54.取引
スカイ達はゲルニエ連邦を縦断した。途中、グリングリン大平原を通り、スカイはあちこち見回した。青々しい草がうっそうと生い茂り、夏日を受けて輝いていた。
「ねえ、ここのどこかにキャンディローズマリーが生えてるんでしょ。またここに戻ってくるんだよね?」
エボニーをゆっくり歩かせるオリバーを見上げ、スカイが尋ねる。
「ああ。六日以内に戻る。だが、原生地の正確な場所が分からん」
オリバーは馬上からスカイを見下ろし、顎を親指と人差し指で支える。
「ところで、ここらの草は特に葉の色が濃いね」
オリバーの後ろに乗るロイは、不思議そうに見渡す。
「ちょうどバタバタバッタとおんなじ色だよね。そうだ。ねえ、ヌマグチ貸して」
スカイは閃いた。オリバーからヌマグチを受け取ると、そこから巣籠を取り出した。村を出る前に編んできたもので、中にオオルリミツバチはいない。スカイはそれを地面に置いた。
「どうすんの、それ」
ロイが不思議そうにそれを見下ろすと、スカイははつらつと笑った。
「ちょっとした仕掛けだよ」
三人が平原を抜けた直後のことだった。蜂人が一人、その場に飛んできた。平原にポツンと置かれた巣籠をしばらく観察していたが、やがて飛び去った。
モルグル王国を出て二日後のことだった。スカイ達はゲルニエ連邦内の小国、カンチェスタン共和国に入り、そこから東の国境を越えようとした。が、道路封鎖されていた。ロイが近くの軍人に尋ねると、カンチェスタン共和国と、隣接するエベスタン共和国との間で紛争が勃発したため、民間人の通行は許可できないという。
ロイが言われたままをオリバーに伝えると、オリバーは腕組みして頭を傾げた。
「うーん。でも、どうしてもアブブ密林に行きたいんだが……」
「蜂をやっつける前にこっちがやっつけられんだろ」
ロイが軍人の持つ剣をさして怒った。
「ひとまず今日は、近くの宿に泊まろう」
オリバーが答え、そばの宿屋を訪れた。客室はすべて草原に散らばるテントで、皆は宿主についていき、ドーム型のテントに案内された。壁沿いのベッドにそれぞれ入り、皆は眠りについた。
深夜になった。スカイとオリバーは寝入っていたが、耳のいいロイは人声で目が覚めた。テントの外で、外国人達が話し合っている。その気だるい、独特な喋り方には聞き覚えがあった。
ロイはこっそりテントを抜け出した。夜空には半月が浮かび、湿り気のある風が吹いていた。その下で、二人の男達が木箱を指さして口論している。一人は数時間前に見た宿主だ。もう一人は知らない男で、平べったい帽子をかぶっていて、夏だというのに膝まで隠れるコートを着ている。コートに施された金の刺繍が、月に照らされ怪しげに輝いた。ロイはその明かりを頼りに、木箱の中を見た。筒の長い鉄砲だ。宿主は鉄砲を差し出すも、コートの男の持つ札束に文句をつけている。
ロイは震え上がり、音も立てずにテントに退散した。ベッドの中で待ってたミケールが小さく鳴いた。ロイはミケールを力の限り抱きしめ、布団のなかでガタガタ震えた。
夜が明け、ロイは二人を叩き起こした。
「おい。なんで起きてくんなかったんだよ。ゆうべ、大変だったんだぞ」
「何が?」
スカイが目をこすった。
「テントの前で、武器の取引、してたんだ」
「武器?」
「そうだよ。触ってないから何言ってんのか分かんなかったけど、鉄砲の」
「うわー。さすがゲルニエは進んでるな」
オリバーは感心して目を輝かせる。
「感心してる場合か。俺、もうその後から眠れなくて……。と、トイレ行けなくて……」
「でもさ。人間だろ」
「え?」
オリバーの白けた言い方に、ロイは素っ頓狂な声を出す。
「蜂ではない」
「まあ、そうだけど……」
「そいつら兵隊か?」
「よく見えなかったけど、そういう感じじゃなかったよ。もっと民兵っぽいっていうか……。平べったい帽子かぶってて、派手な刺繍のロングコート着ててさ」
ロイに言われて、オリバーは拳でもう一方の手のひらをポンと叩いた。
「多分、エベスタン人だ」
「そうなの? どうしてこんなところに?」
「分からん。でも戦争中なんだ。武器の取引があってもおかしくない」
「そうだけど。ばかに暑そうな格好してた」
「エベスタンは大陸南部の国だけど、高山帯だ。高地はすごく寒いんだ。標高二千メートル以上の地で冬場はマイナス三十度まで下がり──」
「それで、どうするの」
スカイが解説を遮ると、オリバーは目を輝かせ、メガネの鼻あてを指で上げる。
「いい案がある」
三人はその夜も同じ宿に泊まることにした。オリバーに言われた通り、ロイは宿主が寝泊まりするテントに出向いた。
「あの、ちょっと困ってることがあって」
ロイはそわそわして尋ねる。
「どうしました?」
「えーと……、僕らはモルグルから来た者だけど、エベスタンの親戚に会いにきたんです。どうにか行くルートはありませんか」
「そう言われても、お力になれることはありませんネエ」
宿主は物言いは丁寧だが、目は笑っていない。場合によってはタダじゃ済まさないぞと訴えてるのが分かり、ロイは体を縮めた。
「そうですか。あそこは寒くて、物入りだと手紙で知って。たくさん、セカラウールを持ってきたんですけど」
「セカラウール?」
宿主の声色ががらりと変わった。目も物欲しそうな目つきになっている。ロイは心のなかでガッツポーズを決めた。
「ええ。もう帰るしかないですよね。それじゃ」
「お待ちを」
宿主が目を細め、ニヒルに笑った。ロイは何も言わずに見返す。
「ひょっとしたら、お力になれるかもしれませんネエ」
その晩、三人は宿主とともに同じテントの前で待機した。そこへ、ラバの馬車に乗った男が現れた。暗がりで見ても、ロイはそれが前日の男だと分かった。
「セカラウールを持ってるって?」
「ああ。この客が持ってる。代わりにヤベスタンまで運んでやってくれ」
宿主が言うと、男は仏頂面でスカイ達を見た。オリバーがヌマグチからずるずるとウールの束を引きずりだすと、男は目を丸くし、それを品定めし始めた。
「後ろに乗りな」
スカイ達は宿にエボニーを待機させ、エベスタン人の男の馬車に乗り、夜道を駆け抜けた。屈強なラバは力強く登り坂を前進してゆき、スカイは息を飲んだ。どうやらここは軍隊にもマークされていない秘密の抜け道らしい。ときどき、松明を持った人間が立っているが、この男の仲間なのか、行く手を制止されることもなかった。
やがて朝になり、昼になり、夕方になった。馬車は無事にヤベスタンとの国境まで辿り着いた。
「ここで降りろ。ヤベスタンは暑いし、野生動物は危険だぞ。気をつけな」
「ありがとう。ねえ、帰りも頼みたいんだけど」
ロイが緊張して言う。
「あんだけウールをもらったんだ。この町に一軒だけ、パブがある。そこの店主にこの襟巻きを見せろ。ゲルニエ連邦まで帰してやるよう、伝えとく」
男は複雑な絵柄の襟巻きをロイの首に巻くと、来た道を引き返していった。
「いい人だったね」
ロイの通訳にスカイはにっこり微笑んだが、オリバーは笑わなかった。
「利害が一致しただけさ」
「どういうこと?」
「あの男。多分、テロリストだ」




