50.七薬
その日の夕方、神殿に戻ってきた村人達は、消えた神像を前に叫び声をあげた。質問攻めにあったオリバーは、軽く頷いた。
「あとで話す」
村人が集まったところで、オリバーは壺を指さして説明し始めた。
「これは『七薬』をつくるための坩堝。下の穴はかまどだ」
「何だって?」
「ルビテナ讃歌の歌詞を見てくれ」
オリバーは歌詞を皆に見せた。
蓮華の畑に 春風吹き抜け
北に臨むは アカラ山脈
空をも貫き 天までそびゆる
永遠に鳴らすは 平穏の鐘
ああ美しい 我がルビテナ
四季を伝える サイラスの刻
夏陽のなかで 白水沸き立ち
にがきアロエから 青菜の花まで
巡っておくれ 豊穣の坩堝
ああ芳しい 我がルビテナ
心震わす 朽ちゆく落ち葉
秋の足音 私を引き留め
旅立つ朝には 思いがくゆる
愛しい貴方よ 天色に染まれ
ああ懐かしい 我がルビテナ
「今は地下に埋まってるけど、祭壇には壁画があった。一番の歌詞にあるレンゲの花と同じ、ピンク色の大地を描いた壁画だ。他の壁画は黄色なのに」
オリバーが台座を指さす。
「……ああ、そんなのあったな」
ナッシュビルは記憶を頼りに頷く。
「この場所が、ヤバネの対抗薬──古代人は七薬と呼ぶようだが、それをつくるのに関係する所だと俺は考えた。神像を調べたら、くるぶしに出っぱりがあった。そこに七薬と彫ってあって、押したらこうなった」
「前にアイリーンが、二番の歌詞は料理の歌みたいだって言ってた。一番は、料理する場所の説明か」
キャベツとアロエで対抗薬をつくった農家達が、うんうんと頷く。
「そうだ。だから坩堝の下にかまどが出現したのも納得がいく」
「じゃあ、そこであの青汁をつくればいいのか」
「いや、材料が違う。見ろ」
オリバーは台座を指さしたので、村人達も近寄った。
「この台座。植物の絵が描いてある。見たことないか」
「ああ、日時計にあるのと同じだ」
即答するのはナッシュビルだ。
「そう。あの日時計こそ、『サイラスの刻』なんだ」
「何──」
「みんな、ちょっと外へ」
オリバーは松明を持って庭へ出た。皆もそれに続いた。オリバーは日時計の前に立ち、足元に刻まれた文字を照らした。
「見ろ。歌詞の古代グリフィダ文字と同じ字面だろ。サイラス・ウィルスミス。この時計の製作者だ」
オリバーが羊皮紙の文字を見せて言うと、皆はどよめいた。
「本当だ」
「二番の歌詞を訳す。”四季を表す、サイラスの時計。しろがね蜜の入った水を坩堝に入れて、強火で沸かす。タリブアロエ、ヤミツバキ、キャンディローズマリー、フォールバナナ、ハイランドアップル、青菜の花を入れて、十二時から十六時までかき混ぜてくれ”」
「タリブアロエ?」
スカイが疑問がる。
「にがきアロエ、は苦いアロエじゃない。タリブ大陸にある、二餓鬼砂漠のアロエだ。タリブアロエの別名」
「どこにそんな、色々入れろって書いてある」
今度はナッシュビルが突っ込む。
「『にがきアロエから青菜の花まで』とある。時計を見ろ。十二時のところにタリブアロエの絵がある」
オリバーが『タリブ動植物大全』という図鑑を見せながら指さす。花の形がそっくりだ。
「なら、一時のところは」
「一時はゴライアク大陸のヤミツバキ。二時がハラパノ大陸のキャンディローズマリー。三時がジャングリラ大陸のフォールバナナ。四時がソラミエ大陸のハイランドアップル。五時がアイスノウ大陸の青菜の花。青菜の花は、野菜の青菜の花じゃない。菜の花だ、青い色の」
オリバーが次々に各大陸の図鑑を手に取り、ページをめくりながら説明する。皆は感心して、図鑑と日時計を交互に見る。
「そう。これらの花の蜂蜜を全部集めないと、七薬は完成しない」
オリバーが言うと、ガルシアがますます怪訝な顔をする。
「七薬ってのは結局なんなんだ」
「一つの役割は、蘇生薬だ。ヤバネの毒の」
「蘇生薬?」
ガルシアは目を見開いた。
「千年前の記録が確かならそうだ。記録だと、作者の召使いが蛇に咬まれた、剣を用いて彼女の意識を取り戻させた、とある。蛇は多分、蜂人。剣は七薬だ」
「なんでそんな回りくどい言い方を?」
腑に落ちないガルシアは足を踏み鳴らした。
「そう言わないといけない事情があった。羊皮紙をあぶり出さないと読めないようにカムフラージュするくらい。地下で見つけた銅箱の中、覚えてるか。この羊皮紙はやけに慎重に保管されてた。ハッカ油を染み込ませた重曹が一緒に入っていただろ。あれは文書を長期保存するためだけじゃない。蜂がハッカ油を嫌いなのを知ってて、わざと近づけないようにしたんだ。多分……俺の推測だけど、身近な人間が、蜂人だったんだ。記録の作者はリチャード・ウェルゲン。高貴な身分のようだが……」
オリバーが首を傾げると、ナッシュビルは目を見開いた。
「思い出したぞ。ウェルゲン帝国。おそらくリチャードは、王室の人間だ」
「そのときから蜂人がいたのか?」
村人が問いかける。
「スペンサーも言ってただろう。昔から存在してたって。ウェルゲン帝国は千年前、七大陸すべてを支配していた伝説の大国だ。今より、蜂人が深刻な時代だったのかも……」
ナッシュビルが言うと、皆は怯えた顔をした。オリバーが続ける。
「三番の歌詞。『秋が近づき落ち葉が朽ちるさまに心震える。決心を揺るがす。貴方が旅立つ朝に思い出が湧きおこる。愛する貴方よ、天に昇れ。ああ、懐かしい。私のルビー・イエテナ』。これはおそらく恋人──、いや、妻のルビー・イエテナを殺す朝に詠ったものだ」
その場にいた全員が凍りついた。ルビー・イエテナは村の守り神だ。その神が殺されたとは。
「ルビテナ神の夫がリチャード・ウェルゲンだと?」
ナッシュビルが吠えた。
「ああ。今でこそ女神扱いだが、王族の妻だった。これは推測だが……。その妻、つまりルビテナ神こそ、蜂人だったんだ」
オリバーはまっすぐナッシュビルを見ると、空気が変わった。怯えから困惑、やがて湧き立つ怒りへだ。
「なんだと」
「そんなはずがあるか」
「デタラメ言うな」
村人達がいっせいに怒り出したが、スカイが制した。
「でも、俺の父さんと兄さんは、蜂人だ。蜂人がいたって不思議はないよ」
スカイの暗い瞳は、皆を黙らせるには充分だった。
「さっきも言ったな。七薬のもう一つの役割、それが──」
「蜂人を殺す薬?」
スカイが静かに尋ねた。
「そうだ。一番重要な話がある。俺らは蜂を全滅できてない」
怒りの熱が一瞬で冷めた。少しして悲鳴が上がり、一同はどよめいた。
「根拠は」
ガルシアが厳しく突っ込む。
「見ろ。この卵、薄い灰色だ」
オリバーは、巣城から持ってきた卵を指さす。濃度の濃い塩水に浸けられ、孵ることはない。
「でも、本には女王は薄茶色の卵を産む、他の雌蜂が代わって産む場合もあるって書かれてる。これは多分、他の蜂の卵だ」
オリバーはモーガンの残した本を見せながら言う。
「ということは……」
「まだ生きてる可能性が高い」
オリバーが言うと、ガルシアがキッと睨んだ。
「だが、全滅させて──」
「逃げのびた奴がいない証拠はあるか?」
オリバーの指摘に負け、ガルシアは口をつぐんだ。
「続き。これ、昨日翻訳した分だ。“産まれたのが女王蜂の場合、六十日かけて成虫となり、産卵する”。念の為、この懐中時計が止まった日からカウントしてたんだ。……今日で二十九日だ」
「じゃあどこかで孵化してたらあと……」
「三十一日」
オリバーが懐中時計を見せると、その場にいた全員が息を飲んだ。
「急いで七薬をつくる。出発の準備だ」
「待て。もうしろがね蜜はない。来年までな」
深刻な表情でナッシュビルが言ったとき、玄関の方から声がした。スカイが警戒して近づくと、見覚えのある顔があった。
「楽器屋さん」
「やあ、君が無事でよかった。実は……マデッサが蜂のせいで、まだ復興が進んでなくて。ハープをつくるどころじゃない。君がルビテナ族と聞いて、これを返しにきたんだ」
楽器屋は瓶を差し出した。それはまぎれもない、しろがね蜜だった。




