6.学校
スカイは畑道を猛然と走った。が、スピードを上げすぎて、ついてこられないバイオレットが派手に転んだ。
「おい、泣くなよ」
「だって、スカイが急かすから」
バイオレットは泣きながら怒鳴りつける。
「悪かったよ。ほら」
スカイがしゃがんで、後ろ手を伸ばすと、バイオレットは大泣きするのをやめた。それからおもむろに、スカイの背中に身を預けた。スカイはバイオレットをおんぶすると、早足で歩きだした。
「ねえ、ジャッキーの小屋、この前、ちゃんと閉まってなかったよ。気をつけてよね。あいつ、出たがりなんだから」
スカイにしがみつきながら、バイオレットが非難まじりに言う。
「お前、ギャーギャー泣いてたくせに、もう泣きやんだのか」
「女は、強くなくちゃ生きられないし」
急に気高く、偉そうな物言いをするバイオレットに、スカイはげんなりした。
「なんでビビはそんなにジャッキーが嫌いなんだよ」
「声も、匂いも、バサバサするのも嫌い。鶏とか、モズも」
「でも、カモが一番好きなんだろ」
「あれは食材。って、私の一番好きなのは黒りんごのパイ」
「ジャッキーはいい奴だよ」
「こないだ、私の頭、つっついたんだよ!」
バイオレットは激しい剣幕で言い返し、スカイの耳をつかむ。
「いってぇ。お前が怖がらせるからだろ」
「そんなことしてない!」
「扉を閉めるぞ、フォークナーきょうだい!」
学校の校舎の前で、腰の曲がった男性教師、モーガンが叫んだ。
「待って、先生」
スカイ達はモーガンの脇をすり抜け、校舎へと駆けこんだ。
学校は村の中心部にある、ルビテナ神殿の敷地内にあった。年代物で頑強な石造りの神殿とは対照的に、校舎は新しい木造平屋だった。その平家建ての中に大きな教室がひとつと、小さな研究室があった。
スカイ達が教室に入ると、他の生徒達はすでに着席していた。長方形の部屋には大きな杉の切り株を使った円卓が六卓並び、同じく木製の椅子がそれを囲み、子ども達がそれぞれ着席している。
村の学校はクラス分けはしておらず、同じ部屋に村中の、六歳から十五歳までの子どもたちがすべて収まっている。年齢は関係なく、皆が同じ教育を受け、分かる者が分からない者を補佐するのがしきたりだ。ときどき、仕事が暇になった大人が出入りすることもある。
学校教師はモーガンただ一人だった。養蜂家の子どもが多く、日頃から大切なミツバチと村人を野生動物から守るという名目のため、弓術と護身術だけはガルシアが特別に教えにきたが、それ以外はモーガンが一通りすべてこなした。教科書は自分でつくり、よその街にある印刷所まで行って印刷し、それを配布した。学科は母国語であるグリフィダ語からルビテナ神学、歴史学、算術、動植物学、地質学、薬学、器楽、声楽にまで至り、授業の後に毎回、試験を実施した。
モーガンは教師であり学者だった。一分一秒でも長く、自分の研究に時間をあてたいと願っていた。授業以外の時間は図書館で資料となる文献を探すか、教室の隣にある研究室にこもっていた。帰宅する間も惜しみ、研究室にはかまどと煙突だけでなく、水路まで引きこみ、寝泊まりしていた。それもあって年中、校舎前にある日時計を見て、時間を守らない子ども達に厳しくあたった。
そんな性分だから本人の授業内容は難しく、厳しかった。子ども達の音読の声が小さかったり、こっそりおしゃべりをしたり、居眠りしたりすると、モーガンは雷を落とした。「頭でっかちの死にぞこない」と陰口をたたかれようが、容赦なかった。そして決まって、同じ説教をした。
「君達は大切な村の税金で、教育を授かっている。この国において、レンガ壁の家に住み、朝からパンを腹一杯食べ、靴を履いて通学できる平民の子どもが、全体の何パーセントか知っている者はいるか。その税金は君達の親が汗たら水流して得た対価から徴収されている。よいか。ここでサボるということは、自分の親と自身の将来に唾を吐いているも同然である」
この言葉に真っ向から反論できる者は、一人もいなかった。
スカイとバイオレットが空いている後方の席に座ると、後ろから追いかけるように、モーガンも入室した。スカイは一刻も早く教科書を卓上に出さなければならないのに、バイオレットがブーツの紐を結びなおせと言いだした。それは最近、輸入された革のブーツで、行商人が宣伝していたのをアイリーンにねだって買ってもらったのだ。つくづく生意気な妹だと、スカイはぶつぶつ言い、靴紐を結びなおしてやった。
「おはよう。みんな揃ったな。おい、靴紐は家でしっかり結んでこい。じゃあ、歌おう」
モーガンはオルガンに向かい、「ルビテナ讃歌」の前奏を弾きだした。生徒たちは起立した。
蓮華の畑に 春風吹き抜け
北に臨むは アカラ山脈
空をも貫き 天までそびゆる
永遠に鳴らすは 平穏の鐘
ああ美しい 我がルビテナ
四季を伝える サイラスの刻
夏陽のなかで 白水沸き立ち
にがきアロエから 青菜の花まで
巡っておくれ 豊穣の坩堝
ああ芳しい 我がルビテナ
心震わす 朽ちゆく落ち葉
秋の足音 私を引き留め
旅立つ朝には 思いがくゆる
愛しい貴方よ 天色に染まれ
ああ懐かしい 我がルビテナ
歌いおわると、皆は礼をし、着席した。
「さすがルビテナ族の鑑。今朝も熱唱か」
同い年のサムが、スカイを見て笑う。スカイはこの、村に古くから伝わるルビテナ讃歌が好きで、いつもバカでかい声で熱唱してしまう。
「だって。いい歌だし」
「静かに。授業を始める。サム、『動植物学』の六十六ページを読みなさい」
モーガンが一喝すると、サムは起立して音読を始めた。
授業が終わってスカイはバイオレットとともに校舎を出ると、サムに声をかけられた。
「スカイ。明日の狩猟大会、参加するのか」
「えー? 選手としては参加しないよ」
「また助手か。でもお前、弓くらい引けるんだろ」
「引けるよ。でも、おばあちゃんが、物騒だからやめろって」
「物騒って」
「物騒なんだとさ」
サムは激しく笑い、スカイはふてくされた。実際、自分だって弓くらい引ける。それも、学校中の誰よりも上手い。
「お前のばあちゃん、面倒くせえな。俺は参加するぜ。ボブとジョンも参加するって言ってる」
「へえ。頑張って」
「おお。じゃあ、また明日な」
そう言って走りさるサムの背中に、スカイは手を振った。それからバイオレットと、校舎の隣にある神殿へ向かった。




