53.洞窟の羊
ロイとオリバーは再びエボニーにまたがり、スカイはその後ろを走り、東へ移動した。
「ところで、バタバタバッタの好きな餌場ってどこだ」
手綱を握りしめるオリバーに、ロイが尋ねた。
「草の生えてるとこだ」
オリバーは言い捨て、進路から目を離さない。
「なんだよ。いつもの詳しい図鑑解説はどうしたよ」
「どうもこうもない」
ロイはオリバーの背中をまじまじ見る。いつもの余裕がまったくなく、なんだか笑えた。
「おい。エボニーがもっと堂々としろってさ」
「うるさい」
「僕が代わった方が案外、いいんじゃない?」
「うるさい」
「だってへっぴり腰で──」
ロイの耳元で何かが唸り声をあげ、素通りした。髪が何本か切れ飛んだ。スカイの矢がすれすれで飛び、何かを仕留めた。
「やったよ!」
後ろからスカイが叫ぶ。オリバーが何ごとかとエボニーの手綱をひき、立ち止まった。スカイはダッシュして、地面の上に両手をつくと、何かを拾った。
「ほら」
スカイの手のひらには真緑色の、糸のように細い「バタバタバッタ」が乗っていた。
バタバタバッタの羽を食べたエボニーとスカイは、普段の十倍の速さで大地を駆け抜け、大きく距離を稼いだ。その効能が切れた後は、スカイは適当な的になるものを探し、弓を引き続けた。
こんなに走って走って走りまくって、弓を引き続けたことはない。だけど気持ちは充実していた。何もしないとネガティブ思考になってしまうから、それでよかった。ランダギアの練習は、レクシア以上に集中力と体力が要る。今はまだ十本ほどしか連射できない。が、確実に本数は増えている。ときどき遭遇する牛や水牛の背を飛び越え、野生馬と競走し、ウサギやヒバリに照準を合わせて捕まえた。
七月に入り、季節は夏とはいえ、夜は冷え込んだ。皆は焚き火を囲んだ。ロイが「蓬莱」を弾き、そばでスカイが寝息を立てた。オリバーは薬草や毒草を採集しながら、ロイに話しかけた。
「お前の二代目イーヨも、いい感じだな」
「うん。鳴りがいいだろ。みんなの疲れもとれやすくなったと思うんだ」ロイは得意になって弾き続ける。「それでも、スカイって超タフだよな」
ロイは改めてスカイの寝顔を見る。
「こんな一生懸命な奴から、これ以上何も奪うなって僕、思う」
オリバーは採集する手を止め、ロイを見た。それから今度はスカイを見た。本人は軽いイビキをかいている。自分より二つ年下の少年は、喋り方もふるまいも幼い。明るく健気で、可愛いと思う。だが、過酷な運命を背負い、真っ向から弓を引く姿を、オリバーは尊敬していた。天涯孤独になった自分は故郷を離れ、根なし草のような暮らしをしているのに、不思議と辛くなかった。滅多に他人を信用しない自分なのに、信じがたいことだった。それはロイも同じなのではないかと想像した。それでも、感情表現が下手なオリバーは、特に表情は変えずに言った。
「女王蜂が成虫になるまであと一週間。俺らが全力でサポートすんぞ」
カミキリン王国を出て三日後、三人はモルグル王国、ファミンウード高地に到着した。この地のモルグル人はゲルニエ人より背が低くて顔の彫りが浅く、牧畜を営む民だ。長いローブに帯をつけ、ゆったり町を行きかっている。
「同じ草原でも、なんか寒いな」
ロイが身震いすると、オリバーが地図を見せた。
「ここはかなり北だし、高地だから」
「じゃあ、また聞き込みか。今日は絶対、屋根のあるとこに泊まる。羊乳のチーズも食う」
ロイが意気込んで言うと、スカイは目の色を変えた。
「羊乳のチーズ? 俺も大好きなんだ」
あたりを聞き込みしたが、ジャッキーどころか、テイオウワシの情報すらなかった。スカイが肩を落とすと、ロイがその肩を叩いた。
「とにかく飯屋にいこう」
三人は飯屋に入った。そこで羊乳のチーズパンとチーズ饅頭、チーズ餃子、チーズビスケットを堪能した。
店を出るときだった。店員が玄関から入ってきて、ブツクサ言い出した。
「まったく。奴の強情っぷりには困ったもんです」
「またか? もう、ほっとけ」
店主は半眼で答える。
「どうしたの?」
スカイが話に割り込んだ。
「飼ってる羊が一頭、山から降りてこないらしいよ」
ロイが通訳した。
スカイ達は店を出て、裏山へと向かった。青草が生い茂り、一帯には何百という羊が草をはんでいた。
「どうしてそんなおせっかいするんだよ」
「だって、困ってただろ」
スカイは坂を登りながらロイヘ言い返す。
「それにしてもすげえ羊の数だ」
羊がゲエゲエ鳴きながら、ロイの尻をつついた。
「いてっ。おかしな羊め。メエメエ鳴いとけ」
「セカラシカヒツジ。ハラパノ大陸のファミンウード高地原産。臆病で寝食以外は延々ゲエゲエと鳴き…」
「その羊に聞いてよ。問題の羊はどこかって」
スカイがオリバーの解説を無視すると、ロイは近くの羊の背中に触れた。
「山の洞窟ん中だって」
三人は洞窟の入口に辿り着いた。オリバーが松明で照らすと、穴の奥からゲエゲエと鳴き声が聞こえた。
「いる。触んないと言葉はわかんないけど。怯えてんのは分かる」
ロイが哀れに思い、つぶやいた。
ようやく行き止まりに辿り着いた。松明に照らされているのは羊だ。だが、巨大な綿の塊にしか見えなかった。
「なんだ? モンスターか?」
「よく見ろ。下に顔がある。羊だ」
スカイは羊を注意深く観察した。伸びすぎた毛皮が穴につっかえ、出てこられなくなった羊は、爆毛のわりに体はやせているようだ。羊は悲しみに暮れ、ゲエゲエ鳴き続けている。
「ロイ、通訳して」
「毛刈り、大嫌い。でもお腹空いた。刈らせてやるから、穴から出してくれ、だって」
オリバーが自前のナイフを器用に使い、毛を少しずつカットした。カットした分はスカイとロイがヌマグチに突っ込んだ。
カットが終わり、羊は無事に洞窟から出た。ロイがいきさつを店主に告げると、熱烈に感謝された。
「ああ、よかった。あいつは強情だけど、いい子どもをたくさん産むんだよ。その『セカラウール』はそのまま持ち帰ってくれ。いいコートが作れるよ」
コートと言っても、季節はもう夏だ。スカイ達が微妙な反応をしているのを察して、店主は笑顔を浮かべてさらに言う。
「セカラウールって言ってね。よそでは結構な値打ちものなんだよ。持っていってくれ」
オリバーはヌマグチから地図を出した。ハラパノ大陸全土の地図で、オリバーは現在地を指さした。
「今いるのがここ。こっから遥か南にくだって、ヤベスタン共和国に入りたいんだ」
「もしかして、最初に言ってたクモ、とりに行くの?」
恐れをなして、ロイが尋ねた。
「そう。じゃあ、いくか。だいぶ馬乗りらしくなったろ、俺」
オリバーが馬上でメガネのフレームを持ち、痩せ我慢して言うと、スカイもロイも顔を見合わせた。それから満面の笑みを向けた。
「うん」
その頃、グリングリン大平原の片隅で、女王蜂の一人、ドーラは巣づくりに励んでいた。今は自分と三人の部下しかおらず、空腹で倒れそうだった。
「狩りに出てまいります」
蜂人の部下がそう言って、巣を後にした。




