49.神像
《あらすじ》
スカイが習得した弓術「レクシア」、ロイがマスターした蜂を金縛りにさせる曲「アヌミラ人の踊り」、オリバーが鹿角で制作した拡声器を活用し、討伐隊はヤバネスズメバチの巣を破壊した。だが、オリバーは村の神殿と歌に隠された秘密を解き明かし、女王蜂が逃亡した可能性を示唆する。
ヤバネスズメバチの女帝蜂であり、蜂人のアグネスは、「一時待避所」で卵が孵るのに注目していた。
一匹の赤子が膜を破り、頭をのぞかせた。すぐさまアグネスは赤子の頭を掴み、喉を咬んだ。他の卵の孵化も始まった。部下のバイオレットとイザベルもアグネスに続いた。
孵化した赤子は蜂ではなく、すべて蜂人だ。全員体格がバラバラだが、一様にぐったりしている。本来であれば本能に従い、すぐさま母親を食い殺す。だがアグネスがそうさせず、代わりに優しくほほえんだ。
「我が王子達。各大陸に渡って、そこで根を下ろしなさい」
一方、ルビテナ村がヤバネスズメバチの巣を破壊したニュースは、国内にとどまらず、近隣諸国にも知れ渡った。ガルシア率いる弓兵のために王都、キングシティでは式典が開かれ、武功を讃えるグリフィダ王国勲章を授けられた。
「今更、なんだよ」
ガルシアは勲章を胸につけ、舌打ちした。
その頃、ルビテナ村では、アイリーンの遺体が埋葬されていた。
村人の誰も彼も、言葉にできずにいた。姉御肌で頼もしく温かいアイリーンは、誰もが慕う養蜂家だった。それは本人の気が触れてからも変わらなかった。スカイは石を置き、そこに『アイリーン・フォークナー ここに眠る』と刻むと、サムが横から口を挟んだ。
「アイリーンの名前の前に、『偉大な養蜂家』も書き加えてくれ」
スカイは負の感情に沈まぬよう、弓の訓練に打ち込んだ。何も考えたくなかった。家族は一人残らずいなくなった。泣かない。どうせもう、泣けない。無心で訓練するスカイに、ガルシアは「レクシア」に続く、ポアロン族の技術を教えた。
「戦闘時に弓術には不利な点がいくつかある。なんだと思う」
「うーん。接近戦」
スカイは頭をひねって答える。
「だな。だからこそ近づいてくる前に素早く行動に移すことが肝心だ。あとは?」
「うーん。連続攻撃ができない」
「だな。あとは?」
「人数がいないとキツい」
「だな。だからこそ、人員不足をカバーする連続技を今から教える。いいか、注意して見てろ」
スカイが見ていると、ガルシアは矢を一本取り出し、深呼吸した。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。ランダギア」
その直後、スカイは我が目を疑った。ガルシアの腕も矢も無数に見えた。ほんの十秒間で、丸太の的には三十本以上の矢が刺さった。
「何。今の」
「レベル2、『ランダギア』。連射さ」
ガルシアは汗をかき、息を弾ませて笑った。
スカイがランダギアの特訓に励む頃、ロイは神殿の礼拝室で寝込んでいた。討伐であまりに膨大なエネルギーを消費したせいで、長いこと起き上がれずにいた。
サムが少しだけ上体を起こし、水を飲ませていたときだ。ロイは目を閉じたまま、それを飲んだ。
「みんな、スカイが女王をやっつけたって褒めるけどさ。ロイや君も、すごく活躍したんだってね」
サムはコップをかたわらに置き、オリバーを見上げる。
「俺はともかく、その天才がいなけりゃ、俺らは全滅してた」
オリバーは、壊れたイーヨを抱くロイを見下ろした。
「みんな、すごいね……。俺にはそんな勇気、ないから……」
サムがためらいがちに言うも、オリバーは何も言わず、少し離れた椅子に座った。「ルビテナ讃歌」の羊皮紙と、現代語訳された紙とを、改めて突き合わせた。討伐から帰った後も研究を続けていて、歌の一番の歌詞について考えた。
単なる村の情景描写のようだが、何か意味があるのか。なければ、わざわざ歌詞におこす必要はない。レンゲが咲く、春でないとダメなのか。ちょうど今はレンゲが咲いているからいいとは思うが。だが、それだけか。他の理由は。目の前のルビテナ神の石像を見上げながら、大切な何かを見落としていると、第六感が告げていた。
ふと、神像が立つ祭壇に目についた。祭壇の正面には壁画がある。女性と山、空、鐘の絵が描かれているものだ。この壁画は神殿の外壁や図書館の地階でも見かけたが、オリバーは気づいた。そろそろと台座にのぼり、注意深く見つめる。やはり、他の壁画と違う。これだけが、大地の色がピンク色だ。色褪せているが、間違いない。
急に心臓を早鐘が打った。今度は今、自分が立っている台座を見下ろした。台座は六角形の祭壇と同心角上にあり、ひと回り大きい六角形をしている。それぞれの角に植物の図が彫られ、緑青にまみれた銅製の小さなボウルがはめ込まれている。さらに各ボウルから、六角形の中心に向かって半円状のパイプがまっすぐ伸びている。何かの注ぎ口のようにみえるが、祭壇が邪魔で中心部が見えない。
オリバーは神像をじっと見た。神像は頭上で壺を抱えている。壺にしてはやけに口径が大きい。神像本体の素材は大理石のようだが、壺だけ材質が違う。あれも銅のようだと、オリバーは考えた。それから神像のくるぶしに、わずかなでっぱりを見つけた。そこには不鮮明な、古代グリフィダ語が刻まれている。
「七」
オリバーはつぶやいた。
「薬」
今度は首を傾げた。それから、そのでっぱりにそっと触れた。
直後、でっぱりが凹んだ。突然、神殿が揺れるほどの轟音とともに、石像が祭壇ごと真下に沈んだ。さらに、台座を取り巻くビオトープの水が一気に抜けた。オリバーは衝撃で台座に尻餅をついた。
「なんだ!?」
サムはびっくりしてこちらを見たし、ロイも目をこすり、ゆっくり起き上がったが、オリバーは反応せず神像を注視する。神像はすっぽり沈んだが、頭上の壺だけが残った。ちょうど足元の台座の、六つのボウルがパイプを伝わり、その壺に向かって何かが流れ込むようなつくりをしている。
オリバーは急いで羊皮紙の文字を見た。ここで初めて気づいた。「サイラスの刻」にあたる古文の方だ。その字面を他で見たことがある。
オリバーは正面玄関を飛び出した。それからまっすぐ日時計に向かい、円柱型のそれを見た。足元に彫られた文字を、今なら読める。
「グリフィダ暦三十一年 サイラス・ウィルスミス 作、か」
オリバーはそう呟くと神殿に駆け戻り、台座の足元を見た。ビオトープの水がすっかり抜け、睡蓮が石底や台座の側面にへばりついている。むき出しになった台座の壁面には半円状の穴が空いていて、オリバーは中腰になって入った。ちょうど壺の真下に位置する空間で、石像だけが切り離され、さらに奥底に沈み込んでいる。この空間の素材はレンガだが、ここで何かを燃やしたのか、煤けた跡がある。
「暖炉? いや、違う。そうか……。そういうことか」
「何が?」
サムも台座に近づき、驚愕しながらオリバーがいる方を見つめている。オリバーは穴から這い出て、羊皮紙と、女神の壺を交互に見ながら、しきりに頷いた。
「この壺が、『坩堝』なんだ」




