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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
48/79

48.起死回生

 スカイ達が石壁の巣城を登っているのを見ながら、ロイは一心不乱に弾き続けた。が、突然、ガコンという衝撃音をすぐそばで聞いた。イーヨの表板(おもていた)に、りんご大の石がめり込み、二本の弦が切れてひるがえった。

「あー!」

 ロイの叫び声を聞きながら前方を見た。そこにはホバリングする蜂人がいた。手に石を持って笑っている。


 ロイはとっさに巣城を見上げた。兵士は皆、石壁を登っている。演奏が止まったのに気づいていない。蜂がいっせいに飛びかかった。もうダメだ。ロイは体を伏せ、目をつぶった。


 一方、B区画の中央の間では、エミリーが卵のわきで寝転がり、産卵後の母体を休めていた。

「失礼します」

すだれを取りつけた正面の壁穴から、部下達が流れこむ。

「ミナ、ゴクロウ」

 そうねぎらったのに、様子がおかしい。皆が護衛に来たかと思いきや、背面の壁穴へ素通りしていく。

「エミリー様も、早くお逃げください」

 部隊長の蜂人が言ったのはそれだけだ。なぜだ。自分の護衛はどうした。


 正面から、今度はまた別の手が見えた。今度こそ護衛だろうと、エミリーは期待した。

 が、穴のふちに手をかけた者を見て、エミリーは目を見張った。違う。羽もない。中足もない。弓を抱えた人間だ。スカイはエミリーのセピア色の髪と瞳を見て、生唾を飲みこんだ。

「お前が女王蜂か」

 スカイが息を弾ませ、弓をギリギリと引く。

「ハハハ。マア、ソンナモンダ」

 エミリーはイライラした。まだ腹の痛みは消えていない。足にも力が入らないし、立ち上がることはできない。なのにこんな人間のガキを相手しなければならないのか。

 一方、スカイも疲労のピークだ。巣穴に入ってから、ずっと弓を引いてきた。さっきは垂直な石壁を、百五十メートルも登ってきた。集中力はかなり落ちている。だが、その数倍、殺意にも燃えている。


「今からお前を殺す」

 スカイは矢を弓の弦につがえる。エミリーが微動だにしないことに少しためらう。それでも勢いで矢を放った。エミリーは素早く手を伸ばし、空中で矢をつかみ取った。

「ニンゲンノスピードハ、ソノテイドダッタナ」

 エミリーはそう笑って目を細め、爆速で矢を投げ返した。スカイが反応する間もなく、矢はスカイの膝に突き刺さった。

 スカイは何が起きたのか、すぐ理解できなかった。焼けるような痛みに勢いよくひざまづき、悲鳴を上げた。


 エミリーは残忍な高笑いをした。スカイは歯を食いしばり、膝をついたまま、続けざまに矢を放った。エミリーは手と中足を使い、全部を空中でつかみ取った。

「ヤメテオケ。ソレトモワタシニ、クワレタイカ」

 エミリーは這いつくばりながら、少しずつスカイに近づいた。決して速くなかったが、スカイにはかえって不気味に見えた。恐怖に駆られ、何度も弓を引いた。だが、匍匐前進(ほふくぜんしん)するエミリーの手足がそれらをすべて捉えた。スカイは息を弾ませ、エミリーの顔を見た。口からよだれを垂らしている。数千個の複眼がより膨らみ、大きくなり、一つ一つに自分が映った。


 その頃、スカイ達がいるよりも下方の空間では、ロイはまだ目をつぶっていた。

 近くで何か鈍い音がした。だが、ロイには何なのか分からない。なぜだ。なぜ、まだ自分は襲われていない。不思議に思って目を開ける。まるで狂った時計の針のように、オリバーが拡声器を振りまわしている。ジャッキーが威嚇し、蜂の目を突いている。円の中心部にいる二人に、蜂達は近づけずにいた。

「みんな! 助けろ!」

 オリバーが絶叫した。石壁を登っていた兵士が数人、振りかえった。先頭をゆくスカイやガルシアだけを残し、皆は地上に飛びおりた。

「いくぞ! 天才!」

 オリバーが怒鳴りつけた。ロイも慌てて立ち上がり、討伐隊の方へダッシュした。

「ロイのイーヨが破壊された。全体攻撃は無理だ」

「分かった」

 兵士達は地上のロイとオリバー、それに壁を登るスカイ達を守りながら、弓を引いた。だが、ジリジリと蜂達に壁へ追い詰められた。


「ロイ!」

 拡声器で加勢しながら、オリバーが叫ぶ。

「何だよう」

 ロイもイーヨの弓を無茶苦茶に振りまわす。

「アヌミラ人のやつ。イーヨじゃないとだめなのか」

「んなわけあるか。僕は楽器の天才だ」

「じゃあ、これは?」

 オリバーが拡声器を振り回す。一体の蜂にぶつかり、羽が破れた。

「これって?」

「これ!」

 ロイはオリバーが手にするものを見る。それは拡声器だが、実態はベルエルクの(つの)だ。

「貸して!」

 ロイはオリバーからそれをひったくった。先端を咥え、勢いよく息を吹きこんだ。


 ゾウの鳴き声にも似た「アヌミラ人の踊り」が轟き、地下空間が鳴動(めいどう)した。さながら角笛(つのぶえ)となったそれを、ロイは唇の形だけで音を変え、ゆっくり、確実に吹いた。空中で動きを停止した蜂達は、まるで慈雨のごとく、地面に降り注いだ。

「四千四百九十三! すげえぞ、天才」

 オリバーは狂喜し、ナイフで蜂に切りつけた。呆気に取られた兵士達も、我に返って射殺し始めた。


 ロイ達が挽回している頃、巣城のB区画、中央の間で、スカイはエミリーと対峙していた。

 弓が届かない。どうする。どうする。どうやって殺す。頭では必死に考えているのに、何もまとまらなかった。足に根が生えたように感じた。少しずつ。少しずつ。広い部屋だが、エミリーは着々と接近している。思い出せ。思い出せ。そうだ、こんなときこそレクシアだ。だけど今、できるのか。ガルシアの言葉を、必死の思いでたぐり寄せる。


 ──耳を澄ませろ。すべてが渾然一体となれ。

 ガルシアの言葉が、脳内にこだまする。エミリーは五メートルほどのところまできた。


 ──その息吹、鼓動を我がことのように感じとれ。

 スカイは深呼吸する。エミリーはさらに近寄っている。もうあと、四メートルほどだ。


 ──弓の声を聞け。それだけで、弓が目指す方向に矢を導いてくれる。

 スカイは弓の弦をゆっくり引く。エミリーはすでに三メートルの距離だ。そこで口を大きく開けた。歯列の奥に、黒い毒牙が見えた。

「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。レクシア」

 エミリーの前で、激しい閃光が走った。眩しすぎて、何も見えなかった。かと思えば、急に息が詰まった。額に何かが刺さっている。何だろう、これは。重い。痛い。だが、その正体はエミリーには分からなかった。分からないまま視界が奪われ、やがて目を閉じた。


 絶命したエミリーを、スカイは見下ろした。膝の痛みが復活し、床に倒れた。

「おお。殺ったのか」穴を抜け、ガルシアが入ってきた。「卵がある。みんな、やったぞ! スカイが女王を()ったぞ!」

 ガルシアが叫び、後ろから登ってくる兵達も歓声を上げた。ガルシアは豪快に笑いながら、部屋から卵を投げ落とした。一つがすいかほどもある卵は、ボタボタと地に落ちていった。

 オリバーは、そばに落ちてきたそれらを凝視した。卵の色は、うすねず色だった。

「最後に、巣の全体を見回りしてくる。その卵を全部、焼き殺してくれ」

 ガルシアが壁穴から、オリバー達へ叫んだ。


 一方、巣城の中央にあるアグネスの部屋では、二十匹の蜂と十人の蜂人がアグネスを囲んでいた。

「申し訳ありません。陛下。人間がやってきます。大至急、脱出します」

 イザベラがひざまづき、アグネスを見上げた。

「エミリーはどうした」

 バイオレットが聞くと、イザベラは歯ぎしりしながらうつむいた。

「エミリー様は戦死しました」

 それを聞いて、バイオレットは無表情で頷いた。

「まあ、あのエミリーが? でもなぜ逃げる必要があるの。迎え撃てばいいでしょう?」

 アグネスが言い返す。

「ですが……。奴ら、奇妙な楽器を鳴らして、それを近くで聞いたものは皆、全身麻痺してしまい……。我が軍は残り五十匹足らず……。策が見つかりません」

「おだまり! 言い訳は無用。私が始末してくれるわ!」

「ああ、陛下、なりません。そのお体では」

 フラフラと足元のおぼつかないアグネスを、他の蜂人が支えた。

「お放し! 赤子達はどうするの。明日には生まれるわよ!」

「一時退避場所の用意がございます。そこまで、どうか我々にお任せを」


 イザベラと他の部下達は、部屋の奥にあるベッドを急いでずらした。そこに現れた壁の穴をまず、一人の蜂人が飛び抜けた。イザベラがアグネスを、他の蜂人達が卵をそれぞれ抱え、穴の中を飛んだ。最後にバイオレットが背中の羽を広げ、穴に入ろうとしたときだった。袖から一輪、花が落ちた。バイオレットは乱暴にすべて放り捨てると、穴の中へ飛び込んだ。


 ほんのわずかの差だった。壁穴に手を伸ばし、女帝の部屋に入り込んだ兵士達は、弓を構えて室内を見回した。六角形の部屋で、ベッドと、長テーブルと肘掛け椅子があるだけの、簡素な部屋だ。一人の兵士が床を見ると、白い花が落ちていた。しおれたブリリアント・プリベットだった。


 その晩のことだった。ナッシュビルは喪に服していたが、蜂を滅殺したこと、巣と卵を焼き払ったこと、奇跡的に犠牲者が出なかったことに驚嘆した。心から喜び、村人達に蜂蜜酒を振る舞った。村の女達はご馳走を作り、討伐兵をねぎらった。誰もが涙を流し、誰かれ構わず抱き合い、嗚咽(おえつ)した。泣きながら「ルビテナ讃歌」を合唱した。

「女王蜂を殺したのは誰なんだ?」

 宴席で、村人の一人が大声で聞いた。

「もちろん。ここにいる勇敢な少年だ」

 ガルシアは、足に包帯を巻いたスカイの手首を取り、天に向けた。それを見て、皆はスカイの名を呼び讃え、一斉に万歳した。

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