51.港湾都市トルポリ
よく晴れた空の下、ヨルシア大陸東端の港町、ポルケットを出港した大型帆船は、ハラパノ大陸に向けて航海していた。
「女王蜂が成虫になるまであと三週間。あまり時間がないけど他のアイテムを増やしておきたいんだ」
海風を顔に受けながら、オリバーが提案した。本人はいつもの紫色のヌマグチだけでなく、鶯色のヌマグチを肩紐にかけ、虫取り用の網を手にしている。
「どんなの?」
ロイがイーヨを弾きながら、オリバーの持ち物を不気味がる。そのイーヨは二代目で、楽器屋がルビテナメープルで製作してくれたものだ。
「飲むと動きが速くなる薬と、敵を拘束できる道具」
「そんなものが作れるの」
スカイは連れてきたジャッキーとミケール、エボニーを優しく撫でる。エボニーはヒヒヒンといなないた。
「ああ」
スカイ達三人は村を出て、国を出て、大陸を出た。今は船上だ。そこまでして「七薬」の材料が必要なのかと村人達は顔をしかめたが、領主のナッシュビルは賛成してくれた。スカイは本当なら弓の名手、ガルシアにも旅についてきてほしかったが、村を守る役目があるからと断られた。残念だが、同時にほっとしていた。憂いに満ちた故郷にいるより、外界へ出ていたかった。
「オリバーは時計技師じゃなく、発明家なんだね」
スカイが船のへりに頬杖をつき、下手くそに微笑む。オリバーはその倍は下手くそに、ほんの少しだけ笑う。
「自分にできることをやってるだけだ」
「ロイは音楽家だし。みんなすごいや」
「スカイ、お前こそ職業は何なんだ」
オリバーはへりに寄りかかる。
「えー? 俺は……。射手で、養蜂家……かな」
「いいや、違う」
そう言ってロイは今弾いてる曲をやめた。新たに弾き始めた曲は、スカイでも知ってる。
「その曲──」
そうだ。アイリーンが寝る前によく弾いてくれた、グリフィダの騎士、だ。スカイの高鳴る心に構わず、ロイは勇壮に弾き続ける。
「スカイの職業。『勇者』」
そこへ、二人の男が近づいた。一人は初老で、酒瓶と骨つきハムを手にしている。もう一人は三十代くらいで、幼い娘を腕に抱いている。
「あんたら、グリフィダ人か」
「ああ」
オリバーがモルディニア語でそっけなく答える。
「あの、でっけえ蜂が出た国だろ。お前ら、何しでかしたんだが知らねえが、最悪だな」
「とんだウスノロのくせに、蜂の巣でもつついたか」
男達は蔑みをこめ、苦笑いする。幼女は父親の額を叩いて笑った。オリバーは無表情で男達を見つめる。
「安心しろ。お前らみたいなクズが真っ先に、蜂の餌になる」
「んだと──」
そのとき、突風が吹いた。帆が風を受けてピンと張り詰め、船体が揺れた。スカイは前方を見た。何かが飛んでくる。二羽の、黒い大きな鳥だ。
「イマワシだ!」
乗組員の一人が叫んだ。大型で肉食のイマワシは、男の手指を切り裂き、ハムを奪った。再び飛翔し、空中を旋回した。もう一羽の鷲は幼女をさらおうとした。スカイはすぐさま弓を引いた。矢は鷲の横っ腹に命中し、鷲と幼女は船にどさりと落ちた。旋回していた鷲が鋭利な爪をたて、スカイの顔めがけて急降下した。
ひときわ甲高い鳴き声が響く。ジャッキーがスカイの前で盾になり、鷲の目をつついた。
「ジャッキー、いいから。やめろ!」
同じ鷲でもジャッキーより体格がいい。なのにジャッキーは果敢に戦い、鷲と揉み合いながら、どこかへ飛んでいってしまった。
「戻れジャッキー!」
船上の客達はざわめいた。ハムを奪われた男は尻餅をついて失禁し、他方の男は泣き叫ぶ娘を必死でなだめた。矢の刺さった鷲は海に放り捨てられた。スカイは船のへりにつかまり、上空を見上げたまま、言葉を失った。
「……大丈夫だよ。あいつは死んでも戻ってくるって……。その、ミケールとエボニーが言ってる」
ロイが怯えるミケールを抱き、エボニーを撫でながらつぶやいた。
それからおよそ一週間かけて、船はハラパノ大陸西部の港湾都市、トルポリに到着した。ハラパノ大陸は沿岸の都市部をのぞき、広大な草原が広がる大陸で、中央には広大なゲルニエ連邦が鎮座する。スカイ達はさっそく、キャンディローズマリーの原生地について聞き込みを始めた。背が高くて肌が浅黒く、黒髪とヒゲ面が多いゲルニエ人達への聞き役は、もちろんロイだ。
「キャンディローズマリー? さあ?」
「知らん」
「蜂蜜ならほかにもっといいのがあるよ。うちの商品だと──」
大通りで聞き回ったが、知っている者が見つからなかった。というよりは、皆、その話題を避けたがっているようにロイは思えた。
日が落ちて、オリバーが見つけたパブへ入った。
「子どもがこんなとこ入っちゃダメだよ」
スカイが非難を込めて言うも、オリバーは取り合わない。
「俺はもう十四で大人だ。おい、親父。ビール三つ」
「ダメだよ、オリバー。お酒は」
「飲んでるふりしろ。こういう所の方が、情報収集できる」
「でも僕、このままじゃ聞けない。対象に触れてないと」
ロイが困り顔で言うと、オリバーは口をへの字にした。
「スカイはちょっと、待ってろ」
オリバーはロイの手をひき、店を出ていった。
少し経って、二人は戻ってきた。が、その姿をスカイは二度見した。まるで豪商のお嬢様だ。優雅な帽子とドレスに身を包み、ヒールの高いロングブーツを履いているのはほかでもない、ロイだ。
「ロイ……? か、可愛いね」
金髪に青い瞳のロイは人形のように可愛いと、スカイは感激した。
「うるさい! 変な目で見るな!」
「おい、お嬢様。言葉遣いに気をつけろ」
オリバーに咎められ、ロイは膨れっ面で他のテーブルへ移動した。そこでは荒くれどもが談笑していた。
「こんばんは。ご、ご一緒してもよろしいかしら」
ロイは精一杯微笑み、手前の巨大なデブ男の袖に触れた。
「ウヒョオ、可愛いお嬢さん。いいよお。おう親父。このお嬢さんにもビール」
店主がロイの前にビールジョッキを置いた。デブ男に抱き寄せられ、ロイは鳥肌が立った。
「今度の競鳥大会。今年もテイオウワシが優勝候補らしい」
巨デブがロイに見とれてニヤニヤする。
「キョウチョウ大会って何ですの?」
ロイは吐き気を我慢して微笑む。
「ご存じないか。カミキリン王国で毎年開催してる、鳥のレースだよ。三連覇してるジャパロフ様が言うには、かなり小さい個体だけど、よく飛ぶテイオウワシを見つけたって話さ」
ロイが後ろを振り向くと、スカイとオリバーが召使いのふりして立っている。小声で通訳すると、スカイが興奮して身を乗り出し、ロイのブーツを踏んづけた。
「それってどれくらいの大きさ?」
「失礼。私の召使いはゲルニエ語が分からなくて。鳥の体長はいかほど?」
ロイがスカイの顔面を扇子で引っぱたくと、巨デブは一瞬考えた顔になり、鳥の輪郭を宙で描いてみせた。
「そうさな。鷹くらいっつってたからこんなもんか」
「ねえ、もしかしたら本当にジャッキーかも」
スカイが痛む顔をさすりながらオリバーに言うと、オリバーは真顔で頷き、ロイを見た。
「キャンディローズマリーの原生地も聞け」
ロイが金髪を振り払い、一息ついた。
「ほほほ。つかぬことをお伺いしますが、キャンディローズマリーってご存知?」
急に、周りがしんと静まり返った。
「へーえ……悪いお嬢さんだ。物騒なこと聞くねえ」
「え?」
「やめときな」
「なぜ?」
「あれの蜂蜜は甘すぎて美味すぎて、やめられない。麻薬と同じ、骨を溶かす悪魔の蜜さ」
「そ、それは物騒ですわね。場所はどちら?」
ロイが下手くそに笑ってみせると、巨デブの目が怪しく光った。
「グリングリン大平原。気をつけな。役人に見つかったらお縄になるぜ」




