47.全滅まであと何匹
村の入口、北側にある山道の始点で、ガルシアは討伐隊に話しかけた。
「ここで蜂を十八匹、しとめた。すぐに応援がくるだろう。だが、要所を押さえておければ対応できる」
「要所って?」
ロイが尋ねる。
「ここは岬だ。山に巣があったとして、村に侵入するにはこの岩間を通過する必要がある。幅はおよそ……」
ガルシアは、岩間を均等な歩幅で歩く。
「十メートルだ。ここに整列して、迎え討つ」
兵士達はそろって頷く。
「だが、蜂が上空から攻めてくる場合もあるぞ」
オリバーが口を挟むと、ガルシアは頷く。
「そこでお前らの出番というわけだ。いいか。段取りとしてはこうだ。スカイ、ジャッキーを呼べ」
スカイが指を口で咥え、指笛を吹く。ジャッキーが空を旋回し、スカイの肩に舞い降りてくる。
「まず、ジャッキーに見張らせる。ジャッキーが鳴いたらロイ、楽器を弾け。オリバーが例の角で拡声」
「了解」
ロイとオリバーが頷いた途端、ジャッキーが真上に飛び上がる。皆が見ていると、耳もつんざくような鳴き声をあげた。
すかさず、ロイは「アヌミラ人の踊り」を弾き出し、オリバーが拡声器を据えた。馬上の兵達がいっせいに弓を構えた。スカイは遠く離れた山林から、黒い集団が飛翔するのを見た。が、飛翔するや否や、それはバタバタと落下した。それを討伐隊が、次々に射殺した。
「ロイのおかげで楽勝だ」
兵の一人が興奮して叫ぶ。イーヨを弾きながら、ロイ自身もその威力に驚愕する。オリバーも隣で拡声器の先を蜂の方へ向ける。ガルシアは腕を組み、蜂が逃げ戻る位置を注視する。
「三合目あたりだ」
「巣の場所?」
スカイが尋ねると、ガルシアが重々しく頷く。
「実はさ。おばあちゃんが、知ってるって言うんだ。ルビテナメープルの大木が生えてるところに蜂の巣があるんだって」
スカイが困惑しながら、一緒に騎乗しているアイリーンを指さす。
「そうよ。あのキラキラ光る木。そのそばよ」
アイリーンは無邪気にほほえむ。
「うーん。確かにあの大木は三合目あたりに生えてるな。よし、お前ら。巣へ攻め込むぞ」
ガルシアの声がけに、一同は咆哮を上げ、拳をつくって天に掲げた。
ヤバネスズメバチの城内は騒然となった。空気がひりつき、蜂達は次々に出兵した。
「どうした。騒々しい」
女帝の部屋に控えていたバイオレットが、近くの蜂人に詰問する。そこへ、伝達兵が部屋の壁穴から滑りこむ。
「し、失礼します。出撃したイーディス様達の兵が、壊滅状態です。応援をだしましたが、に、人間達の反撃に遭っています。こちらの被害、およそ千二百」
「千二百?」
バイオレットは目をむく。群れの規模は総勢六千匹だ。すでに二割が死滅したと?
「どうした。村には侵入できたであろう?」
「いえ、それがっ、でっ、できませんでした。村の入口の、ピンクの植物は枯れていましたが、中心部のものは復活してて。それで、人間の矢に襲われ……」
「何だと」
バイオレットは鬼の形相で立ち上がる。
「大至急、増援をお願いしたいと、アイリス様が申しています」
「分かった。兵を二千、出せ。城の入口警備を固めろ。アイリスからの報告は絶やすな」
「はっ」
部下達が部屋を飛びだしていくと、女帝蜂のアグネスがクックッと笑う。
「面白くなってきたな」
その頃、ルビテナ山の三合目付近では、墜落してきた蜂達を、弓兵達が一匹ずつ殺していた。
「蜂は動けなくなっただけで、少しするとまた動きだす。額を確実に射ろ」ガルシアが命令しながら、ロイにほほえむ。「さすがだ、ロイ」
「僕じゃなくて伯父様がすごいんだけど」
ロイは鼻の頭をかく。
「しかし、巣の入口が見つからん」
ガルシアはアイリーンの方を見る。当のアイリーンはルビテナメープルの樹皮をこする。
「ほら、キラキラ光るのよ、この木」
「それで、どこ、おばあちゃん」
スカイがじれて尋ねる。
「わかんない? ほら、そこよ」
アイリーンは指をさす。そこは山の斜面がむき出しになっていて、たっぷりした枯れた草が、上から垂れ下がっている。
「何もないよ」
「それ、ただの草だと思う?」
「え」
スカイは垂れ下がった草をまくりあげる。幾重にも垂れ下がり、さらにスカイはまくり続ける。
「ただの草じゃないわ。蜂の唾液と草で固めた『すだれ』よ」
スカイがさらに草をまくり上げると、唐突に大穴が現れた。穴の直径は二メートルほどで、どこまで続くのかわからない。
「ヤバネって多分、用心深いのよ。入口のカムフラージュにしてるのね」
スカイ達、討伐隊は入口に馬とアイリーンを待機させ、すぐさま中へ侵入した。先頭のジャッキーが鳴くや否や、すぐに蜂が飛んできた。ロイがイーヨを弾くよりも早く、皆は弓を引いた。十匹。五十匹。百匹。奥からはとめどなく蜂が出てきた。
「キリがないな」
スカイは額の汗をぬぐう。
「俺が目視できた限りだが、外で殺した分と合算して現在、千三百七十二匹だ。あ、今ので千三百七十三」
オリバーが淡々とカウントする。
「よし。このまま進もう」
ガルシアがハッパをかけた。
スカイ達にじわじわと穴の奥へと攻め込まれ、ヤバネの軍最高司令官であり蜂人のイザベラは、兵達に命令を下した。
「陛下の部屋に近づけるな。エミリー様の部屋へ誘導しろ」
「しかし、エミリー様も出産直後では……」
部下の蜂人がためらう。
「よい。エミリー様は産後の肥立ちが良いらしく、逃げる準備も万端だと、大公のおおせだ」
「二千十一。二千十二。二千十三……」
スカイはオリバーのカウントを聞きながら、弓を引きつづけていた。
どれくらい地下へと潜ったことだろう。入口からゆるい坂道をずっとくだってきた。この先に女王がいるのか。あと何匹殺せばいいのか。スカイは延々、弓を引いた。だんだん腕が疲れてきた。弓と蜂との間が近すぎて、やりづらかった。それでもロイがイーヨを弾いてくれるから、先頭の蜂達は何かする前に地に落ち、スカイ達はラクラク射殺できた。
「すごいよ、ロイ」
「僕は天才だから」
ロイは軽口を叩き、演奏を続ける。
そのすぐ後ろについたオリバーは、拡声器を出すスペースがないため、自前の小さなナイフで蜂を刺殺する。
「そっちの方が、接近戦では有利だな」
スカイが弓を引きながら、オリバーにも話しかけた。
「そうだな……下手だけど。二千二十九」
オリバーは微笑した。
そしていよいよ、一行は地下空間へと突入した。
スカイは目を見張った。そこは高さと幅がそれぞれ約二百メートル、奥行き約三百メートルの巨大空間だった。天井の小さな穴から光が漏れ、それに照らされて何かが正面奥に見えた。巨大な一枚絵のような、正六角形を成した巣城だ。その城自体もまた、地面から天井までの壁一面をびっしり覆っている。それぞれが小さな六角形で仕切られ、石壁で覆われているが、蜂が出入りできるくらいの穴があけられている。その穴にはスカイが入口で見たのと同じ、「すだれ」がかかっている。討伐隊が追いこんだ一団に加勢するように、各穴から蜂が噴出した。ガルシアは目の前の蜂を射殺しながら、ロイを振りかえった。
「ロイ。オリバー。ここで思いっきり、やれ」
オリバーは拡声器をヌマグチから素早く取り出した。それをイーヨのそばにあてがうと、ロイは力強く弾いた。
空間全体に「アヌミラ人の踊り」が鳴り響いた。蜂達はバタバタ落下し、体を震わせた。
「二千九百四十五……二千九百八十一……三千三十六!」
オリバーは興奮しながらカウントする。
「あと何匹」
スカイが叫び、弓を引く。
「分からない。でも、巣の規模から察するに半分は殺った。……三千百一!」
オリバーは蜂が固まっているところへ、拡声器を向ける。
「皆殺しだ」
ガルシアが雄叫びをあげ、兵士たちはいっせいに弓を引く。蜂達は逃げまどいながら、一箇所に固まり、先導する蜂人へ続く。
「奴らが左上方へ逃げていくぞ。ゆけ」
ガルシアが吠え、左上の領域を指差した。
スカイは弓を肩にかけ、巣城の石壁を登りはじめた。ところどころ滑り、思うように進まなかった。さらに、ときどき蜂が背中に襲いかかってきた。だが、どの個体も空中で動きを止め、落下していった。ふと、下を見た。ロイが休まず演奏し、オリバーが拡声器をあっちこっちに向け、奮闘していた。スカイは壁に目を戻し、全身の力を、十本の手指に集中させた。
地下での討伐の真っ最中、地上では太陽が燦々と輝いていた。柔らかい風が吹き、ルビテナ山の木々が枝の葉を揺らしていた。ルビテナメープルの大木のそばでは、蜂人のイーディスが目を覚ました。
身体中が痛い。どうやら羽がすべて折れたらしい。そばには仲間の死骸が転がっている。なぜ自分はここにいるのか。断片的な記憶のなかで、部下が自分をすくいあげたのは覚えている。隣でアイリスが何か怒鳴っていた。だけどまた地面に落ちて……。多分、自分は見限られたのだ。イーディスは悔しさに打ちふるえた。それに、無性に腹が減った。
「お前は美人だね」
近くで声がする。人間の女が、馬の首やタテガミを撫でている。その黒い馬は人間をじっと見つめ、大人しくしている。
「私は世界一の幸せ者なの。自慢の孫が、蜂殺しに出撃したわ。お前も幸せ?」
アイリーンがエボニーに笑いかけた。イーディスはその背中をじっと見た。音も立てずに忍び寄り、その両肩に勢いよくつかみかかった。




