよ!」
ロイはスカイの両頬を引っつかみ、無理矢理、鳥の方に顔を向けさせた。鳥は高度を下げ、スカイの前で宙返りした。




