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全滅まであと何日  作者: taki
第三章〜ハラパノ大陸編〜
53/79

53.洞窟の羊

 ロイとオリバーは再びエボニーにまたがり、スカイはその後ろを走り、東へ移動した。

「ところで、バタバタバッタの好きな餌場ってどこだ」

 手綱を握りしめるオリバーに、ロイが尋ねた。

「草の生えてるとこだ」

 オリバーは言い捨て、進路から目を離さない。

「なんだよ。いつもの詳しい図鑑解説はどうしたよ」

「どうもこうもない」

 ロイはオリバーの背中をまじまじ見る。いつもの余裕がまったくなく、なんだか笑えた。

「おい。エボニーがもっと堂々としろってさ」

「うるさい」

「僕が代わった方が案外、いいんじゃない?」

「うるさい」

「だってへっぴり腰で──」

 ロイの耳元で何かが唸り声をあげ、素通りした。髪が何本か切れ飛んだ。スカイの矢がすれすれで飛び、何かを仕留めた。

「やったよ!」

 後ろからスカイが叫ぶ。オリバーが何ごとかとエボニーの手綱をひき、立ち止まった。スカイはダッシュして、地面の上に両手をつくと、何かを拾った。

「ほら」

 スカイの手のひらには真緑色の、糸のように細い「バタバタバッタ」が乗っていた。


 バタバタバッタの羽を食べたエボニーとスカイは、普段の十倍の速さで大地を駆け抜け、大きく距離を稼いだ。その効能が切れた後は、スカイは適当な的になるものを探し、弓を引き続けた。


 こんなに走って走って走りまくって、弓を引き続けたことはない。だけど気持ちは充実していた。何もしないとネガティブ思考になってしまうから、それでよかった。ランダギアの練習は、レクシア以上に集中力と体力が要る。今はまだ十本ほどしか連射できない。が、確実に本数は増えている。ときどき遭遇する牛や水牛の背を飛び越え、野生馬と競走し、ウサギやヒバリに照準を合わせて捕まえた。


 七月に入り、季節は夏とはいえ、夜は冷え込んだ。皆は焚き火を囲んだ。ロイが「蓬莱」を弾き、そばでスカイが寝息を立てた。オリバーは薬草や毒草を採集しながら、ロイに話しかけた。

「お前の二代目イーヨも、いい感じだな」

「うん。鳴りがいいだろ。みんなの疲れもとれやすくなったと思うんだ」ロイは得意になって弾き続ける。「それでも、スカイって超タフだよな」

 ロイは改めてスカイの寝顔を見る。

「こんな一生懸命な奴から、これ以上何も奪うなって僕、思う」

 オリバーは採集する手を止め、ロイを見た。それから今度はスカイを見た。本人は軽いイビキをかいている。自分より二つ年下の少年は、喋り方もふるまいも幼い。明るく健気で、可愛いと思う。だが、過酷な運命を背負い、真っ向から弓を引く姿を、オリバーは尊敬していた。天涯孤独になった自分は故郷を離れ、根なし草のような暮らしをしているのに、不思議と辛くなかった。滅多に他人を信用しない自分なのに、信じがたいことだった。それはロイも同じなのではないかと想像した。それでも、感情表現が下手なオリバーは、特に表情は変えずに言った。

「女王蜂が成虫になるまであと一週間。俺らが全力でサポートすんぞ」


 カミキリン王国を出て三日後、三人はモルグル王国、ファミンウード高地に到着した。この地のモルグル人はゲルニエ人より背が低くて顔の彫りが浅く、牧畜を営む民だ。長いローブに帯をつけ、ゆったり町を行きかっている。

「同じ草原でも、なんか寒いな」

 ロイが身震いすると、オリバーが地図を見せた。

「ここはかなり北だし、高地だから」

「じゃあ、また聞き込みか。今日は絶対、屋根のあるとこに泊まる。羊乳のチーズも食う」

 ロイが意気込んで言うと、スカイは目の色を変えた。

「羊乳のチーズ? 俺も大好きなんだ」


 あたりを聞き込みしたが、ジャッキーどころか、テイオウワシの情報すらなかった。スカイが肩を落とすと、ロイがその肩を叩いた。

「とにかく飯屋にいこう」


 三人は飯屋に入った。そこで羊乳のチーズパンとチーズ饅頭、チーズ餃子、チーズビスケットを堪能した。

 店を出るときだった。店員が玄関から入ってきて、ブツクサ言い出した。

「まったく。奴の強情っぷりには困ったもんです」

「またか? もう、ほっとけ」

 店主は半眼で答える。

「どうしたの?」

 スカイが話に割り込んだ。

「飼ってる羊が一頭、山から降りてこないらしいよ」

 ロイが通訳した。


 スカイ達は店を出て、裏山へと向かった。青草が生い茂り、一帯には何百という羊が草をはんでいた。

「どうしてそんなおせっかいするんだよ」

「だって、困ってただろ」

 スカイは坂を登りながらロイヘ言い返す。

「それにしてもすげえ羊の数だ」

 羊がゲエゲエ鳴きながら、ロイの尻をつついた。

「いてっ。おかしな羊め。メエメエ鳴いとけ」

「セカラシカヒツジ。ハラパノ大陸のファミンウード高地原産。臆病で寝食以外は延々ゲエゲエと鳴き…」

「その羊に聞いてよ。問題の羊はどこかって」

 スカイがオリバーの解説を無視すると、ロイは近くの羊の背中に触れた。

「山の洞窟ん中だって」


 三人は洞窟の入口に辿り着いた。オリバーが松明(たいまつ)で照らすと、穴の奥からゲエゲエと鳴き声が聞こえた。

「いる。触んないと言葉はわかんないけど。怯えてんのは分かる」

 ロイが哀れに思い、つぶやいた。


 ようやく行き止まりに辿り着いた。松明に照らされているのは羊だ。だが、巨大な綿わたの塊にしか見えなかった。

「なんだ? モンスターか?」

「よく見ろ。下に顔がある。羊だ」

 スカイは羊を注意深く観察した。伸びすぎた毛皮が穴につっかえ、出てこられなくなった羊は、爆毛のわりに体はやせているようだ。羊は悲しみに暮れ、ゲエゲエ鳴き続けている。

「ロイ、通訳して」

「毛刈り、大嫌い。でもお腹空いた。刈らせてやるから、穴から出してくれ、だって」

 オリバーが自前のナイフを器用に使い、毛を少しずつカットした。カットした分はスカイとロイがヌマグチに突っ込んだ。


 カットが終わり、羊は無事に洞窟から出た。ロイがいきさつを店主に告げると、熱烈に感謝された。

「ああ、よかった。あいつは強情だけど、いい子どもをたくさん産むんだよ。その『セカラウール』はそのまま持ち帰ってくれ。いいコートが作れるよ」

 コートと言っても、季節はもう夏だ。スカイ達が微妙な反応をしているのを察して、店主は笑顔を浮かべてさらに言う。

「セカラウールって言ってね。よそでは結構な値打ちものなんだよ。持っていってくれ」


 オリバーはヌマグチから地図を出した。ハラパノ大陸全土の地図で、オリバーは現在地を指さした。

「今いるのがここ。こっから遥か南にくだって、ヤベスタン共和国に入りたいんだ」

「もしかして、最初に言ってたクモ、とりに行くの?」

 恐れをなして、ロイが尋ねた。

「そう。じゃあ、いくか。だいぶ馬乗りらしくなったろ、俺」

 オリバーが馬上でメガネのフレームを持ち、痩せ我慢して言うと、スカイもロイも顔を見合わせた。それから満面の笑みを向けた。

「うん」


 その頃、グリングリン大平原の片隅で、女王蜂の一人、ドーラは巣づくりに励んでいた。今は自分と三人の部下しかおらず、空腹で倒れそうだった。

「狩りに出てまいります」

 蜂人の部下がそう言って、巣を後にした。

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