5.フォークナー家
スカイ達、フォークナー家の自宅は養蜂場の南、民家が並ぶエリアの一番西端にあった。
他家と同様に、庭は石を積んだ塀で囲まれている。家はレンガ造りの平家で、灰色の茅葺き屋根と煙突が乗っている。家の隣には同じ茅葺き屋根の納屋があり、庭には白い花をつけたモクレンやスギやヒノキが立ち並び、黄色いラッパ水仙が咲き乱れていた。
「お帰り」
庭先にたらいを出し、洗濯していたのはスカイの兄、ルークだ。
ルークはスカイより二歳年上で、スカイとほぼ体格が変わらない。むしろスカイより華奢だ。髪の色が薄い焦茶色で、バイオレットと同じく肌の色も白い。目の色は薄い灰色で、鼻筋が通っている。
病弱なルークは天気のいい日以外は家にこもっていた。通学ができないため、家で多くの本を読みこんだ。本から得た膨大な知識を頭に詰めこみ、弟妹達に話してきかせた。二人の勉強の面倒もみてやった。同時に、とても勇敢だった。幼い頃にスカイが悪ガキ連中にいじめられて、カブトムシの幼虫を食えと命令されたとき、助太刀に入った。スカイは大泣きしていたのに、ルークは蠢くそれをじっと見つめ、黙って食べてみせた。悪ガキどもは悲鳴をあげ、それ以降、スカイをいじめることはなかった。
「ただいま。洗濯はいいから、先に朝ごはんにしよう」
アイリーンがルークの背中を軽く叩いた。
スカイは軒下にある大きな鳥小屋にジャッキーを入れてから、足元のオオルリミツバチの巣籠を見た。「スカイ専用」の巣籠はアイリーンが面倒をみているものと違って小さい。小さい群れなのでこのサイズにしているが、女王蜂もよく産卵し、働き蜂達にも活気がある。いずれは大きな巣籠に引っ越しさせるつもりだ。出たり入ったりしている蜂を見てほほえみ、スカイは家に入った。
家のなかは二部屋あり、玄関入ってすぐ、土間のキッチンと寝室がある。子ども達はキッチンで木製の円卓を囲み、ジャガイモのスープを飲み始めた。アイリーンは天井から下げたロープにカモを逆さ吊りにし、ナイフで首を切り落とした。それから壺を素早く置き、血抜きした。
スカイ達に両親はいない。こうして四人で暮らしている。
スカイがアイリーンから聞いた話だと、過去にはグリフィダ北部、ハートフォード領の領主の奥方として、悠々自適の生活を送っていたらしい。なのに盗賊団が押し入り、領主である祖父と両親、召使達が殺された。アイリーンは孫のスカイ達を連れて、遠い南西の地、ルビテナに命からがら逃げてきたという。領地には戻らず、貴族の身分を捨て、この地で養蜂を始め、現在に至る。ルークは逃げてきたことを何となく覚えているというが、幼かったスカイはまったく覚えていない。
死線をくぐってきただけあって、アイリーンは言うことなすこと、何でも厳しかった。だが、孫達を守りぬき、慣れない土地で懸命に働き、養ってくれる姿を見て育ったスカイは、深い愛情を感じていた。早く大人になって、楽させてやりたかった。
「今日はあいつを仕留めたんだ」
スカイは意気揚々と吊るされた首なしカモを指さす。イノシシに追いまくられたことは、悔しいから黙っておいた。
「おばあちゃん、それ、どう食べるの」
バイオレットは、木製スプーンでスープをすくいながら、目を輝かせる。その目はカモに釘付けだ。ルークもそれを凝視する。アイリーンは二人に向かって眉根を寄せた。それからカモの首をつかんで部屋をつっきり、窓から鳥小屋に手を伸ばすと、檻の隙間からジャッキーに与えた。
「別に、焼くだけさ。肉ばかりじゃだめ。野菜も食べるんだよ。ところでスカイ。弓なんて、物騒なもんで遊ぶんじゃないよ」
「遊びじゃないよ。クマをやっつける道具だ」
スカイは勇ましい顔をアイリーンに向け、テーブルをドンと叩く。
「お前は弓使いんちの子じゃない。養蜂家の子だ」
「そうだよ。でも、この家の跡継ぎはルークだろ。俺が弓を使えれば、盗賊もやっつけられる」
スカイが口ごたえすると、アイリーンは眉をつりあげる。それからライ麦パンが山盛りのバスケットと、蜂蜜がたっぷり入った壺をドンとテーブルに置いた。
「いいから。早く食べな」
「はあい」
アイリーンはそういうと庭に出ていき、たらいの前にしゃがみこんだ。うるさい祖母がいなくなり、孫三人はおしゃべりを始めた。
「明日の春祭り、私も楽しみだな」
バイオレットはライ麦パンが溺れるほど蜂蜜をたっぷりつけ、口いっぱいに頬張った。ルークはパンが青色に染まるのを見て、顔をしかめる。
「ビビ。つけすぎだ」
「いいの。これくらいが」
甘党のバイオレットはうっとりする。
「それでさ、ルーク。明日はおばあちゃんに内緒で、俺も獲物を捕まえてくる」
「うん、楽しみ」
ルークは咳きこみながらスカイに笑いかけ、スープをすくう。
庭先では、アイリーンが近所に住むエマ、アメリアとおしゃべりをしていた。
ほっそりした体のエマはイサクの妻だ。数ヶ月前に初めての子どもをさずかり、今ではお腹がずいぶんと大きくなった。自宅の洗濯が終わったので、少し年上のアメリアとその息子、フレデとともにおしゃべりしにきていた。
「いつもありがとね、アメリア。エマは休んでて」
アイリーンがエマの大きなお腹を気遣う。
「いいの。女手一つで頑張ってるアイリーンを、応援したいの」
「私もだよ」
実際、エマもアメリアもうるさい姑達から逃げ出してきたのだろうと、アイリーンはほくそ笑む。エマは機嫌よくタオルを干しながら、窓から漏れるスカイ達の笑い声に耳をすませる。
「私も子どもは、最低三人は欲しいの」
「一人でも大変だよ」
アメリアはロープをピンと引っ張りながら、半眼で言う。フレディは地面にしゃがみ込み、泥を手づかみしている。その泥だらけの手で、服も髪もぐしゃぐしゃにする。
「アメリア、お前はいい腰だから、もう十人は産めるだろ」
「当然さ。隣のリリーなんか十二人目かと思ったら、十二人目と十三人目なんだよ」
「双子?」
エマは目を丸くした。
「それでもう、来月かい、エマ」
アイリーンは他の衣類を絞りながら、エマにほほえみかける。
「うん、おかげさまでね。今日、村外からお手伝いが一人、くるんだ」
「そんなの要らない。私が赤ん坊の面倒みてあげるのに」
「本当? 手が何本あるの、アイリーン」
「そうさね。千本くらいかな」
アイリーンは自分の冗談に笑う。
「アイリーンみたいに気心知れてる人の方がいいのにね」
アメリアは腕を組みながら、神妙な顔をして言う。
「そうよね。でもね、俺や母さんがみてないときに破水したら大変だろって、イサクが」
エマが表情をくもらせたので、アイリーンは静かに頷いた。
温和で生真面目な気質のルビテナ族は、村外の人間を招く習慣がない。村内の者同士なら、公私問わず積極的につき合うのに、よそ者には挨拶を交わす程度だ。そのため、村外の者達からはウブな田舎者だと陰口を叩かれている。
けれど、面と向かって言う者はいなかった。村のの豊かさに嫉妬と称賛の目を向けられるのは、当然のことだった。
「ああ、不安よね。よそ者は根性曲がりとか、気性が荒いのが多いから。でもね、私も元々よそ者だけど、金払いさえよければ仕事はやるよ」
アイリーンはエマの気持ちを察して、その大きなお腹を優しくさする。
「俺、知ってる。ルビテナって外の奴らになんて言われていると思う? 蜂蜜ぐらいの糖尿病って言われてるんだ」
スカイが窓から顔を出し、口を挟んだ。スカイを見て、フレディがよちよち歩きながら近寄る。
「おはよう、フレディ」
スカイが抱き上げると、フレディが笑ってほっぺたをつねる。スカイはあやしながら背中を撫で、エマの首元を見る。
「エマ。それ、何」
「ああ、これ?」
エマは首に下げたペンダントを見せる。金の鎖のペンダントで、トップには大きなラピスラズリがついている。
「綺麗な石だね。瑠璃蜜みたい」
「瑠璃蜜の瑠璃は、この石から取った名前なんだよ。安産祈願で、イサクがくれたの」
エマは幸せ一杯にはにかむ。
「そうなんだ。きっと元気な赤ちゃんが生まれるよ」
「ありがとう。スカイみたいな、いい子になるといいな」
「俺達の母さんも、こんなふうに抱っこしてくれたかな」
スカイは目を落としてつぶやく。今度は、アメリアがスカイの髪をくしゃくしゃにした。
「そうに決まってる」
窓からルークが顔を出した。
「ねえスカイ、昨日言った本、借りてきて」
「分かった。行くぞ、ビビ」
スカイはフレディをアメリアにゆだね、身支度の終わったバイオレットの手を引き、登校しようとした。そこへアイリーンが追い打ちをかけた。
「スカイ。顔は洗ったのかい」
「洗ったよ」
「ビビ。先生に礼儀正しくね」
「分かってる」
「スカイ。学校が終わったら──」
アイリーンが言い終わらないうちに、二人はずらかった。




