55.アブブ密林
高地のエベスタンと違い、低地のヤベスタン共和国は蒸し暑かった。
「よし、行くぞ」
オリバーが地図を片手に、シダ植物がうっそうと生いしげる密林に入った。どこから何が出てきても矢を放てるよう、スカイは弓を構えた。一方、ロイはイーヨを軽く撫で、鼻歌を歌っていた。
「二代目イーヨでは、もっとレパートリー増やそうと思ってんだ」
ロイが機嫌よく言うも、他の二人からの返事はない。
「たとえば、僕達の周りにバリアを張る曲とか。敵をアリみたいにちっちゃくする曲とか」
ロイは一人で続ける。
「そういうの、すごい戦力になると思わない? 伯父様は天才だから作れると思うんだ」
ロイは得意になって、イーヨを頭上にかかげる。が、他の二人は無反応を続ける。
「なんだよ、無視しやがって」
「なら今すぐミケールに命令しろ。スピリトーゴ男爵に曲、つくってくれって連絡だ」
オリバーが厳しく突き放した。手には自前のナイフを持ち、シュッシュッと素振りしている。
「えー? かわいそうだよ、こんな遠くにきてるのに。な、ミケール」
ロイがミケールの頭を撫でて言うと、ミケールはニャゴニャゴ返事し、すぐさま飛び立った。
「何……。ここは暑いしツェルビア行ってくるって……」
ロイは呆気に取られて頭上を見上げる。
「えー。頼もしいね」
スカイも見上げた。木々に囲まれ、狭くなった青空に三毛模様が吸い込まれていった。
三人はさらに森の奥に進んだ。次第に暗くなり、視界が悪くなってきたので、スカイが火を起こした。その松明をオリバーがもち、スカイは弓を手にした。
「その辺からブワーッて出て、ウワーッてなんないだろうな」
ロイはスカイの隣をへっぴり腰で歩き、服の裾を掴む。
「ブワーッて何が」
「ブワーッて、クモが……」
ロイが両手を振り上げると、手が何かに触れた。バンザイしたまま、へばりついてて下ろせない。斜め上の暗がりに黄色く光る目が八つ、こちらを見ている。ロイは言葉を失った。
空間にまっすぐ線を引くように、太い糸がピンと伸びた。それはロイの顔にきつく巻きついた。スカイが気づいたときには、ロイの全身は巨大な糸巻きと化していた。スカイの頭上には半透明の、太い糸が張りめぐらされている。その上をすべるように、巨大なネバグモが迫ってきた。
スカイは弓を引いた。だが、ネバグモは八つの目でそれを察知し、巨体をひるがえした。一本。二本。矢は当たらない。スカイは焦って糸を狙う。だが、糸に触れた矢は滑り、次々に落下してゆく。
「スカイ! 橋糸を狙え!」
オリバーが松明とナイフを振り回す。
「橋糸?」
「外側の糸!」
言われて、スカイはクモの巣の全体像を俯瞰した。巣は中心から縦糸が放射状に伸びている。その間を接続するのが横糸で、どろっとした粘液が垂れている。縦糸の端を繋いで外郭を形成し、木に巻き付いているのが橋糸だ。オリバーのナイフが一部を切り落としたものの、巣はその形状を保っている。クモは口をあけ、今にもロイを丸呑みしようと接近する。
スカイは深呼吸し、目を閉じた。ガルシアの言葉が頭のなかに響く。
雲。そう、自分が雨雲になるイメージだ。その雲から雨粒がひとしずく。また、ひとしずく、降り落ちる。降り落ちる先は地面ではない。目の前の相手だ。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ」スカイは目を開いた。体温の上昇とともに、弦を引き絞った。「ランダギア」
まるで慈雨のように、二十本の矢が空を切り裂く。橋糸を貫き、次々に糸がちぎれ、クモは巣ごと落下した。そのすきにオリバーがロイを抱えて逃げた。仰向けになったクモはばたついていたが、腹から糸を素早く出し、枝に巻きつけた。背中に多量の糸をくっつけたまま、クモはそれにぶら下がり、ターザンするようにスカイを飛び越す。オリバーの前に着地すると、新たな糸を噴き出した。
「スカイ! 早く逃げろ!」
松明を取り落とし、糸でぐるぐる巻きのオリバーが叫んだ。だが、スカイは無視した。なんだか興奮している。ランダギアをやった後なのに、以前よりずっと体がもってるのだ。むしろ湧き水のように、体の底から力が湧く。
再び深呼吸し、目を閉じた。今度は段取らなくても分かってる。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。レクシア」
暗い森林の中を、強烈な閃光が走った。その光線はまっすぐ正面に伸び、クモの腹を縦に貫いた。おぞましい唸り声を上げ、クモは八本足を大きく開き、絶命した。
腹に突き刺さった矢から、ぶすぶすと音を立て、煙がたちのぼった。スカイはクモの巨体を横切り、オリバーを抱き起こした。ヌチャヌチャになった糸を力づくではぎ取り、オリバーを助け出した。さらに、サナギのようになったロイも、少しずつ、糸をはぎ取った。ロイは窒息寸前だったが、どうにか息を吹き返した。足をくじいたらしく、うまく立てずにいた。
「ああ……ねえ」
ロイはスカイに支えてもらいながら、前方を指し示す。そこには母グモを失った子グモ達が、怯えながらたむろしていた。
「ねえ。どうすんのさ、それ」
アブブ密林から出る道すがら、ロイが鋭い目つきでオリバーを見る。
「どうって。この中で飼う」
オリバーは鶯色のヌマグチを手に取り、ひょうひょうと言い返す。
「飼う? その気持ち悪いイボイボの中で? その化け物の子をか?」
「ああ」
「本気?」
「本気」
ロイは怒りが収まらず、オリバーの襟首を掴む。
「おい。絶対に。絶対に、必要なとき以外、開けんなよ」
「ああ、多分」
「多分ってなんだ」
「オリバーって優しいんだね。母さんグモ、俺が殺しちゃったから、引き取ってあげるんだろ」
スカイがにっこり微笑むと、二人は一瞬、目が点になった。
「……いや。そうじゃねえだろ」
ロイが再び怒りを爆発させ、首をブンブン振りまくる。
「いいや、スカイの言うとおりさ」
オリバーは鼻で笑う。
「こんな気色悪い生き物……」
「ねえ、聞いて」スカイの真剣な表情を前に、二人はつかみ合うのをやめた。「俺、体力ついてきた。ランダギア、前より連射数が増えた。それに、それをやった後、すぐにレクシアができたんだ」
スカイは嬉しくてしょうがなかった。これなら射手が一人でも、蜂と渡り合える。本気でそう思えた。
「あー、すごいよ」
ロイは仏頂面で言う。なぜだか胸糞悪かった。スカイはそれに気づかず、笑顔を輝かせる。
「体力つけてよかった。俺、もっと頑張る。みんなのこと、守ってあげられるよ」
スカイはかがんで、拗ねてるロイをおんぶした。




