59.再会
オリバーを先頭に、皆は血痕の後を追った。だが、それは途中で途絶えていた。近くに人間の死体も、蜂人の姿もなかった。
「どこだ……」
「分からん」
「なんとなく、あっちの方のような気がするんだけど」
ロイが指をさした。そこには小高い丘があり、低木が生い茂っている。
「なぜそう思う」
ピアス男が尋ねる。
「だから、なんとなく」
実際に、ロイにはそこからわずかな音が聞こえていた。だが、ヤバネスズメバチの大きな重低音とも違い、小さくて軽い音だ。人の声かもしれないが、アリの歩く音かもしれない。
「あの蜂人間は夜も活動するのか」
「するよ」
「なら、夜明けまで待とう。交代で見張りをするんだ」
ピアス男が言うと、皆は頷いた。
その頃、巣に帰ったイーディスがドーラに肉団子を献上していた。部下の蜂が二匹とも殺されたことを報告するも、ドーラは意に介さなかった。さらに、肉団子の味が気に入らず、蜂蜜が食べたいと言い出した。イーディスは思わず顔をしかめたが、そういうところがかつて付きしたがっていた主人、大公のようで、少し嬉しくもあった。
「ですが、女王様。出産前に人間の肉で栄養をつけていただかないと」
ドーラが渋々、食事を再開したので、イーディスは恭しく頭を下げた。
肉ならこの幼い女王にいくらでもくれてやる。自分は食えなくてもいい、血はすべて飲み干したのだから。不思議だ。今まで人間の肉ばかり食べていたが、血液はさらにいい。体中が充実して、力がみなぎる。世が明けたら、あの人間どもの血をすべて吸い尽くしてやろう。その後はもっと大きい町に行って……。イーディスの心は弾んだ。
夜明けが近づいた。焚き火の火がくすぶるなか、ちょうど見張り当番だったオリバーが、ピアス男とロイを起こした。
「今日はキャンディビーを巣から出すな。ロイが『アヌミラ人の踊り』を弾くから」
「了解」
ピアス男は起き上がり、巣の入口を閉めた。
「ロイ。お前はもうイーヨを弾け。奴らがくるかもしれない」
ロイはそばのイーヨを手に取った。「アヌミラ人の踊り」を弾き出すと、スカイや皆が起き出した。オリバーはヌマグチから拡声器を出し、イーヨの音色を拡大した。やがて、東の空がじわじわ赤くなり、日が昇った。
ロイのイーヨを聞きながら、皆は警戒を続けた。スカイは近くの草を引っこ抜き、それをエボニーに与え、あたりを見回した。何も出てくる気配がない。スカイはエボニーのたてがみを撫でた。
なんの前触れもなく、エベスタンの兵士達がいきなり奇声を上げた。スカイが顔を上げた時には、三つの首が宙を舞っていた。そのうちの一つ、ピアス男の首が、スカイの足元にぼとりと落ちた。
近くの茂みから蜂人のイーディスが茂みから現れた。手にはオリバーの首根っこを掴み、ホバリングしている。オリバーはまだ生きてる。すぐさま助けたいのに、スカイの目はイーディスの姿に引き込まれた。昨日となんだか違う。若い女性の姿に変わりはないが、首が太くなり、肩周りの筋肉が発達している。前足の先端、爪が異様に長く鋭利になり、そこから多量の血が滴っている。よく見たら、両耳に木の棒のようなものを突っ込んでいる。耳を塞ぎ、イーヨの音色をブロックしているのだ。
スカイは思わず弓を構えた。だが、イーディスはオリバーの体を盾にする。スカイがためらっていると、イーディスはロイと目線を合わせ、超速で石を投げた。すんでのところでスカイが背中で受けた。
「ぐっ」
「スカイ! 大丈夫?」
石がスカイの背中で跳ね返り、地面に転がり落ちた。スカイはロイをかばいながら倒れ、急いで後ろを振り返る。二十メートルほど先にイーディスがホバリングしている。自分の肩甲骨のあたりを撫でた。指を見ると、鮮血がべっとりついている。鋭い痛みが体を貫き、思わずうめいた。イーディスは残忍な笑みを浮かべてゆっくり飛び、こちらに近づいてくる。
「ルビテナ以来だな、お前ら」
「ロイ! スカイ! 逃げろ」
オリバーはイーディスの言葉を無視して叫ぶ。
「覚えてるぞ。その不思議な道具で、私は眠らされたんだ」
イーディスは恨みを込め、なおも喋り続ける。
草の上で仰向けになったロイは、自分に覆い被さるスカイの頭ごしに、イーディスの醜悪な顔を見た。もうイーヨは効かない。あまりの恐ろしさに足がすくんで、目をつぶった。
「ロイ! 殺られるぞ!」
「この化け物め!」
スカイはロイをかばいながら後ろを振り向き、矢を構えた。その直後、肩甲骨が猛烈に痛んだ。イーディスはまたしてもオリバーを盾にする。オリバーは暴れて、メガネを地面に振り落とした。
「化け物? それ、前にも言われたな」
イーディスはほくそ笑む。
「なんの話だ」
スカイは照準を絞る。背中が痛くて死にそうだ。イーディスはオリバーを目の前に吊るし、高笑いする。
「お前らが我が城に乗り込んだとき。汚い年寄りが近くにいたんだ。その馬と一緒に」
イーディスはエボニーの方を顎でしゃくった。エボニーは怯えてブルルルと唸る。
「なんだって……」
「銀髪に青い目の、イカれたババア。私に食われるとき、なんて言ったと思う? 私の自慢の孫が、必ずお前達を全滅させるって」
イーディスは胸に手を当て、声を立てて笑った。おかしくてたまらなかった。現にあの老女は自分に食われた。孫だって? 居るなら出てきてみろ。
一方、スカイの頭のなかで理性の糸が切れた。それから、アイリーンの顔が目に浮かんだ。その顔がスカイに向かってほほえみかけた。ほほえんだまま、闇に堕ちていった。
「おい、知ってるか」
スカイの声はかすれた。
「何がだ?」
イーディスはまだ笑っている。
「お前らが誰かを傷つけるとき。そうやって自分のことも傷つけてる」
「はあ?」
「お前らは仲間がやられても、助けない。食いたいか、食いたくないかしかない。自分で自分を、醜い化け物にしてる」
イーディスはなおも笑い続けた。だからどうした。説得は効かない。
「お前らはどんなに群れたって。強くなれない。俺達に勝てない」
スカイはオリバーと目が合った。オリバーはピントの合わない顔をして、それでも首を何度も縦に振る。
まるで潮が引くように、スカイの背中から痛みが消えた。溶岩のように、全身の血が沸きたつのを感じた。なのに頭だけは変に冷えて、冷静でいられた。笑い続けるイーディスを前に、弓を構えた。
「おい。いいのか。こいつが死んでも──」
イーディスはオリバーの首を前足でしめる。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。ランダギア」




