61.激おそモーション
夢を見ているようだった。
みんなの体が止まっている。いや、止まっているんじゃない。ごくごくゆっくり動いてる。なんだ。遅い。激おそだ。瞬きするのに何時間かけるつもりなんだ?
ロイは笑った。これをオリバーが入手しようとしてたのも頷ける。もし人間をやめて光になったら、こういう感じなのか。すべてがスローモーションな世界で生き続けるんだ。すんごく退屈だろうな。スカイ、そんなやつ、早く殺してしまえばいいのに。そうだ。僕が代わりに殺せばいいんだ。あの蜂人の額を突き刺せばいいんだよな。
ロイはすたすた歩き、スカイの背負う矢筒から矢を一本、引き抜いた。それを握り、手前にいるドーラの額に刺してみた。だが、思ったより硬い。少しは肉に食い込むが、うまく奥まで刺さっていかないのだ。スカイと違って、非力な自分は弓を引けない。
どうしたものか。ロイは少し考えた。手をケガしてるからイーヨもまともに弾けない。それに、弾いたところで、蜂を殺せるわけじゃない。いや。でも待てよ。
ロイはイーヨを構え、手の痛みをこらえながら、ゆっくり、確実に「アヌミラ人の踊り」を弾いた。自分にはとっても遅いテンポだけど、みんなにとってはそうでもないはずだ。ロイは痛みに打ち震えながら、目をつむり、演奏に集中した。
まぶたのなかに、幼い頃の情景が浮かんだ。実母と自分が手をつないで、花畑を歩いてる。あれはいつの頃だろう。確かお母さんとピクニックに行ったときのことだ。お母さんに、なんで僕にはお父さんがいないのと聞いたら、いますよ、もうじき会えますよって言われたんだ。
その母の姿が消え、代わりに父と継母、それに義兄が現れた。みんなが自分を非難する。すると蜂の大群がやってきて、三人を飲み込んだ。今度はスカイがやってきて、蜂を全部飲み込んだ。もう大丈夫だよ、怖くないよって、笑った。
ロイは目を開けた。目の前にいるスカイとオリバー、ドーラの動作を見守った。ゆっくりゆっくり、ドーラの複眼が少し膨らんだ。スカイが大口を開けた。オリバーが糸を掴んで引き寄せた。
ゆっくりゆっくり、今度はドーラが歯を食いしばる。ドーラの顔がまったく動かなくなった。糸の巻かれていない後ろ足部分もだ。オリバーが唇を動かす。ごく低い声で「い」と言った。次に「ま」。さらに「だ」。スカイの手が矢筒に伸びる。その手が矢を取り、ゆっくりゆっくり、弓の弦につがえる。次のアクションで、スカイがこちらを見据えた。目元と口元に笑みが浮かんでいる。その口がゆっくりゆっくり、上下左右に動く。
ラ、コ、ロ、シュ、テ、プ、レ、レ、ク、テ、ピ、カ。レ、ク、シ、ア。
スカイが矢から指を離した。ゆっくりゆっくり、矢は正面に向かって飛んでゆく。回転をかけながら。
回転するさまを初めて視認したロイは、その軌道の美しさに見とれた。さらに、スカイの横顔も見た。
ただの少年の顔じゃない。研ぎ澄まされた集中力。確固たる決意。闘争心。その全部が、その黒い瞳に宿っていた。スカイの額の汗がゆっくり弾け飛び、ロイの鼻を濡らした。まるでその矢に、ロイ自身の胸が射抜かれるように錯覚した。
「いけー」
感極まり、ロイは喉が裂けるほど叫んだ。一瞬、ドーラの複眼がロイの姿を捕らえた。ロイは涙ぐみ、がむしゃらにイーヨを弾いた。手の痛みはどこかへ消えた。イーヨの鳴りざまに呼応するかのように、矢は静かに力強く、スクリューしながら、ドーラの額を貫いた。




